Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

     ハジメテノキモチ

       1

 執務室で書類の整理をしていて、あたしは自分が空腹である事に気付いた。窓の外を見ると、太陽はもうかなり高い位置にあったわ。
「お昼にしよう……」
 盗賊団の報復を目的とする嘘の依頼から帰ってきてもう五日。体の疲れは取れたはずなんだけど、なんだかまだちょっと気だるい。見た目以上に体が頑丈なタスクは向こうで熱中症になっちゃった事が災いしたのか、オウカの組合本部に帰ってきてから昨日まで熱が下がらなくてずっと寝込んでたみたいだし、体力だけは化け物並のジュラですら「ちょっとお疲れ気味ですの」とか言って、おやつとご飯の時間以外は寮でひたすらお昼寝三昧みたい。コートもミサオさんの魔術講義を時間短縮してもらったり休憩を多く取ってもらったりしてるようね。
 まぁ確かにあの一件はかなりハードだったもんねぇ。心身共に疲れ果てちゃったもん。

 あたしはブンブンと腕を回しながら食堂へ向かった。お、タスク復帰してる。
 タスクは両手で合計四枚のランチプレートを持って、それをカウンターに置いて声を張り上げている。
「ミゾレあんかけ四丁あがりっ! 早く取りに来ないと次に回すぞ!」
 組合では一番の新人のはずなんだけど、タスクの料理の腕前にしっかり餌付けされてしまった他の組合員たちは、この下っ端君がこんな偉そうな口調で怒鳴り散らしてても誰も文句を言わない。むしろ煽てればもっと美味しい物を食べさせてくれると、今にも千切れそうな勢いで尻尾を振ってるワンちゃんに見えるくらいよ。
 あたしはタスクに尻尾なんか振らないけどね!
「タスクー。日替わりランチひとつ!」
「おう。悪いが、ちょっと混んでるから待たせるぞ」
「えー? あたし書類の整理が忙しいから、チョチョッと作って先に回してくんない?」
「お前さぁ……補佐官だからってなんでも優遇してもらえると思ってたら大間違いだぞ? 出来る限り急いでやるから、おとなしく座って待ってろ」
 ここで不平不満をつらつら述べてたら、ランチの出来上がりはどんどん遅くなっていく。あたしはぷーっと頬を膨らませておとなしく待つ事にした。
……うーん、あたしもやっぱりタスクに餌付けされてるのかもしれない……認めるのは癪だけど。

 昨日まで寝込んでたくせに、今日は妙に張り切って食堂のバイトに精を出しているタスク。ここの風景にもすっかり馴染んじゃってるよね。最初の頃は、ジーンの民特融の風貌が妙に浮いて見えてたのに。
タスクの場合は厨房に立つ事が元気の源なのかしら?
 あたしが席の確保も忘れてぼんやりカウンターから厨房の奥を眺めていると、にわかに入口の方が賑やかになった。これは……ほぼ間違いなくジュラとコート登場だね。

 ジュラは目も眩むような絶世の美女で、抜群のプロポーションとラシナの民独特の神秘的な風貌から、組合の女神と称されてるんだけど、頭の中身は幼児以下。物事を深く考えられない、ある意味独創性豊かな思考はまさに幻想の世界の住人なの。頭が万年お花畑とも言うわ。
 組合最年少であり、幼女趣味なら思わず連れ去りたくなるような愛くるしい容姿をしたコートは、組合のアイドルと称されてみんなの顔面を総崩れさせつつ、とにかくちやほやと甘やかされて可愛がられている。でもこんな可愛らしい容姿でも、れっきとした男の子。異常とも病的とも言えるほどの人見知りと内向的な性格のせいか、あまり人の多い場所には来たがらない。でも知能指数の高さは組合随一で、頭がぽよーんな姉のジュラの面倒を持前の健気さと責任感からせっせと見ては、いつも振り回されているその姿も愛らしい事この上ない。
 どちらもあらゆる意味で話題性抜群だから、組合のどこに現れても、いつもこうやって周りが大騒ぎになっちゃって、いつどこに現れたかすぐ分かるのよね。

