Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       4

 お茶を執務室まで運んでもらおうと事務担当の女性陣を捜したんだが、時間も遅いせいか女性陣はみんな帰宅済みだった。女子寮まで呼びに行っても、返ってお茶出しが遅くなるし迷惑だろうと思い、俺は仕方なく自分で運ぶ事にした。行ってすぐお茶出して戻ってくるだけだから、俺でもそう問題はないだろう。
 上客用のとっておきの香茶を淹れて、俺はジュラさんを食堂へ残して執務室へ向かう。そして執務室のドアをノックしたのち、返事も待たずにドアを開けた。
 話に夢中になっている元締めやファニィには、ノックなんて聞こえないという経験は過去に実証済みだったからな。
「遅くなりまして申し訳ありません。お茶をお持ちしました」
 カップを載せたトレイを片手で持ったまま室内へ入り、ソファーで向かい合わせになっている元締め率いるファニィたちと、そして依頼者の位置にいる女性の姿を見て、俺は思わず手にしていたトレイをひっくり返した。それほど意外で衝撃的な人物だったんだ。

「あ、姉貴ッ?」
「タスク! あんたなんでっ!」
 向こうも俺を見て顔色を変えて立ち上がる。
 そう。依頼者とはジーンにいるはずの俺の実の姉、そしてジーン一の賢者として名を馳せるミサオ・カキネだった。

「姉貴がなんで組合に……」
 絨毯に染みを作る香茶を気にしている余裕もなく、俺は姉貴に見つかってしまったという焦燥感と、なぜここに姉貴がいるのかという驚きで口をパクパクさせる。俺より一息早く驚きを収束させた姉貴は、ツカツカと俺に歩み寄り、魔法銀で細工された腕輪をした手を振り上げた。
「そりゃこっちのセリフや! こないなトコで、なんで賄いやっとんねん!」
 ジーン独特の方言で俺をまくし立てて、姉貴は俺に身構える隙すら与えず、その平手を俺の脳天に振り落とした。

 スパーン!

 やたら小気味いい音が執務室に響く。
「っでーっ! 何すんだよ!」
「あんた修行や言うて家飛び出して、そのまま連絡一つ寄越さんと何しさらしとんねん! 図体ばっかりでっかーなりおって、ちんたら言い訳ばっかり女々しゅうて、姉ちゃん情けないわ!」
 俺は非難を一言口にしただけで、決してちんたら言い訳した覚えはない。
「あんたの修行言うんはここでの賄いなんか? 魔法の修行はどないしてん? 一つくらいマトモに使えるようになったんかい?」
「べ、勉強はして……」
「うっさいわ! 姉ちゃんの話ちゃんと聞かんか、このデクの坊が!」
 そっちが質問した事に答えようとしたんじゃねぇかよ! 昔っからそうだ。俺が一言でも不満を口にすれば、姉貴はその五倍は言い返してくる。俺は姉貴にとって、体のいい言葉のサンドバックだ。ついでに言えば手も出てくる。
 姉貴がまた手を振り上げる。ほらやっぱりまたぶん殴ろうと……。
その背後に、ポカンとしたまま俺と姉貴を見ているファニィと元締め、そしてコートの姿が見えた。ちょっ……みんな呆気に取られてるじゃんかよ! 恥ずかしいじゃねぇか!
「姉貴待てよ! ファニィたちと話の途中じゃねぇのかよ!」
「そんなしょーもない言い訳で姉ちゃんの話逸らそうとし……」
 姉貴もふと我に返ったのか、頬に一筋の汗を滴らせて動きを止める。そしてジリジリとファニィたちの方へ向き直った。ポカンとした元締め、ファニィ、顔を真っ赤にしてファニィにしがみついているコートの姿を見て、姉貴は小さく咳払いする。そして俺の後頭部を掴んで、無理矢理俺の頭を下げさせる。
「す、すみません。まさかうちの愚弟がこちらでお世話になっているとは思いもしませんでしたので」
「猫かぶるなよ、姉貴!」
「黙らんか! アホ!」
 姉貴がぴしゃりと言い放つ。
「お、お話しの途中でしたわね」
「いえ……一応、依頼は受理しましたって事で終わってますけど……」
「オホホ……そ、そうでしたわね。で、では私は一旦これでお暇させていただきますわね。明日、改めてお伺いいたします。タスク、ちょっとこっち来ぃ」
「な、ちょ……離せって!」
 俺は姉貴に耳を引っ張られたまま廊下へ連れ出された。
 姉貴は普段、賢者として振る舞っている時の、高貴で清廉潔白然とした姿から想像できない程、弟なぶり、いや、俺いじめが凄まじい。本人はただじゃれてるつもりだとほざくから、余計に始末が悪い。
元々気性の荒い性格なんだよ、姉貴は。そして俺は自分への被害を最小限に留めるべく絶対服従。少々情けないが、これが一番簡潔で平和的解決法だ。

