Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       2

 ジュラさんとコートに飯を食わせ、俺は二人を食堂の入口から見送った。コートはジュラさんの影に隠れるように、何度もチョロチョロと俺を振り返っていたが。
 絶世の美女であるジュラさんに負けず劣らず、部屋に置いて飾っておきたくなるお人形さんのような愛くるしさ満点のコートは、十人中十人は騙されてるであろう美幼女の姿をした実は性別・男。正真正銘、美女ジュラさんの歳の離れた弟だ。
 その美幼女と見紛う容姿を持ちながら、超が付くほどの臆病で内向的な性分とは反対に、はた迷惑なほど非常に惚れっぽく、しかもソッチの気もあり、どうやら俺は奴の好みにクリーンヒットしているらしい。
姉であるジュラさんとチームメイトのファニィ以外とはまともに会話できない程のあがり症で内気な性格のために、今のところ息苦しいほどの熱視線を向けられる以外は人畜無害そのものだが、その熱視線が俺にとっては精神衛生上あまりよろしくない。もし内気が強気に変貌したらという恐ろしさのためだ。いや、コートに限ってそれはないと思うが万が一。万が一な。
寮に戻った二人の姿がようやく見えなくなり、俺ははぁと溜め息を吐いて厨房へと戻った。そして会議で疲れているであろう、ファニィのための夜食を作る。
 ファニィは黙っていればそこそこ可愛げもあるんだが、口と性格の悪さで充分過ぎるお釣りがくる。いやむしろペラペラとよく回るあいつの達者な口と勢いに圧倒されてしまう。
でも根はそんなに悪い奴じゃないって事は、この数日でなんとなく分かっていた。だからこうして飯を作ったり世話をしてやっても嫌じゃないんだな。
厨房チーフも寮に戻ってしまい、俺は一人で厨房で暇を持て余す。鍋は磨いたし、明日の仕込みも終わってるし、他に特にやるべき事はない。
 埃が被らないように布を掛けているファニィ用の夜食を横目で見て、俺は腕組みした。
会議、随分遅いな。まだ時間かかるんだろうか?
俺は組合の会議室へ向かい、様子を伺う事にした。このまま厨房で待っていても、ただ時間が無駄なだけだしな。
 会議室の側まで来た時だった。罵声とまでは言わないが、男が一方的に誰かを責めている声を聞いた。

「まだお前なんかが組合を仕切っていたのか!」
 会議室からではない。なぜなら会議室はとっくに灯りが消えて真っ暗だったからだ。
 俺は声を辿るが、強い風音が窓を叩くせいでいまいち声の出所が掴めないでいる。諦めようとも思ったが、何か嫌な予感がして立ち去る事ができない。俺はそのまま声の主を探した。
「……女のくせに……それも魔物との混血のくせに」
 魔物との混血? ファニィの事か?
 広い組合の建物内を歩き、俺はゆっくりと、気配を殺したまま声に近付く。
「血の繋がりもない、魔物の血を濃く引くお前は、どんな言葉でどんな取り入り方をして、ここにいるんだ?」
「……ごめん……なさい……」
 ファニィの声だ。
 何者に対しても自分の意思を曲げたり屈したりしないファニィが、見知らぬ男に一方的に言いくるめられていた。ファニィは一切口応えせず、ただひたすら、震える声音で男に対して謝っている。
 あの気丈なファニィが一言も言い返さずに、怯えた様子で従順に詫びの言葉を繰り返しているだけなんて……まさか弱みでも握られているのか?
「お前の居場所なんて、ここにはないんだよ!」
「ごめん……ごめんなさい。でもあたし、ここを追い出されたら行く所がないの。だから……」
「だったら跪いて、ここに置いてくださいと懇願してみろよ」
 男はファニィの肩を突き飛ばし、あからさまな敵意を剥き出しにして無茶苦茶言ってやがる。さすがのファニィも反論するかと思いきや、ファニィは震えながらゆっくりと両膝を床に着いて項垂れた。
「あ……あたしを……」
 俺の認識は間違っちゃいないだろう。ファニィはあの男に弱みを握られている。だから従順にならざるを得ないんだ。
 弱みを握って人を、女を虐げる。男の風上にも置けない腐った野郎だ! ファニィより俺が先に頭にきた。

