Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       2

 いつものごとく、昼飯時になってもファニィと元締めは食堂に現れない。また書類の山作って、それのサインだか確認だかに追われているんだろう。本当にあの人たちは、自分の体調には無頓着な性分だな。
 俺は昼のラッシュが過ぎてから、具だくさんのサンドイッチと豆から絞ったほろ苦いお茶を二人分用意して、それをトレイに載せて執務室へ向かった。
 厨房に立っている時はいろんな事を忘れられる。今日はなるべく、厨房に籠りっきりになろう。
 俺はそんな事を考えながら、執務室のドアをノックした。案の定、返事はない。
「タスク・カキネです。昼食を持ってきました」
 ドアに向かってひと声掛け、俺はドアを開けた。
 すると予想通り、元締めとファニィの二人は、うず高く積まれた書類に埋もれていた。
 前々から思っていたんだが、何をどうしたら、これだけの書類に埋もれるほど仕事を溜めこめるんだ? 普段からこまめに少しずつ片付けておけば、切羽詰まって飯抜きになるほど執務室に缶詰になる事もないだろう。
「元締め様、ファニィ。昼休憩にしてください。何か口に入れないと倒れますよ」
「あ、ああ。君か。いつも悪いね」
 元締めはペンを動かす手を休めず、片手で机の上の書類の一部を押し退ける。バサリと幾つかの束が落ちたが気にしていないようだ。
 俺は元締めが空けてくれた机の隙間にトレイを置く。
「ファニィ、お前もだ」
「今、話し掛けないで」
 ファニィは素っ気なく言い、こめかみを爪で引っ掻きながら必死に書類にペンを走らせている。
「ファニィの苦手な報告書だ。しばらく待っていてやってくれ」
 元締めが笑いながら言う。俺は苦笑して、ファニィのペンが止まるのを待った。
 随分長い文章を書き終え、ファニィはペンを机に転がして突っ伏す。
「ふひー、もう駄目……あたしもうこれ以上文章考えるの嫌」
 弱音を吐くファニィ。俺はふと思い、首を傾げて問い掛ける。
「ヒースも補佐官見習いやってるなら、あいつにやらせればどうだ?」
「あいつにまだこんな重要書類書けるはずないでしょ」
 重要書類と言う割には、顔を突っ伏して扱いが雑なような気もするんだが。
「ならコートは? あいつは書記官だろ」
「……あ」
 俺に言われて初めて思い出したように、ファニィが口をあんぐりあけて俺を見る。完璧にコートの存在を忘れてたな、こいつ。
「そうだ、コートだよ。あの子なら報告書くらいすぐじゃない」
 ファニィが嬉々として明るい声をあげる。
「じゃあさっそく呼びに……」
「待った。その役目は俺」
 俺はファニィの前に昼飯のトレイを突き出す。
「俺が呼びに行ってやるから、お前は昼飯食ってろ」
「そう? ありがと」
 ファニィは素直にトレイを受け取り、椅子にも座らずさっそくサンドイッチに齧り付く。
「座って食え」
「ふぁーい」
 ファニィは口をもごもごと動かしながら、ストンと椅子に座った。
「はは。ファニィもカキネ君の前では随分素直だな」
「餌付けされてるからね」
 ファニィが軽口を叩く。
「あ、タスク。コートは多分地下の工房だから」
「は? 工房?」
 初めて聞いたぞ、そんな部屋。
「あれ? タスクは知らなかったっけ? 中庭の地下にコート専用の工房があるの。何かのからくりを組み立てる時はそこに籠ってるわ」
 コートは冒険者組合でも、過去に前例がない程の超天才児だ。そして補佐官であるファニィにやたら可愛がられていて、元締めもコートを気に入っているのは知っている。だが、ガキ一人に専用の工房を与えるって、しかも組合の敷地内にって、一体この人たちは何を考えてんだ? あのチビを優遇し過ぎだろうが。
 俺は軽い眩暈がして、額に手を置いて首を小さく振った。
「中庭の寮に近いところに小さな小屋があるから、そこが地下への入口。入ってすぐの所に伝声管があるから、そこから声掛けてくれれば返事するはずよ」
 なんか次々知らない事実や単語が出てくるんだが……。
 ま、まぁとにかく、中庭の小屋ってのを探して、伝声管とやらが声を遠くへ伝える物らしいから、そこに話し掛けりゃいいんだな?
「ひゃあおへがひへ」
 ファニィはまたサンドイッチを頬張ったまま言う。口の中のモンを飲み込んでから喋れよ、こいつは……ったく。

