Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       8

 日のある内に何度が休憩を取ったが、夕刻にはエイミィの様態は悪化してしまった。顔色は血の気が失せて紙のように白くなり、呼吸も乱れ、そして咳き込むようになっていた。
 馬車の速度がゆっくりでも、とにかく少しでも早くオウカに戻れれば医者に診せるという事もできたんだが、休憩を何度も挟んだせいで、オウカへ着くまでまだまだだというのに、すっかり日が暮れてしまった。エイミィの様態の事もあるし、夜道を強行軍で進むのは賢明でないと判断し、俺たちは川辺で野営をする事にした。
 ファニィとジュラさんは今、食糧になりそうなものを探しに行ってる。俺は手持ちの少ない薬草をあれこれと煎じて、少しでもエイミィの解熱にならないか足掻いていた。くそっ……外傷用の薬草ばかりじゃ駄目だ。もっと内服できる、解熱や胃薬になる薬草も、常に持ち歩いていた方が良かったな。
 手持ちの薬草の組み合わせで、ごく微量だが体の毒素を抜く作用がある薬を煎じる事ができた。だが解熱の効果はなく、毒にやられた訳でもないから意味はないのかもしれないが、ほんの気休めにでもなればいいんだが。
俺はそれをコートとエイミィの元へ持っていく。
「エイミィ、少し苦いが薬だから飲んでくれ」
 組合にいた時は、コートをいじめる敵と見なされていた俺だが、さすがに弱っている時は気弱にもなるのか、エイミィはおとなしく俺から薬の器を受け取る。そして辛そうな表情を俺に向けた。俺はゆっくりと頷く。
「エイミィ、コートを泣かせて悪かったな。これからは気を付けるから」
 俺がポツリというと、エイミィは小さく首を振って、ゆっくりと器に口を付けた。
 細い眉を顰め、懸命に飲みにくいだろう苦い薬を飲む。
 薬を飲み終えたエイミィは器を俺に差し出そうとして、激しく咳き込んだ。そして地面に器を落とす。
「エイミィさん!」
 コートが慌ててエイミィの背を擦る。だが今にも泣き出しそうな表情。その様子は返ってエイミィを不安にさせるだけだ。こいつは何も分かっちゃいない。
「コート、ちょっとこっち来い。エイミィ、少しだけコート借りるぞ」

 俺はコートの腕を引っ張ってエイミィから離れた。そしてコートの前にしゃがみ込み、奴の頭を帽子の上から押さえつける。
「お前、なんて顔してんだよ」
 俺が言うと、コートはついに堪え切れなくなったようで、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「だ……だって……僕……エイミィさん、治せない……から……」
「馬鹿野郎。誰も治せねぇんだよ。治すのはエイミィ自身。お前や俺はその手伝いしかできないんだよ」
 俺が言うと、コートは顔を、涙を、拭おうともせず顔を上げる。
「お前は自分がエイミィを治してやろうなんて驕ってたのか?」
「そっ、そんなこと……ないです……」
「今エイミィが頼れるのはお前だけなんだよ。お前に絶対の信頼を抱いてるんだ。だからお前はエイミィを治す手伝いを全力でやってやれ」
 俺が言うと、コートは胸に手を当ててコクコクと頷いた。
「だから返ってエイミィが心配するような顔するな。泣くな。不安そうな態度を取るな。お前は笑ってエイミィの手をずっと握っててやれ。一晩中傍にいてやれ」
「えっ……で、でも姉様でない女性のそばに、夜通しいるなんて……」
 ふーん。ラシナとジーンの考え方はどこか似てるのかな。未婚の男女が一夜を共にするのは、あまり褒められた行為ではないっていうような考え方。
 いや、ラシナの民は基本、自由奔放な民族だし、そういった思考は照れ屋なコートだけのような気もする。
「いいんだよ。エイミィはお前が好きなんだから。お前がいる方が嬉しいんだよ。病気で気弱になっている時だからこそ、惚れた男の存在が必要なんだよ」
「エ、エイミィさんが、ぼ、僕を……?」
 おいおい、気付いてなかったとでも言うのかよ。自分はやたら惚れっぽい性格のくせして。
「ほら行け。エイミィの額をちゃんと濡らした布で冷やしてやれよ」
 俺はコートの頬の涙をぐいぐいと乱暴に拭ってやってから、ポンと奴の背をエイミィの方へと押した。コートは戸惑いながらも俺に一礼して、エイミィの元へと戻っていく。
 よし、これでいい。
 ガキの心配するなんて、子供が苦手な俺らしくないが、でもコートもエイミィも、もう俺にとってはかけがえのない仲間なんだ。ファニィやジュラさんもいるここが、俺の第二の故郷だとすら思えてきてる。まだたった数ヶ月しか過ごしてない場所なのにな。
 コートとのやり取りからしばらくして、ようやく戻ってきたファニィとジュラさんは、予想以上の食糧を持ち帰ってきた。
 木の実は炒って潰してから水でこねて焼けば簡単ながらもパンになるし、携帯食として持っているジャムを添えれば立派な主食になる。そしてファニィは小魚を捕まえてきたので、スープの具材としては充分だ。
 エイミィも食う物をしっかり食っておけば、オウカまでは何とか持つだろう。オウカに戻ったらまず何よりも医者に連れてってやらないとだな。