「ファニィ! そんな奴に頭を下げるな!」
 声を荒げて飛び出し、男の前で膝を折っているファニィの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。そしてファニィから手を離し、そのまま男の面を力任せに殴りつけてやった。
「タスクッ?」
「ファニィに何をさせようって言うんだ! この腐れ野郎が!」
 もう一発お見舞いしてやろうかと思った刹那、ファニィの平手が鋭く俺の頬を打った。
「下がりなさい、タスク!」
 は? なんで俺がひっぱたかれなきゃならないんだ?
 目に涙をいっぱいに浮かべたまま、ファニィが男を庇うように立ち塞がる。
「ファニィ! なに混乱して……」
「下がりなさいと言ったの! 命令よ!」
 ファニィが悲鳴のような声で叫ぶ。そして恐る恐る振り返り、男の顔を見た。
「……ご、ごめんなさい……あの……ヒース。彼はまだウチに来たばかりで、あなたの事を知らなくて……その……怪我して……ない?」
「卑しい魔物の配下には、愚かな男がお似合いだな」
 ヒースと呼ばれた男が、俺を侮蔑するかのような目で見る。そしてファニィの髪を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「自分の下僕はしっかり教育しておけ。下衆な魔物の混血め」
 吐き捨てるようにそれだけ言い残し、ヒースは立ち去った。残された俺とファニィは、無言のまま立ち尽くす。
 はっと我に返った俺は、ファニィに詰め寄った。
「なんであんな奴の言いなりになってるんだよ!」
 俺が怒鳴り付けると、ファニィもやっと我に返ったかのように、目元をぐいと拭っていつもの強気な表情になる。
「なんて事してくれたのよ! 馬鹿タスク!」
「ば、馬鹿って……俺はお前が弱み握られて、扱き下ろされてるように見えたから加勢してやったんじゃないか」
「余計なお世話よ!」
 ファニィは声を詰まらせ、再び目に涙をいっぱいに浮かべる。それを見られまいとしたのか、クルリと俺に背を向けた。
「もういいから……忘れるの。いいわね?」
「どういう事だよ?」
「この事、ジュラとかコートとか、他の誰かに言ったら、あんたホントに組合から放り出すからね!」
 それだけを早口に言うと、ファニィはヒースと逆方向へと駆けて行った。
 どういう事なんだよ? あのファニィが俺の前で泣いただと? それに忘れろったって、そう簡単に忘れられる訳がないだろ。
 悶々としたまま厨房へ戻ったが、ファニィはいつまで待っても夜食を食いには来なかった。それどころか、翌日から明らかに俺を避けるようになったんだ。
 食堂にも顔を出さないし、廊下で俺を見掛けようものなら、全力で反対方向へ走って逃げやがる。そんなにあの出来事が知られたくなかったんだろうか?
 胸の奥に何かが詰まったような、とにかく歯切れの悪い鬱屈した気分のまま、俺は厨房のバイトをしながらファニィがやってくるのを待った。

 あの一件から二日。組合の運営会議とやらも終了し、地方支部長たちがパラパラと帰り始める。組合員たちもようやく日常が戻ってきたように、食堂に顔を見せ始めて少し煩わしいほどの活気が戻ってきた。
 昼食前の仕込みをしていた時だ。俺は厨房チーフに促されて注文カウンターへと向かった。そこにはいつも通り、ジュラさんとコートがいる。
「こんにちは、ジュラさんにコート。今日はヒラメの煮付けが美味いですよ」
 寮住まいのジュラさんとコートは毎日毎食、食堂へ飯を食いにくる。いつもならファニィが三人分をまとめて注文しにくるんだが、あの一件以来ファニィは食堂へ顔を出していないから、ジュラさんとコートが二人だけでやってくるのが常になっていた。
 少しとぼけたジュラさんは何でも美味いと言うし、内気なコートは俺が勧めたものはほとんど嫌と言わないし。なので俺はその日の自分の自信作を勧めるようにしていた。
 二人分のヒラメの煮付けを準備し、俺は皿を二人の前に置いて、自分も向かいの席に座った。コートが驚いたように頬を染めて俺を見ている。そりゃそうか。いつもなら飯を置いたらすぐ、次の注文に備えて厨房に帰っちまうし。
「ちょっと二人に聞きたい事があるんですけど」
「とても美味しいですわよ、タスクさん」
「いや、味の事じゃなくて」
「まぁ! でしたらデザートもご用意してくださってるんですの? とても楽しみですわ」
 いつも通りジュラさんは食い意地の張った早とちりなボケをかましてくる。駄目だ。ジュラさんじゃ、やっぱり話にならない。かといって、コートとちゃんと会話が成立するかねぇ?
「コート。お前、組合の人間については詳しいか? 地方支部長とか」
「……は、はいっ……あの……ぜ、全員ではないですけど……ちょっとだけ、なら……知って、ます……」
 注意しておかなければほとんど聞き取れない程の、蚊の鳴くような細い声だが、とりあえず意思の疎通はできそうだ。俺はちょっとだけ安心した。
「じゃあさ。ヒースって、どういう奴なんだ?」
「あら、どこかで聞いたお名前ですわね。コート、どなたでしたかしら?」
 ジュラさんが口の中の物を飲み込んでから、コートの顔を覗き込む。ジュラさんが話に絡んできて、まともな会話のキャッチボールが可能だろうか? 恐ろしく不安だ。でも悪気がある訳ではないから無視はできない。
「ヒース、様……は……あの……エルト方面の組合支部長様で……ふ、副元締め様、です」
 副元締め? そんな奴がいるなんて俺は知らなかったぞ。副と付くからにはファニィの上司かすぐ下の部下か……どっちだ? 補佐官より偉いのか?
「補佐官とどっちが上だ?」
「え、えと……立場で言えば……ファニィさんの上、です。あっ! で、でもお仕事は……ファニィさんの方が……で、できます」
「無能な上司と有能な部下って事か?」
「あ、いえ……その……ヒース様、は……元締め様のご子息様、なんです」
 なるほどね。だから立場はファニィより上という訳か。でもあの元締めに息子なんていたのか。
「じゃあファニィはヒースの妹か?」
「しょ、書面上では……」
「書面上?」
「ファニィさん、あの……元締め様の養女、なんです」
 ようやく繋がった。
 似てない親子だとは思ってたが、ファニィが元締めの養女なら似ていなくても納得だ。そういえばファニィは洞窟調査の時、両親を実父と実母という言い方をしてたな。えーっと、ダンピールの親父さんと、マーメイドのお袋さんだっけ?
 だからあの夜、ヒースはファニィに対して「血の繋がりのない」だとか、「上手く取り入った」とか、挙げ句には「ここにはお前の居場所はない」とかほざいてたんだな。