 廊下へ出た俺と姉貴は、向かい合って立った。両腕を組んで仁王立ちになった姉貴が……怖い。
「で、あんたはなんでこんなトコで賄いやってんねん?」
「食堂の料理人はただのバイトで、俺は組合に正式登録された冒険者だよ。依頼を誰かと一緒にこなさせてもらいながら、ちゃんと魔法の修行もやってる」
「なんやその気色悪い喋りは。やたら標準語かぶれよってからに」
「俺はもうこっちの話し方の方が普通なんだよ。だいたいジーンの方言じゃ、会話が通じない事もあるだろうが」
 姉貴は目を細めて俺を見上げてくる。背丈は俺の方がでかいんだが、姉貴の威圧感は半端じゃない。魔力も技術も超一流の魔法使いと劣等生、賢者と出来損ないの魔法使い、そして……魔法に関する知識豊富さと女王のご意見番という身分でカキネ家の名をジーン中に知らしめた姉貴と……忌まわしき魔術師としてジーン中に知れ渡る俺の悪名。
 姉貴と俺とは、何もかもが違い過ぎる。俺が姉貴の前で萎縮するのは当然だ。
「……まぁ……偶然は偶然でも」
 姉貴が照れ臭そうに結った髪を掻き上げた。
「行方知れずのあんたが見つかって、ウチちょっとホッとしたわ」
「……俺こそ悪い……黙って家、出て来て……」
 「魔法の修行をして、立派な魔法使いになって戻ってくる」と、そう書き残して俺は五年前、実家と故郷のジーンを逃げるようにして出てきた。それからずっと、オウカのあちこちの町を転々としてきたんだ。
「修行ははかどってるんか?」
「ち、知識だけ……かな。どうしても炎以外の魔法の構築式は、いくら頭に叩き込んでも、いざ実際に構成しようとしても、上手く具現化しないんだ。でかい口叩いて家出てきたのに……その……」
「まぁ、しゃあないんちゃう? あんた不器用やし」
 ジーンにいた頃の姉貴なら、こんな会話を交わしたら散々俺を馬鹿にしてきたもんだ。だけど今の姉貴は、俺の言葉を聞いても手を上げようとしてこない。
「姉貴、なんか丸くなったな」
「なんや、寂しいんか? ほな昔と同じようにビシビシ言うたってもええねんで」
「いや、遠慮しとく」
 姉貴がすっと俺の方に手を差し出してきたので、俺は思わず体を強張らせて身構えた。姉貴の細い指が俺の右頬を撫でる。
「……魔術は、まだ制御できてるんか?」
「あ? ああ。今のところは」
「そうか……」
 姉貴の視線がなんか優しい。姉貴ってこんなだっけ?
「依頼の事でまだ話あるさかい、明日も組合に来るわ。あんたとも、もうちょっと話したいしな。ほな、今日は帰るわ。町で宿とってんねん」
「そ、そうか。じゃあ……」
 姉貴は純粋に俺との再会を懐かしんでいるような、そんな笑みを残して組合を去った。

 俺はぶちまけてしまったカップとトレイを拾いに、執務室へ戻った。執務室では、元締めとファニィがすでに依頼書の作成を始めている。コートは一人でソファーに座ったまま、慄くような目で俺をチラ見していた。
「やはり君の姉君だったか。最初の手紙のサインを見た時にもしやとは思ったのだが」
 元締めが俺に声を掛けてくる。
「あ、はい。すみません。まさか姉貴が組合に依頼を持ってくるなんて思ってなくて。ジーンは元々あまり国交が盛んでない国なんで、余計にここへ依頼を持ち込むなんて思ってもいなくて……」
「久しぶりの姉弟の対面だったようだね。君は……ぷっ……家出中だし」
 元締めが肩を震わせて笑い出した。確か面接の時にも笑われたよな、俺。
「姉貴の依頼って何なんですか? ……って、下っ端の俺が聞いたらマズイですよね」
「守秘義務があるからね。まぁ君は依頼者の身内だし、いいだろう。タイガーパールという宝石が盗難に遭ったらしく、その探索依頼を組合で受けたんだ」
「ははぁ、あれですか。姉貴も親父たちも随分油断してたんだな」
 タイガーパールはジーンにいた時、俺も何度か見た事がある。女王から賜った有り難い宝石だが、それの魔力媒体としての力は俺では到底持て余す物だったので、そう何度も目にした訳じゃない。
 魔器での魔力底上げにも適さないって、俺、どんだけ出来損ないなんだよ。マジで凹むぜ。
「他言無用で頼むよ」
「はい」
 俺は割れたカップをトレイに載せ、すっかり絨毯に染み込んでしまったお茶はそのままにすることにした。色の濃いお茶じゃなかったし、完全に乾けば染みはさほど目立たなくなるだろう。
「では俺はこれで」
 最後にチラリとコートを一瞥すると、コートはソファーの背に隠れるように身を屈めて視線を逸らした。どうやら部屋からは出てこられるほどには、こいつも回復したらしい。俺としてはまだ複雑だけど。