 俺は執務室を出て、中庭に向かった。寮の近くというと……ああ、あれか。
 ちょうど女子寮の入口の対になる場所に、木製の掘っ立て小屋のような物があった。その中に入ると、狭いだけで何もない。
「なんだ? 伝声管とかいう奴も地下へ向かうっぽいドアもねぇじゃねぇか」
 掃除道具を入れる小屋か何かと間違えたんだろうか?
 きょろきょろと狭い天井やら壁を見回しながら室内を歩くと、何かに蹴躓いた。それは取っ手のようなもの。
 地下工房……地下……地下へのドアか?
 まさか地面に貼り付いたドアだとは思ってなかったので、俺はちょっと驚きつつも、その取っ手をゆっくり引っ張った。随分軽い扉だ。コートが開けられるくらいの扉なんだから、軽くて当然なのかもしれないが。
「梯子? しかし暗いな……灯りは無いのか?」
 地下へは一本の梯子が伸びており、灯りも何もないので底がまるで見えない。
 その梯子を降りるために灯り替わりの炎の魔法を使おうとしたが、構築式を描き掛け、すぐにやめた。また魔力の供給が上手くいかなかったら、俺が焼け死んじまう。
 梯子から手を離さなければどうにかなるだろう。それにコートがいるなら、工房まで真っ暗という事はないはずだ。
 俺は慎重に梯子を降り始めた。

 真っ暗な中を梯子の手触りだけを頼りに降りつつ、ふと伝声管とやらの事を思い出した。そういやそんなもん……あったか? 見落としたのかも。
 片手を伸ばして暗い中の壁をそろそろと擦ってみたが、それらしきものはない。やっぱりそんなもん無いじゃないか。どうせここまで降りてきたんだ。直接行った方が早い。
 幸いにも、消えかけたランプが壁にあり、暗闇に目が慣れた事もあって、少し先までなら見えるようになっていたからな。俺はランプを指先に引っ掛けて、梯子を伝って降りた。
 しばらくして足が地面に付く。到着かと思ったが、どうやらここから階段になっているらしい。螺旋状の、丈夫な木を壁に打ち込んでいるだけの、かなりヒヤヒヤする階段が地下に伸びている。
 ビビッてても埒があかない。覚悟決めて降りるか。俺は壁に手を付きながら、ゆっくり階段を下りていった。
 不思議なことに、この地下の螺旋階段に篭もる空気は、下へ降りるごとにどんどん温かくなってゆく。もう熱いくらいだ。
 それにしても随分長いな。いや、周囲が暗闇だから俺の時間の感覚が狂ってるだけか。
 木製の階段の軋む音だけが聞こえる。それがいやに耳に付き、奇妙な不安を駆り立てる。底はまだなのかよ?
 少し焦りが出てきた。俺は降りるスピードを速め、どんどん下って行く。
 ところがふいに周囲が明るくなった。
「なっ……」
 思わず声をあげる。どういう仕組みか分からないが、転々と弱く小さな光が地下に向かって灯ったんだ。だが……。
「……ッ!」
 灯りに見惚れていたせいか、ふいに足許の感覚が無くなった。とっさに何かに掴まろうとしたが手は虚しく空を切り、俺の体全体が浮遊感に見舞われる。
 転々と灯った灯りが物凄い勢いで俺の脇を掠めていく。俺……落ちてるのか?
 ようやく状況を飲み込めた時、俺の体は何か……恐らく最深部分の床に叩き付けられた。喉の奥から血の味が込み上げ、吐き出す。意識が朦朧とする中、俺の右頬だけが異様に熱いという感覚だけが残っていた。
 あの時と同じ、痛みにも似た、皮膚が裂けるような、耐えがたい熱さ。だが頬に触れる事さえ、俺の意思ではできなかったんだ。体が……全く動かない。

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