「ねぇ、タスク。葉っぱをね。いっぱい、お布団みたいに被ってたらあったかいかな?」
 ファニィが突然俺に問い掛けてきた。
「ん? まぁ空気の層を纏うという意味になるから、そのまま外気に直接当たるよりかはマシだと思うが……」
「じゃああたし、葉っぱいっぱい集めてくるから、それ、馬車の中に敷き詰めてエイミィ寝かせてあげようよ。野宿する予定じゃなかったから毛布とか持ってきてないし」
 確かにこのまま野ざらしの野営じゃ、熱のあるエイミィには辛いかもな。
「よし、俺も行く。一人じゃ大変だろ」
 俺が立ち上がろうとすると、ファニィは片手を俺の顔の前に翳して制した。
「駄目だよ。ジュラしか残ってなかったら、何かあった時に対処しようがないじゃない。あんたはコートとエイミィ見ててよ」
「お前一人で危なくないか?」
「うん、平気。あたしは野生の狼に襲われたくらいじゃ死なないから。噛まれたらちょっと痛いけど」
 さすがと言うか、やたら頼もしいセリフだな、おい……。
 ファニィは軽く片手を挙げて森の方へと歩き出そうとした。その時だ。
 コートが露骨に狼狽しながらこちらへ駆けてきた。そしてもどかしそうに言葉を紡ぎ出す。
「す、すみませんっ! ぼ、僕どうすればいいですかっ? あのっ……エイミィさん……大変で、僕……どうしていいか分からなくて……っ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! エイミィがどうかしたの?」
 いつもならどもったり口籠りながらも、自分の意見はちゃんと筋道立てて話せるコートが、慌てふためいて何を言いたいのかまるで理解できない。エイミィが大変だっていうのは分かるんだが。
「い、痛そうに……む、胸を押さえてて……呼吸も乱れてて……何か訴えてらっしゃるんですが、僕、全然分からなくて……」
 俺はファニィと顔を見合わせ、馬車の方にいるエイミィの元へと駆け出した。
 エイミィの傍にはジュラさんがいた。コートはまず姉であるジュラさんに助けを求めたのかもしれない。
 エイミィはコートが言うように、胸を押さえてゼェゼェと荒い呼吸を繰り返している。目に涙を浮かべ、ただひたすらに痛みを堪えて僅かな空気を貪っているようだった。
「エイミィ! 胸が苦しいの? 落ち着いて、ゆっくり深呼吸できる?」
 ファニィがエイミィの小さな体を支えながら、彼女の背を優しく擦る。
「姉様、エイミィさんは?」
「さっきからこの調子ですの。ファニィさんとタスクさんなら何とかしてくださいますわよね?」
 ジュラさんもこの状況がただならぬ状況だと理解しているらしい。エイミィの傍に膝を着いて、じっとファニィを見つめている。
「寒いんですか? ずっと震えてます」
 コートが素早くエイミィの異変を感じ取り、声を掛ける。エイミィはコートの方へと震える手を伸ばしてきた。
 ファニィがさっと自分の身を引き、コートをエイミィの隣に座らせる。
 コートはエイミィの手を取り、そのまま身を固くした。