「……あ……ファニィさん。こ、こんにちは」
「まぁ、ファニィさん。ごきげんよう」
 二人は目敏くあたしを見つけて挨拶してくる。誰にでもほんわか接するジュラは別として、内気なコートが自分から話し掛けてこられる人間は、この組合では同じチームを組んでいるあたしとタスクくらい。でもあたしに対しては頼れる姉みたいに懐いてるんだけど、タスクに対してはちょっと反応が違う。
 というのも、コートはこの内気で可愛らしい見た目から想像できないけど、そりゃもうかなりの勢いで惚れっぽい性分。しかも男の人が大好きという同性愛者だったりする。つまりタスクには、彼の小さな胸をドキドキときめかせ、一途に懸命に想いを寄せる、恋する乙女のような気持ちを持ってるの。

 ああ、えっと……今は、だけど。

 ちょっと前にね。同年代の、コートの事を想ってくれてた女の子がいたの。コートもその子が好きだったんだけど、でも自分はタスクの方が好きなんだって、自分で自分の気持ちに気付いてなくてね。彼女……消えてしまったの。
彼女は天界から落ちてきた天使で、普通の人間じゃなかったから。
 あたしたちもコートも凄く落ち込んだけど、でも悲しいって気持ち、みんな乗り越えた。彼女の事を忘れた訳じゃないけれど、でも、悔やんで彼女が戻ってくる訳じゃない。忘れなければ、きっと……またどこかで会えるって信じてるわ。だって彼女はあたしたちの天使なんだもの。

「ファニィさんも……お昼、ですか?」
「うん。でも今かなり混んでるから待たされるよ」
「ま、待つの……平気です」
 コートは頬を染め、ジュラの背後に隠れながら、厨房のタスクに熱い視線を向けている。
 あはは。これだもの。
「注文してきてあげるよ。何がいい?」
「え、えっと……な、何でもいいです。タスクさんの……お手間にならないもので……」
「あたし日替わりだけど、同じでいいね」
 あたしが注文しようとすると、コートはあっと声をあげてあたしの服を摘まんで制止する。
「どしたの?」
「……あっ……あの……き、今日の日替わりランチって……その……川魚の揚げ物、ですよね? その……ぼ、僕……鶏肉のシチューにして、ください……すみません……」
「最初からそう言えばいいのに」
 コートは内気で控えめ過ぎるけど礼儀正しい。でもその礼儀正しさにそぐわぬ偏食っぷりは、ある意味暴力的とも表現できる。
 海のないラシナ出身であるせいか、魚関係はほぼ苦手。お肉関係は鶏肉しか食べない。世間一般の子供が苦手とする野菜の食わず嫌いは完全網羅している。味付けだって辛いのも酸っぱいのもダメで、甘くて口当たりのいい物を好む。食べられないものを探すより、食べられるものを言う方が早いくらいよ。
こんな壊滅的に偏食が酷いから背が伸びないんだよ、この子きっと。

