Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       2

 とにもかくにも居心地が悪い。空気が悪い。雰囲気が悪い。
 なんだってヒースの奴はコートを追い出して俺を残しやがったんだ? 俺なんかヒースにとっちゃ、俺と同じかそれ以上に気に食わない相手だろうが。
 俺とヒースは無言のまま、ファニィの到着を待っている。
 壁に寄り掛かって腕組みしたまま、俺はひたすらこの見えない重圧に耐えていた。ヒースの言葉なんか無視して出て行っても良かったんだが、そうしたらしたで、また奴が何だかんだと喚き散らして鬱陶しい事態になり兼ねない。
 重圧に耐えられなくなったのか、先に口を開いたのはヒースだった。
「お前……なにか話せ。息が詰まる」
 ムッ。死にかけてるクセにやたらと高圧的かつ身勝手な物言いだな。俺は無視を決め込む。
「何も話さない気か?」
 無視。相手にしたら更につけ上がりやがる。
「……お前が喋らないなら、おれが話す」
 は? 仲良くお喋りしましょうってか? ふざけんな。
 軽く嘲笑でもしてやろうかとヒースの方を向くと、ヒースは窓の外を見たまま俺を無視し、勝手に喋り出した。
「お前、見たのか?」
 いきなり何だ?
「……お前、ファニィの食事≠見たのか? 見て、それでもあいつをあいつとして許容できるのか? 他のモノ≠ノ見えないのか?」
 訝しげに俺はヒースを見る。相変わらず俺に一瞥すらくれない。
「おれが六つの時……母さんは死んだ。赤い目の魔物に食われた≠だ」
 こいつ……ッ!
 ファニィがガキの時に魔物化した事件を覚えてて知ってるのか?
「あの日……おれは三つ年下の幼馴染と一緒に遊んでいた。夜遅くまで遊んでいて、満月が浮かんだ頃、急に幼馴染は赤い目の魔物になって、おれや母さんを襲った。幼馴染の両親と親父が必死に止めようとしたが……赤い目の魔物は親父を除く三人を食い殺した。おれは母さんがとっさにクローゼットに押し込んでくれて難を逃れたが……クローゼットの中から全てを見ていた。幼馴染が魔物に豹変する姿も、母さんが生きたまま食い殺される姿も」
 ヒースはこちらへ目を向ける気もないのか、窓の外を見たまま、その日に起こった出来事を淡々と語る。
「満月が朝日と入れ替わる頃になって、全ては終わっていた。血溜まりの中で訳も分からないといった様子で泣きじゃくる幼馴染を、親父は抱き締めていた。泣きながら……抱き締めていた。ファニィを……許していた」
 ファニィは確か、ヒースは自分を恐れていると言っていた。幼いヒースがあの事件を目撃していたのなら、そりゃあファニィを恐れて当然だろう。自分の親を殺した魔物≠恐れる心は、何の力もない子供にとってこの上ない恐怖であるし、生きた人間を食らう魔物の姿なんて見たなら、それは確実にトラウマになるだろう。
「親父はファニィを引き取ると言い出し、おれは反対しなかった。それからおれもファニィも成長して……ファニィはあの日の事を何も覚えていなくて、誰からも好かれる明るい女になった。人への思いやりや責任感も強く、組合のみんなに請われて補佐官になった。おれは……」
 ヒースが片手を目の上に翳す。窓からの光が眩しいのだろう。
「誰からも愛される彼女に……憧れた。おれから母さんを奪った奴なのに、恐ろしいはずなのに、ファニィにずっと……ファニィの人柄にずっと、おれは憧れていた。おれはファニィをなじる事でしか、自己表現ができなかった。ガキなんだ。どうやってその気持ちを伝えればいいのか分からないまま、体だけがデカくなった……いい歳ぶら下げて、ガキなんだよ、おれは」
 どうやら自覚はあるらしい。プライドだけが高く、感情が行動に伴っていないという事に。
「お前は赤い目の魔物≠その目で見たんだろう? なのになぜ、恐れない? なぜ、受け入れられる?」
 俺は少し考え、口元に手を当てた。そして一つの答えを出してやった。
「お前と同じだと思う。俺はファニィの特異性≠ノ惚れたんじゃなく、ファニィという人間に惚れたんだ。お前と同じで、あいつがファニィだから、惚れたんだ」
「……そうか」
 ヒースが黙り込む。俺は言葉を続けた。
「俺がお前よりもう一歩踏み込めたのは理由がある。俺とお前との違い。それは俺もファニィも特殊≠ネ人間だという共通点のせいだ。俺はそこにも惹かれるものを感じていた。ファニィの場合は混血≠ニいう事。俺の場合は魔術師≠ナある事。どちらも人から忌まわしき存在として見られているんだ」
「まじゅつ、し? 魔法使いでなく?」
「暗黒魔術師。死の魔術を操る、忌まわしき力の使い手。魔法使いの中で、この世に存在すべきでないとされる、異端の存在。それが俺だ」
 ヒースは初めて俺の方へ顔を向けた。その表情は複雑で、俺の言った事が理解できないといった様子だった。
 まぁ当然の反応だな。魔法の知識の無い人間に、魔法使いと魔術師の違いはすぐに理解できるものじゃないという事は、これまでの経験から何度も繰り返されてきた、平行線の押し問答だ。
「お前はファニィと同じだという事か?」
「異端であると言う意味では。ただ、ファニィの置かれた境遇と、俺の境遇は全く異なるものだ」
 ヒースは自分の中で俺の言葉を整理しようとしたようだが、結局完全な理解へは思考を導けなかったらしい。途中で諦めた様子が見えた。
「同じような異端だから、ファニィを受け入れられたのか、お前は?」
「違う。ファニィという個人に心底惚れたからだ。だから俺は、ファニィがどんな過去を持っていようと、どんな重責を背負っていようと、彼女の傍にいたいと、彼女の心を一緒に支えてやろうと、心から思っただけだ。だから自然と全てを受け入れられた」
 ヒースのとび色の目が泳ぐ。そして声無く笑った。
「……強いな、お前。人としての器も……でかい。おれなんかが……到底太刀打ちできる相手じゃなかった」
 ヒースは自虐的な表情になる。
「強くなんかないさ。ただ少しだけ、他人からの批難の目に耐えられる部分があっただけだ」

