Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

      3

 ラーモルの町は特に観光名所がある訳でもない、ごく普通の町です。だから旅人が立ち寄るような宿はないんです。
 僕たちは組合がお願いして、宿としての利用をご協力いただいたかたのお家で休ませていただいていました。一般市民のかたで、本当にご好意でお部屋を貸してくださっているのです。お部屋が狭いですとか、お食事がどうですとか、文句を言えるはずもありません。僕は姉様やみなさんと一緒なら、文句なんて何もないんですけれど。
 僕と姉様、ファニィさんにはリビングを、タスクさんには納戸として使っていた空き部屋を寝室代わりにとご提供していただきました。組合の別働隊としてラーモルにいらしてる皆さんも、別のご協力者のかたのお家でお休みになっているはずです。
 あ、タイガーパールを闇市場で落札して手に入れたペイドさんは、先にオウカに護送されています。そしてまた別働隊が、タイガーパールを厳重に保護して先にオウカへ戻られているそうです。
 ジーンはここからもうすぐ目の前なので、取り返したタイガーパールを直接ミサオお師匠様の所へお届けしても良かったのですが、念のため組合で本物かどうかを鑑定してから、再度チームを派遣してお届けするということになっているんです。もし偽物だったりしたら、組合の名前に傷が付きますから。
 僕たちは疲れを癒して明日、オウカに戻る予定なんです。

 夕食をいただいて、お湯も使わせていただいて、僕と姉様とファニィさんは、寝室として使わせていただくリビングで眠る前のひと時を談笑していました。
「ジュラ、寝る前に食べると太るからやめといた方がいいって」
「お紅茶にはクッキーがとても合うと思うんですの。美味しいですわよ」
「そうじゃないでしょ。話聞きなさいよ」
 姉様がお茶を飲みながら、クッキーを美味しそうに頬張っておられます。僕は姉様の膝に抱かれているので……その……ちょっとクッキーの粉がポロポロ零れてきて……あっ、いえ。へ、平気です。サクサクのクッキーなので、どうやって食べても粉が落ちてしまうのは仕方ないですから。
「じゃあせめてコート離しなさいよ。さっきからジュラの零したクッキーの粉、頭に全部落っこちて粉塗れになってるわよ」
「まぁ、コートも食べたいんですの? ではわたくしが取って差し上げますわね。コートにはお砂糖を振り掛けているものがよろしいかしら」
「だから話を……」
 えへへ。姉様とファニィさんの噛み合わないお話、聞いてて面白いです。
「ファニィさん。僕なら大丈夫です」
「あとで髪、払っときなさいね。蟻が寄ってくるわよ」
「はい」
 姉様の膝の上は温かくて、僕の体を抱く姉様の腕は優しくて、僕、少し眠くなってきました。でもまだ眠るには早い……でしょうか?
 少し眠気を振り払いたくて、僕はファニィさんに話し掛けてみました。
「……ファニィさん。もうお怪我は大丈夫ですか?」
「うん。もう傷口も見えないよ。ちょっと出血多かったから、貧血気味ではあるけどね」
 ファニィさんはニコリと笑って襟をはだけて肩を見せてくださいました。仰るように、もうすっかり傷口は塞がって、影も形も残っていません。
 本当にファニィさんの治癒能力の高さは、いつ見てもびっくりしちゃいます。
「……まぁ。もうお紅茶が空になってしまいましたわ」
 姉様がティーポットを傾けると、紅茶の雫が一つ、二つ落ちただけでした。
「もう食べるなって事だよ」
「でもクッキーを戴いて、わたくし、喉が渇いていますわ」
 姉様はそう言いながら、クッキーを食べる手を止めません。姉様にとって、食べ物を残すという選択肢はありませんから。
「あ……じゃあ僕、お替わりをいただいてきます」
「まぁ! コートはいい子ですわ。わたくし、待ってますわね」
 姉様がニコニコしながら僕にティーポットを渡してくださいました。
「すぐ戻りますから」
 僕はティーポットを抱えて、リビングを出てキッチンへ向かいました。お隣の部屋がキッチンだったはず……。
 案の定、キッチンには家人のどなたもいらっしゃいませんでしたが、お茶を戴くくらい、わざわざ声を掛けに行かなくても大丈夫ですよね?