 食堂に戻ると、ジュラさんの姿は消えていた。一人で待つのが苦手な人だし、寮に戻ったんだろう。ここのところ、コートに構ってもらえないせいか、一人で帰る事を覚えたようだったし。
 俺は厨房の掃除をしてから寮の部屋に戻り、ベッドにごろりと横になった。
 今日は疲れた。コートの事でモヤモヤするし、姉貴はオウカに来ちまうし。
「おーい、タスクー」
 突然ファニィの声とノックが聞こえた。俺は慌てて体を起こす。
 何度も言うが、男子寮は女人禁制だ。ドアを開けると、案の定ファニィがいた。
「ファニィ。お前は聞かないと思うが一応言っておく。ここ、男子寮だぞ?」
「うん、知ってる。でもあたし、補佐官だから」
 やっぱり言っても意味がなかった。
「お姉さん、綺麗な人なのにタスクにはすっごい剣幕で喋るのねー」
 そう言いながら、ファニィは微塵の遠慮もなく、ズカズカと室内に入り込んできて、狭い室内に備え付けのベッドの端にどっかと座り込む。夜中に男の部屋に平然と入ってくる態度も、男のベッドに躊躇なしに腰を下ろす行動も、こいつにとっちゃ俺は男扱いされてないって事なんだろうか。
「お姉さんが喋ってたの、ジーンの方言?」
「ああ。ちょっと癖が強い語調だから、お前、何言ってたのか分からなかったろ? 年寄り連中になると、もっと何言ってるか分からなくなるぞ」
 閉鎖的なお国柄のジーンだからこその、独自の発展をした言語になるからな。オウカ標準語圏で育った者には、ジーンの方言は、ある種の暗号や隠語として認識されてもおかしくはない。
「半分くらいはなんとなく雰囲気で理解できたけどね。へー……でもあたしや元締めと話す時はオウカ標準語使ってたけど、あんたと話す時は方言になるのね」
「お前たちにだけじゃない。姉貴は賢者として振る舞ってる時は、いつだって猫かぶって、知的で清楚なフリしてんだよ」
 頭がいいのは本当だが、まさか本来の性格があんなキワモノだとは、ジーンの女王ですら気付いてないだろう。
「あんたもあの言葉、話せるの?」
「まぁ、そりゃ……俺もジーン生まれのジーン育ちだし」
 俺はポリポリと頭を掻いた。
「だけど俺は使わない」
「なんで?」
 額を押さえ、俺は長い溜息を吐いた。
「俺はちゃんとした魔法使いになるまでジーンには戻らない。戻らないと誓った。だからジーンの言葉は使わない。それにもうこっちの言葉の方が慣れてる」
 ファニィは膝の上に肘を付き、そして組んだ両手の上に顎を乗せる。
「あんたにはあんたの事情があるのね」
「まぁな。俺は魔法使いにならなきゃいけない。それがジーンのカキネ家に生まれた者としての使命だからな」
 女王に仕える魔法使いやご意見番を多数輩出してきたカキネ家。両親や姉貴は当然ながらジーンに名を馳せる魔法使いだ。だが俺だけが……俺だけが、カキネ家の名を貶めている。俺は何が何でもそれを挽回しなくちゃいけないんだ。
「カキネ家って、名家なの?」
「系統は違うが、ラシナのグランフォートみたいなもんだ。ジーンの女王に仕える魔法使いを過去に多く輩出した家柄ってだけでも凄いんだぜ。それに加えて、両親は高名な魔法学士で、祖母は伝説の魔女とまで謳われた超一流の魔法使い、そして姉貴はジーン随一とも称される賢者。そんな身内の中で、俺だけが炎の低級魔法しか使えない出来損ないで、そして……魔術師なんだ。分かるだろ、俺の肩身の狭さが」
「うん……『魔術師がダメ』っていうのはよく分かんないけど、でも魔法に関しては、タスクの努力がまだまだ足りないんじゃないの?」
「馬鹿言え! 努力で補える部分は人一倍やってきたさ。だけど俺の場合はどうしても炎系以外の魔法は駄目なんだよ。行使できないんだ」
 俺はショールの留め金を外す。
「彫り込むだけで力を発する強力な魔法紋章だって彫り込んださ。幾つも、幾つもな。ほら」
 俺は上着を脱ぎ、ファニィに背を向けた。