 さっきまでヒースを嫌な奴だとしか思えなかった俺だが、これまでヒースが内に秘め、悩んで苦しんできたという吐露を聞いたら少しだけ、奴に同情できるようになった。だから今はそれほどこいつが忌々しいとも鬱陶しいとも思わない。いや、思えなくなってきていた。
 コートの言う通り、こいつは自分で自分を追い詰めて苦しんでいたんだろう。

「ファニィが……おれなんかより、お前に傾倒していく理由が……やっと分かった。負け、だよ」
「勝ちも負けもあるか。ファニィは誰にも縛られない。ファニィは自由なんだ」
 ヒースが悪意も自虐もない、きょとんとした不思議そうな目で俺を見た。
「お前……ファニィが好きなんじゃないのか?」
「ああ、好きだよ?」
「おれが引くと言ってるんだから、ファニィはお前のものじゃないか。なんで喜ばない?」
 俺は肩を竦めて見せた。
「あんな跳ねっ返り、俺の手には余る。だからあいつは自由でいいんだよ」
「惚れてるのに掴まえないのか?」
「惚れてるから手放すんだよ」
 俺の言葉を聞いて、ヒースはクックッと笑い出した。ああ、その笑い方。元締めとそっくりだ。さすがは血の繋がった親子。
「お前、変な奴だ」
「てめぇに言われたくない」
 ヒースがゆっくりと手を伸ばしてきた。俺は苦笑し、その手を掴む。力のない緩い握手だった。
「じゃあファニィはしばらくお前に預けておいてやる。絶対取り返しに行って、今、言った事を後悔させてやる」
 俺はヒースの手を強く握り返してやった。
「せいぜい男を磨いてこいよ。俺は更に先に進んでてやる」
「言ってろ」
「何度でも追い返してやるさ」
 俺たちは妙にお互いの言動がおかしくなり、笑い出した。

 その時、医務室のドアが勢いよく開く。驚いてそっちへ顔を向けると、ファニィが真っ赤な顔をして肩を怒らせて立っていた。
「な、何よ! 珍しくあんたたちが会話してると思って黙って聞いてたら、ヒ、ヒトの気持ちもそっちのけで、預けるだの奪い返すだの……ッ!」
 ファニィが時々声を詰まらせながら喚く。
「盗み聞きとはご高尚なご趣味で。ヒース。お前の義妹、マジで最悪にいい趣味してるな」
「何を言うか。お前こそ、この高飛車不躾悪態吐きのろくでもない女に惚れてんだろ」
「言ったな」
「言ったさ」
 俺とヒースがニッと笑って目配せし合うと、ファニィが床を踏み鳴らしてこっちへやってきた。
「ヒトを無視して勝手に喋んないでよ! あ、あたしはね!」
「うるせぇ!」
「やかましい!」
 そして俺とヒースの声が重なる。
「これはおれとタスクの問題だ!」
「これは俺とヒースの問題だ!」
 見事にハモる。ファニィは口をパクパクして言葉を失っている。
「お前の気持ちはすでにタスクに完全に傾いてるだろうが! 選択肢がタスク一択しか残ってないクセに、ピーチク嘴挟むな!」
 ヒースがベッドの上から怒鳴る。するとファニィが両手をバタバタさせて悲鳴染みた声を張り上げる。
「キャーッ! 本人目の前にして言わないでよ! ……って、タスク! キャーッ! 聞かないでよ、聞くんじゃないわよ! あんたなんかあんたなんかあんたなんか!」
 ファニィが真っ赤になって必死に反論するが、なんか……もはや全てが駄々っ子か跳ねっ返りの下手な言い訳にしか聞こえない。そして……クソ可愛いったらありゃしねぇ。なんなんだ、このクソ可愛い生き物。
 俺は思わず苦笑する。
「こいつにこんな可愛い反応示す一面があったんだなぁ……」
「今更気付いたのか? 可愛いだろ、おれの妹は」
 おもわずしみじみ呟く。ヒースは俺の隣で腹を抱えて笑っていた。

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