 僕は仄かに火の残っている釜戸に、水瓶から水を組み入れたケトルを乗せました。そして薪をくべて火を熾し直します。
 チロチロと赤い火を見つめながら、僕はケトルのお湯が沸くのをじっと待っていました。その時です。
 窓の外が一瞬だけ、赤く染まったんです。外の灯りに使っている松明が燃えているだけかとも思いましたが、でもすぐ消えてしまったし……。
 どうしても気になり、僕は念のためケトルを釜戸から降ろして、裏口から外へ出てみました。

「……くそっ……まただ」
 裏庭の真ん中に蹲る人影があります。タスクさんでした。こんな夜中にお庭で一人、何をなさっているんでしょう?
 何となく声を掛ける事もはばかれて、僕はドアの影からじっとタスクさんを見ていました。タスクさんは立ち上がって、魔法の杖を構えます。そして裏庭の奥にある松明に向かって、炎の魔法を放ちました。
「火炎球!」
 でも魔法で生み出された炎は一瞬だけ激しく燃え上がり、すぐに消えてしまいました。
「……この威力でも駄目か……でもこれ以上威力を上げたら昼間みたいに……」
 一人で何か仰っています。
 ……そういえばペイドさんのお屋敷に奇襲を掛けた時、タスクさんは魔法の構築式を間違えたと仰っていました。そしていつものタスクさんらしくない、威力がアンバランスな魔法を具現化させて、戸惑っていらっしゃったような様子でした。あれはタスクさんの描き出した構築式通りの魔法じゃなかったんでしょうか?
 僕は少し迷いましたが、タスクさんに声を掛けてみる事にしました。
「……あ、あのっ……! タ、タスクさん」
 タスクさんは驚いたように身を竦めて、僕のほうへ首を捻られました。
「コートか。脅かすなよ」
 タスクさんはいつもの表情に戻って、ゆっくりと僕のほうへやってきました。
「ガキが夜更かし……ってか、ジュラさん放っておいていいのか」
「あ、え……えと……ね、姉様のお茶のお替わりをいただきに来たら、外に炎が見えて……」
 タスクさんは無言で手にした魔法の杖を眺め、帯の後ろに差して隠してしまいました。
「あの……魔法の、練習ですか?」
「ま、そんなトコかな。俺はまだまだ未熟な魔法使いだから」
 自嘲気味に呟き、タスクさんは裏口の横にある柱に寄り掛かりました。そして腕組みしながら、夜空を見上げます。
「……なぁコート」
「は、はい!」
 急に呼びかけられたので、僕は驚いてタスクさんを見上げました。
「奇襲の時、目測誤ってお前に火炎球をブチ当てそうになって悪かったな。火傷とかしてないよな?」
「は、はい。大丈夫です」
 僕の心配をしてくださるなんて……タスクさん、優しいかたです。僕は胸が熱くなりました。
「そっか。怪我させないで良かったよ」
 そう呟き、タスクさんはそれきり黙ってしまいます。僕もどうお声を掛けていいのか分からなくて、ドアノブを持ったままじっと黙っています。だって黙って佇むタスクさんの雰囲気が、構わないでほしいと言っているような気がしたんです。
 きゅっと胸元を押さえ、僕は恐る恐る、タスクさんにもう一度声を掛けました。
「あ、の……僕……お邪魔、ですよね。お部屋に帰ります。おやすみなさい」
 目を伏せたまま頭を下げ、僕はドアを閉めようとしました。
「コート。少し……いいか?」
「は、はい?」
 タスクさんは相変わらず夜空を見上げたまま、でも無理矢理僕を引き止めるような声音ではなく、なんとなく……たぶん何気なく、僕を呼び止めたように見えました。
「……な、なんでしょうか?」
 もう一度タスクさんを見上げると、タスクさんは僕を一瞬だけ見て、そして苦笑されました。
「……いや、やめとく。きっと俺の思い過ごしだから」
「はぁ……」
 タスクさんは何が仰りたかったのでしょう? 僕には分かりません。
「ジュラさんが待ってるんだろ。早くお茶の用意して戻ってやりな」
「はい。では……」
 何か引っかかるものを感じながらも、僕は引き下がるしかありませんでした。タスクさんは何か仰りたかったのは分かります。でも僕では相談役にもならないと、思い直されたのかもしれません。
「……あ、あのっ」
 僕は思い切って三度、声を掛けました。
「ぼ、僕はちょっと本が好きで、何か作ったり組み立てたりする事が好きなだけで……えと……こ、子供だから何のお役にも立てないかもしれないですけれど、タ、タスクさんのお話を聞くくらいはできます。お話しするだけでもご気分が晴れるなら、い、いつでも言ってください。あの……あの、偉そうなことを言ってすみませんっ!」
 それだけ言って、僕は恥ずかしくなって逃げるようにキッチンに戻りました。そしてなるべく急いでお湯を沸かし、ティーポットを持って姉様とファニィさんの待つリビングへ戻りました。
 僕、本当にタスクさんのお役に立つことができないでしょうか? 僕にできることなら何でもしますのに。
 姉様の膝にまた抱かれて、でも僕の頭にはさっきのタスクさんの夜空を見上げる物思いに耽った横顔だけが、ずっとずっと気に掛かっていました。

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