 俺の背には、水、風、土に関する古代魔法紋章が複数彫り込まれている。背中だけじゃない、ほぼ体中にだ。ファニィに言ったように、中には刺青として体に彫り込むだけで巨大な魔力を発揮する紋章もある。だが……俺にそれらの魔法は全く行使できなかった。魔法の構築式も構成原理も全て覚えて理解してるのに。
 古代魔法紋章を刺青として彫り込む時、麻酔は使わない。痛みによって、潜在的な魔力を呼び覚ます効果もあると言われているからだ。
 俺はこの体中の全ての刺青を彫る痛みを耐えた。俺だって必死だったから。だが……駄目だったんだ。全て、無駄になった。無駄な努力にしかならなかった。
「魔法使いであるという事は俺の目標であり、誇りだ。だけど同時に俺の精神を圧迫する重責でもある。そして「あいつは魔術師だ」という言葉は、俺という魔法使いの存在を否定されたようにも聞こえる。ジーンに戻れば俺はカキネ家の長男として家名を継ぐか、姉貴の補佐をしなければならない。だけど俺はそれが……耐えられない。両親や姉貴が認めてくれても、己の未熟さが……情けないから……ジーンの民の目が、魔術師を許していないから……」
「ふーん、大変なんだ」
 他人事のように言うファニィ。ああ、お前にとっちゃ他人事だよな。
 俺の苦労や心の重荷は他人に理解してもらえないというのは分かってた。だけど魔物との混血であるという宿命を負ったファニィなら、と思ってたんだがな。俺がファニィの心情を完全に理解できないのと同じか……。
「ヒースと同じだね。あいつもあれでいて、結構影で努力してたんだよ」
「俺をあんなクソ野郎と一緒にすんな」
「酷ぉい。人の彼氏を悪く言わないでくれる? ま、能無しは事実なんだけど」
 ファニィの書面上のクソ兄貴と同類視された事に憤慨し、俺は振り返ってファニィを睨む。
「でも家出先が見つかったんじゃ、あんた、無理矢理にでも連れ戻されるんじゃないの? ジーンの民に認められなくても、親御さんは連れ戻そうとするんじゃないかな?」
「……いや、それは……大丈夫だと思う」
 さっき姉貴と話した時、姉貴は俺を無理に連れ戻したいというような事は言ってなかった。第一、姉貴が本気で俺を連れ戻したいなら、風の転移魔法で俺を問答無用でジーンに強制転移させてたはずだ。「明日も来る」なんて言い方したんだから、俺を無理にジーンに帰そうなんて気持ちはないんだろう。
「そっか。じゃあ好きなだけここにいればいいんじゃないの? 組合はあんたの炎の魔法使いって能力を買って加入させたんだし、特に問題起こしてる訳でもないしね。あ、初っ端からあたしと大喧嘩して食堂の壁焦がしたっけ」
「あ、あれはお前も悪かったんだぞ!」
 俺は焦ってファニィを指摘する。こいつは自分の口の悪さを自覚してないんだろうか? 俺だけが悪者にされてたまるか!
「ま、問題起こさない程度に、好きなだけ組合にいれば? 他に働き口、見つけてないんでしょ」
「……そ、そりゃずっと居ていいって言ってくれるなら、俺も助かるが……」
「組合はカキネ家って家名を買った訳じゃないよ。『魔法使い』っていう能力を買ったの」
 ファニィはそう言ってにこりと笑った。
 ファニィは……多分だが、俺が凹んでるか悩んでると思って気を使って話をしに来てくれたんだろう。事実ファニィと話して、俺の陰鬱な気分は随分まぎれた。
 大雑把なようで、実は細かい部分まで神経を使ってくれる。誰かが困っていたら、率先して相談役に回る。そんな気遣いを見た目には微塵も感じさせない。ファニィがファニィらしい、彼女の一番魅力的な部分だ。
 俺……やっぱりこいつが好きだ。
前述したような気遣いはもちろん好意を抱くには充分だし、それなりに可愛い面をしてると思う。口と性格の悪さは辟易するが、俺はそういう気の強さも嫌いではない。