「コート?」
 さっきまでの狼狽はどこへいってしまったのかという程、コートは突然妙なまでに落ち着いてしまった。そしてじっとエイミィを見つめている。ただ……その視線は虚ろで、青い瞳は作り物の硝子玉のように、苦しむエイミィの姿を映しとっているだけだ。
「コート、どうした?」
「……冷……たい……」
「冷たい?」
「手……? が、冷たい……です」
 抑揚のない声音で、コートは「冷たい」と繰り返す。
 片手をエイミィの手に添えたまま、ただ茫然とエイミィを見下ろしている。その視線はまるで……異質な無機物を見ているかのような、虚ろな視線だった。
「ちょっとコート! エイミィが寒がってんなら、あんたが抱き締めて温めてやればいいじゃない! 何ぼーっとしてんのよ!」
 ファニィが思わず怒鳴り付ける。
「だって……このかた、冷たくて、何も……無い、から……」
 コートはまるでうわ言のように、感情のこもらない声音で呟く。
「だから! エイミィはあんたのぬくもりを欲してるの! コートが好きなの! 誰よりも!」
「お前だってエイミィが好きなんだろっ? はっきり気持ちを伝えてやれ!」
「……コート、わたくし……コートが望むのなら……」
 ファニィ、俺、ジュラさんがコートに詰め寄る。ジュラさんもようやく気持ちに余裕ができたようだ。
 何を焦っているのか? 全く自分の思考が分からないんだが、俺たちはどうしても、コートの口からエイミィを好きだと言わせてやりたかった。俺もファニィも、エイミィに心底入れ込んでたんだ。エイミィが可愛くて、エイミィの想いを成就してやりたくて、そしてコートに自分に素直にならせてやりたくて、俺たちは口々にコートを追い立てた。
「コート、あんたが本当に好きなのは誰なのよ!」
 ファニィがコートの腕を掴んだ。エイミィも縋るような表情で、荒い呼吸のままコートを見つめている。
「……ぼ、くは……僕……は……」
 揺らぐコートの視線が俺から伸びる影に貼り付いた。
 ……やめろ……それ以上言うな……エイミィの前で、それ以上……ッ!
「僕、は……タスクさん、が……好き……です」
 エイミィがコートの手を強く引き、コートにしがみ付いた。だがコートはそれを拒絶するかのように、まるで同極の磁石が跳ね除けあうかのように、エイミィを突き放した。
 この行動に俺もファニィも思わず動揺し、二人して倒れたエイミィに駆け寄る。
「エイミィ、大丈夫か?」
「コート! あんたって子は!」
 俺はエイミィの体を抱きかかえ、震えるその背を擦ってやる。だが彼女背の感触に違和感を覚えた。
「背中に突起? 隆起……? エイミィ、お前背中に何入れて……?」
「……っは……」
 喋れないはずのエイミィの口から微かな音が漏れる。そして縋るような視線をコートに向けた。
「……ート……」
 細くか弱く、だが鈴を転がすような愛らしい声は、小さく儚く、だがまっすぐに、コートに向かって言葉という『翼』を羽ばたかせた。
「……は……さよ、なら。コートニス……私……ずっと……あな、たを見てた……空から、ずっと……」
 レースのたっぷり付いたワンピースの背が、強い力で引き裂かれるような音を立てて破れる。そして穢れなき純白の羽根を周囲に撒き散らした。
エイミィの背に栄える翼から抜け落ち、舞い散る羽根。エイミィのその姿はまるで本物の……。
「なっ……」
 視界を覆う純白の羽根、羽根、羽根。俺の腕の中から噴水のように吹き出す羽根は視界や周辺を白く染め、エイミィの姿を視界から消し、そして重力に従ってゆっくりと舞い落ちた。