 あくまで俺の予想の範囲でしかないが、ヒースにしてみれば、仕事のできる養女のファニィが疎ましいんだろう。自分は父親の元から離れて支部長をしていて、血の繋がりのない妹が、組合の補佐官という立場で組合を取り仕切っている事が面白くないんじゃないか?
「ヒースって奴が元締め様の息子なら、本来ならヒースがこの組合の補佐官をしていてもおかしくないんじゃないのか? 副元締めなんて肩書きを持ってるくらいなら」
「え、えと……それは……」
「うふふ。ヒースさんは組合の皆さんに嫌われていますの。いつも不遜な態度なんですもの。コートもいつもいじめられていて、わたくし一度メッて叱って差し上げた事がありますのよ」
「ねっ、姉様! それはあまり大きな声では……」
 コートが慌ててジュラさんを止める。そして周囲を伺ってから、小さな声を更に小さくして俺に話し掛けてくる。
「……ヒース様は、お仕事の能率も……その……あんまりよくないんです。人望も……ちょっと……」
 ははぁ、そうか。ファニィは性格に一部問題はあるものの、仕事に関しては有能な補佐官だし、組合のみんなから人気もある。遊んでいるようにも見えるが、あいつの仕事量は驚くほど多い。それをきっちりこなしつつ、空いた手で、組合員で回し切れない依頼をも片付けているんだから、その実力は相当なものだ。
 元締めからしてみれば、仕事のできない実の息子より、仕事のできる養女を側へ置いていた方が、自分も組合の運営をやりやすい。それがヒースには更に面白くない、と、多分そういう訳だろう。
 だから立場上、口応えできないファニィをこっそり弄っては憂さ晴らししていたんだ。ファニィはあの時ヒースの命令に従順にしてはいたが、悔しそうに震えていたもんな。

「……あの、タスクさん」
「ん?」
 コートがもじもじと小さな体を更に小さくして俺に問い掛けてくる。
「……ヒース様が……どうかなさった、のですか?」
「あ、いや。何でもねぇよ。たまたまヒースって名前を聞いて、ちょっと気になっただけだよ。昔の知り合いに似たような名前の奴がいたんでね」
 俺は嘘を吐き、席を立った。
 二人に悟られちゃいけない。ファニィが誰にも言うなと泣きながら『命令』するくらいなんだから、他にもまだ何かあるのかもしれない。
「そ、そう、ですか……あの……僕なんかが、差し出がましいお願いですけど……ヒース様を誤解しないでくださいね」
「……?」
 コートはぺこりと頭を下げ、不器用な手付きでヒラメの煮付けを食い始めた。
 それを確認した俺は厨房に戻るフリをして、そのまま隠れるように食堂を出た。そして大急ぎで組合の執務室へ向かったんだ。

 ←1 3→