 俺は感情の昂ぶりを抑えきれず無言のまま、ファニィを引き寄せて抱き締めていた。ファニィは黙ったまま、じっと俺に抱かれている。
 さっき刺青を見せるために上着を脱いだせいで、剥き出しの肩にファニィの息がかかる。俺の腕の中のこいつは、俺が思っていた以上に華奢だった。ジュラさんと比較しちゃ可哀想だが、凹凸が無いと言うより、全体的にスレンダーなんだな。初めて、知った。
 じっとファニィを抱き締めていて、ファニィが身じろぎ一つしない事に、なぜか少し不安になった。
「……抵抗しないのか?」
「抵抗してほしい?」
 俺の腕の中から、ファニィが顔を上げる。赤い瞳に、俺の顔が映る。
「ヒースは嫉妬深いよ。コートだって怒らせると怖いって知ってるでしょ」
「だ……だったら……!」
 俺はファニィを突き放す。
「だったら夜中に男の部屋に一人でのこのこ入ってくるな!」
 俺はそれだけ叫び、ファニィに背を向けて上着を羽織った。このクソアマ、俺がこいつに対して、友好以上の好意を抱いてると知ってて、当然のようにからかってきやがる。扱いにくいったらありゃしねぇ。
 俺の肌が褐色でなければ、顔が火照るくらい全身が気恥ずかしさで真っ赤になっている事に気付かれただろう。滲み出す脂汗が気持ち悪い。動悸が治まらない。
「お姉さんに見つかってガツンと言われて、しょげてるんじゃないかって思って来てあげたのに、全然元気なんだもん。心配して損しちゃった」
 恩着せがましい言い方をしているが、やっぱりファニィは俺を気遣って来てくれたのか。
「でもさ、あんただけだね」
 ファニィがつま先をトントンと床に打ち付ける。俺が横目でファニィを見ると、ファニィはおどけて両手を広げて見せた。
「あたしが魔物との混血だって分かってて、そんだけ好意的な目で見てくれるのは、組合じゃ元締めとジュラとコートだけだよ。ヒースだって……あたしの事、ちょっとだけ怖がってるもん」
 ファニィは少し寂しそうに目を伏せる。
「血……血は関係ないだろ。その……お、俺のお前に対する気持ちは。今あるお前がどうかって、ただそれだけなんだからよ」
「じゃ、タスクも同じじゃない?」
 ファニィが回り込んできて、俺をぐいと見上げてくる。俺はたじろぎ、顔を背けて横目で奴を見た。
「あたしは詳しくないから見当違いな事言ってるのかもしれないけど、タスクはタスクである事が重要なんであって、魔術師がどうっていうのは関係ないじゃない。組合だって魔法使いとしてあんたを迎え入れた訳だし、魔術師だからって自分で自分を除け者にしても、魔法だの魔術だのって概念の薄いここでは意味ないんじゃないの?」
 俺はファニィから視線を逸らした。視線を合わせられなかったんだ。
 口は悪いは自分の都合ばかり押し付けるわで、傍迷惑な問題大ありの補佐官だが、ファニィは立派過ぎるほど立派な補佐官でもある。組合員の気持ちをちゃんと汲み取り、そして明瞭で確実なケアができる。コートの事にしても、俺の事にしても、ファニィがしてくれる心のケアは優しく温かい。
 よくよく考えれば、ファニィは今日、朝から補佐官として多忙を極め、飯すら満足に食っている暇がなかったほど、忙しかったんだ。疲れていて当然なのに、俺へのケアのためにこうしてやってきてくれた。
「……ファニィ」
「ん? どしたの?」
「……ああ、うん……その……サンキュ」
「うん」
 ファニィはポンと俺の肩を叩いた。
「明日からまた美味しいご飯ね。それでチャラって事で」
「ああ。そういう事なら任せとけ」
「じゃあ、あたし戻るから」
 部屋を出て行くファニィを、俺は見送れなかった。今またファニィを見てしまったら、きっと俺はファニィを呼び止めて、そして情けない姿の俺をさらけ出してしまいそうだったから。
 ファニィ、マジで……ありがとな。

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