 静寂が辺りを包み、俺たちは無数の純白の羽根の海の中にただ佇んでいた。
 エイミィの姿はない。俺はエイミィの代わりに、数枚の純白の羽根を握り締めていた。そして無数の羽根が地面を覆い隠している。
「……エイミィ……は?」
 ファニィが幻でも見ていたかのような声音で、首を左右に振って彼女の姿を求める。
「わたくし、何も見えませんでしたわ」
 長い銀髪に付着した羽根を払いながら、ジュラさんがファニィに声を掛ける。
「……エイミィ……エイミィは? エイミィはどこに行ったの?」
 ファニィが地面に山となった羽根を掻き分ける。
 俺の脳裏に、古い記憶が蘇る。俺と姉貴がまだ幼かった頃。お袋に聞かされたおとぎ話だ。
「……人間に恋した天使は天界から落ちてくるんだ。ただ一人の人間に逢いたいがために、天使である事を捨てて……落ちてくるんだ。そしてその恋が報われなかった時、天使は……恋した者の前から消える」
 俺の言葉にファニィの手が止まる。そしてコートが狼狽した目で俺を見上げてきた。
「天使……だったの?」
 誰が、とは、ファニィは言わなかったが、俺もコートも、ファニィが言わんとしているのが誰か、はっきりと分かっていた。
「……ぼ、く……」
 コートが両手で自分を抱き締めるように、二の腕をぎゅっと掴んで震えた声音を絞り出す。
 俺はわなわなと震える手の中の羽根を潰すように握り締め、この気持ちを限界まで堪えようとした。だが、俺の意思はそれを無視して弾けた。
「お……前が……お前がエイミィを殺したんだッ、コート!」
「タスク! コートを責めないで!」
 俺の叫びを打ち消すかのように、ファニィが悲鳴染みた声をあげる。だがファニィも俺と同じ気持ちだったんだろう。俺の非難の声に怯えて、とっさに縋り付こうとしてきたコートを、ファニィは力任せに振り払った。よろめいたコートはジュラさんに支えられて転倒を免れる。
「……コート。わたくし……わたくしね。エイミィさんの事、嫌いではありませんでしたの」
「……ぼ、僕、じゃ……ない……僕のせいじゃ……!」
 コートは声を詰まらせ、その場に、羽根の上に蹲る。
「コート、てめぇ……」
「ぼ、僕がタスクさんを好きなのは本当のことです!」
 コートが子供特有の甲高い声で、血を吐くように叫ぶ。
「お前を見損なったぜ!」
「タスク!」
 俺は思わず腕を振り上げ、ギリギリと奥歯を噛み締め、その腕を思い切り馬車に叩き付けた。ファニィの声が聞こえなきゃ、俺の拳はコートを殴り付けていたと思う。
 俺は舌打ちし、コートに背を向けた。すぐにファニィも俺を倣って顔を背ける。その表情は固く、必死に何かを堪えているようだった。きっと俺も同じような表情をしているだろう。
「僕、は……自分のこと、分からないんです。こんな気持ち、初めてで……エイミィさんのこと、すごく悲しくて、守ってあげたいって思ったのに……でも僕は嘘を吐きたくなくて……嘘かも分からなくて……どうしていいのか……分からなくて……全然……分からなくて……」
 今更クソガキの、保身のための見苦しい言い訳なんか聞きたくもない。
 背中に聞こえる声を無視して、俺は地面を踏みにじるように歩き出した。少しでも馬車から……コートから離れないと、また俺の体は俺の理性を無視して乱暴な行動に出てしまいそうだったからだ。
「……でも……今、分かりました」
 コートのしゃくり上げる涙声が聞こえてきた。
「僕は……エイミィさんが……好きでした……」

 もう遅いんだよ……もう、何もかもが!

 コートを弟のように可愛がっているファニィも何も言わず、唇を引き結んで、いつの間にか俺の隣を歩いていた。
 夜風は……地面に落ちた無数の純白の羽根を再び夜空に舞い上げた。健気に、儚く、美しく、夜空を白く染め、霧散した。

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