 あたしが苦笑しながら注文のためにカウンターの奥のタスクに声を掛けようとすると、コートが再びあたしの服を引っ張った。
「今度は何?」
「あ、あのっ……その……シ、シチューの中に入ってる……人参は抜いて、いただき……たいのですけど……」
 出た! 子供が嫌いな野菜の王様!
 あたしはにんまり笑い、カウンターの奥のタスクに声を掛けた。
「タスクー! ジュラに日替わり、コートに鶏肉のシチュー追加! シチューの人参は多めにお願い!」
「あいよ、了解!」
 タスクがこっちを向いてニッと笑いながらフライ返しを上げて返事する。
「ひっ……い、いやです、ファニィさぁん……」
 コートが頬を真っ赤にして、涙目で訴えかけてくる。泣いてもダメ。今日こそ偏食の一つくらいは克服させてやるんだから。
 ジュラはコートを甘やかすだけだけど、あたしはそうはいかないわよ。あたしだってコートのもう一人のお姉ちゃんなんだから。
 それから結構待たされて、あたしとジュラの日替わりランチ、そしてコートのシチューが運ばれてきた。あたしとジュラは空腹も手伝ってもりもり食べたんだけど、コートはきっちりお皿の端に人参を選り分けていた。
「残さず食わないと、もう作ってやんねぇぞ」
 手が空いたのか、タスクがやってきてコートの頭に手を乗せた。それを聞いたコートの手が止まる。
「好き嫌いの激しいお前が食いやすいように、人参はあらかじめミルクと砂糖で甘く柔らかく煮てやってるんだから。それから抜型で星型にしてあるだろ。お前のために特別に手を掛けてやったんだから、それを食わないなんて言わないよな?」
 タスクが腕組みして、幼い子供に言い聞かせるように言う。
「タスク、星形は余計。さすがにコートだって、形で喜ぶような、そこまで子供じゃないんだから」
 野菜が抜型で可愛くしてあって喜ぶのって、幼児くらいのものよね?
「そうか? 形で誤魔化せると思ったんだけどな」
 タスクの気の回し方はちょっと方向間違ってるよね。まぁある種、タスクもジュラみたいにコートの過保護が癖になってきてるのかも。過剰で余計なお節介レベルで他人の世話焼くの、大好きだもん。こいつ。
「……じ、じゃあ……あの……ひ、ひとつだけ……」
「全部だ」
「……では……ふ、ふたつ……」
「全部」
 コートはスプーンを握ったまま、今にも泣き出しそうになっている。
タスクは一歩も引かない。もちろんコートも絶対折れない。ああ、この二人って性格は全然似てないのに、頑固な所はそっくりなんだよね。
 コートのシチュー皿を覗き込むと、星形人参はたったの五切れだけだった。こんなの一口で飲み込める量じゃないの。そこまでして毛嫌いするものかしら?
「あら、コート。まだお食事が終わっていませんの?」
 すっかり日替わりランチを空にしたジュラが、傍らのコートを見て柔和な笑みを浮かべる。あー、ジュラはコートに甘いから、先に釘を刺しておかないとね。
「ジュラ。今日は何が何でもコートの偏食を治……」
「コート。お星さまの人参さんが残っていますわ。タスクさんが作ってくださったものなのですから、ちゃんといただかないといけません事よ」
 うわ、びっくりした! ジュラがコートを甘やかしてない!
「姉様?」
「せっかくタスクさんが作ってくださったんでしょう? 食べ物を粗末にする子はメッですわよ」
 ジュラが細くて長い指をコートの柔らかそうな頬にぷにっと当てる。コートは青い大きな目を伏せ、ぎゅっと唇を噛み締める。
「ジュラもたまにはマトモな事言うわね」
「ほれ、さっさと食え。偏食ばっかだと背も伸びねぇぞ」
「コート。タスクさんのお食事は美味しいって、先日コートも申していましたわよね。わたくしもタスクさんの作るお料理、大好きですわ」
 あたしたちは寄ってたかってコートに人参を食べるように押し迫る。
 ぐっと何かを堪えていたコートは、カタンとスプーンをシチュー皿の脇に置いた。
「……姉様は……以前なら……食べなくてもいいと、仰ってくださいました」
 聞き取れないほどか細い声で反論するコート。でもそれはワガママ。
「姉様は……最近少し、変わりました。僕のこと……ちっとも分かってくださらなくなりました。僕、嫌いなものは嫌いです」
 珍しくコートが強い反感の意思を見せる。この態度に、あたしたちはさすがにコートに対して違和感を抱いた。
 礼儀正しくておとなしいコートが、たかが人参くらいでここまで嫌悪感やジュラに対する反論を口にするなんて、今までになかった事だったんだもの。
「あ……えーと……ねぇコート。あんた自分の好き嫌いをジュラのせいにしちゃダメだよ」
 渋いものが喉元までこみ上げているみんなからその空気を振り払うために、あたしは思い付いたままの言葉を口にする。するとコートはもう耐えられないといったように、子供特有の甲高い声を張り上げた。
「いやなものはいやなんです! ごめんなさい!」
 コートは取り囲んでいるあたしたちを押し退けるように、食堂を飛び出して行った。おとなしくて素直なはずのコートの有り得ない行動に、あたしたちはもちろん、食堂に居合わせた他の組合員もぽかんとして食堂の出入り口を見ている。
「お、俺……やっぱ無理強いしたかな……」
 タスクは気まずそうに、ポリポリと頭を掻く。
「タスクは間違った事、してないよ……多分……」
 あたしは自分こそ言い過ぎたのかも、と思い始めていた。
「あらあらまあまあ。コートも反抗期さんですのね。タスクさんもファニィさんもお気になさらないで。わたくし、コートの大好きなお菓子を持っていきますわ。明日にはまたきっとニコニコさんで戻ってまいりますわよ」
 ジュラだけがのほほんといつものように柔和な笑みを浮かべていた。

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