Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       5

 姉様は、今日はファニィさんと体術のトレーニングです。その間、僕は一人で組合の図書室にいました。
 エイミィさんの事でとても落ち込んだ事もありましたけど、でも今は少し元気が戻ってきました。か細い光明の光が見えたからです。
 でもまだ、タスクさんとお話しはできません。まだちょっとだけ……怖いんです。もしかしたらまた怒られるかもしれないと、どうしても萎縮してしまうのです。
 エイミィさんが消えてしまったのは僕が原因です。だから僕の力でどうにかしたいのですが、僕だけではどうする事もできない方法なんです。

 タスクさんの姉様であるミサオさんが組合にお仕事を依頼して、今日で四日目です。しばらくオウカに滞在されるという事なので、その間にファニィさんも、捜索依頼対象であるタイガーパールという宝石について、ミサオさんからいろいろお話を聞くそうです。
 僕はタスクさんにお借りしている魔法書と、組合の図書室で埃を被っていた魔法の入門書を使って、独学で魔法について勉強しているところです。タスクさんやミサオさんのように魔法を使う事はできませんが、知識として魔法というものを勉強しておくのも大事だと思ったんです。

 僕が魔法にこれほど強く興味を持ったのは、エイミィさんの事がきっかけです。まだ完全に理解するまでには至っていませんが、ネクロマンシーという魔法が、亡くなってしまったかたを蘇らせるらしいと分かったことは大きな進展でした。
 ネクロマンシーを使ってエイミィさんを蘇らせることができたら……僕は今度こそ、ちゃんとエイミィさんに伝えようと思っています。
 僕もエイミィさんが好きなんです、と。

 このことに気付いたのは、エイミィさんを僕の言葉をきっかけとして失ってしまってからでした。一人の女性を好きになるということがよく理解できていなかったんです。タスクさんを好きな気持ちや、姉様やファニィさんを好きな気持ちとは違うものだって、失ってから初めて気付いたんです。
 僕が好きになることができるのは男性だけだと思っていました。事実、僕はエイミィさんを一人の女性として好きだと気付いた今でもタスクさんが好きで、どきどきして向かい合ってお話しすることができません。
 僕はまだ子供で、ちゃんとした男女の恋愛というものはできないですから、気持ちを伝えることができればそれでいいんです。きっとエイミィさんもそれを望んで、僕に逢うために天界からいらしてくださったんだと思います。
 何度も読み返した魔法書をもう一度読み返し、そしてネクロマンシーの文字を指先でなぞります。そして対して役に立たなかった図書室の入門書を棚に戻し、僕は考え込みました。
 やはりいくら知識を吸収しても、それが使えなければ意味がありません。この魔法を使って……僕は早く、エイミィさんにもう一度逢いたい。
 僕は一つのことを決心して、魔法書を抱え、図書室を出ました。
 タスクさんとお話しするのはまだ怖いですけれど、ミサオさんなら多分お話しできます。ミサオさんは賢者様ですから、僕なんかよりずっと知識も経験も豊富だし、そして人格者でいらっしゃると思うんです。
 今は確か……ミサオさんは組合にいらっしゃっていたはずです。オウカにいる間、組合の大会議室などを使って、何度か魔法や各国についての講義をしてくださる予定だったはずですから。

 僕はミサオさんが休憩に使われている小部屋のドアをノックしました。すぐにドアが開いて、ミサオさんが出てきてくださいました。
「あら、コートニス君」
「こ、こんにちは。あの……ご、ご相談したいことがあって……」
 僕がぺこりと頭を下げると、ミサオさんが優しく微笑まれて僕を室内へ通してくださいました。
「相談って、私でいいの?」
「は、はい。あのっ……ま、魔法の事なので、ミサオさんにしか……お、お願いできなくて……」
「うふふ。確かにタスクじゃ少し役者不足かもしれないわね」
 ミサオさんは僕に椅子を勧めてくださり、そしてご自身ももう一つの椅子に腰を下ろされました。
「あ、あの……ある魔法が使いたいんですけど……その……」
「まぁ、コートニス君も魔法使いになりたいの? ジーンに来てくれたら歓迎するわ。私の知ってるとてもいい先生も紹介してあげられるわよ」
「いっ、いえ、そうじゃなくて……その……魔法をすぐに使いたいんですけれど、でも……使えないのは分かっています。古代魔法紋章……持ってないですし……」
「あら、随分お勉強したのね。確かに紋章の刺青を彫らないと魔法は使えないわ。それに練習だって必要ね」
 僕はコクコクと頷き、そして持ってきた魔法書をミサオさんに見せました。
「こ、この本の中のある魔法を……ぼ、僕の代わりに……使っていただけないでしょうか?」
「え? 私に?」
 ミサオさんが驚いたように僕を見ました。僕はその視線で少し萎縮してしまいましたけど、でもここで引いてはいけないんです。エイミィさんのために。
「す、すみませんっ! とてもあつかましいお願いだとは存じてます。でも……でもどうしても、僕には魔法使いになって修行している時間はないんです!」
「何か事情がありそうね」
 僕は魔法書のページを繰り、そしてネクロマンシーの乗っているページを広げて見せました。するとミサオさんの表情が強張りました。僕があまりにもあつかましいお願いをしてしまったので、ご立腹されたのでしょうか。
「あの……お怒りはごもっともですが、お話を聞いてください。ぼ、僕にとって、とても大切な人なんです。そのかたを……このネクロマンシーという魔法で蘇らせていただきたいんです。僕にはゆっくり魔法の修行をして、この魔法が使えるまで待つことができなくて……」
 ミサオさんは僕の手から魔法書を乱暴にひったくりました。そしてネクロマンシーの魔法のことが書かれた部分を読んでいらっしゃいます。
「……コートニス君。これ、組合の本なんか?」
「い、いえ……あの……タスクさん、に……お借りした……ものです……」
 僕が答えると、ミサオさんは魔法書のページを急いで繰り、最後のページにあったタスクさんのサインを見つけてギリッと奥歯を噛み締めました。
「あンのドアホ……子供になんちゅうモン、貸しとんねん……」
 魔法書をパタンと閉じ、ミサオさんは立ち上がって僕の前に膝を折りました。そして僕の両肩に手を置きます。
「よう聞きな。ネクロマンシー言うのは魔法やない。魔術なんや」
「魔術……素質がないと使えないという……難しいほうの魔法ことですよね?」
「魔法と魔術の違いはおぼろげに分かってんのやね」
 そこまで言い、ミサオさんはジーンの方言に戻ってしまっていることに気付いて、小さく咳払いされました。
「魔術は魔術でも、禁断の暗黒魔術と分類されるのよ、このネクロマンシーは。なぜ禁断なのか。それは人の生と死を歪める、あってはならない魔術だからなの」
「……で、でも……一度きりです。たった一度だけでいいんです。あのかたを蘇らせられるのなら、僕はどうなっても……」
 僕が涙声で訴えると、ミサオさんは声を低くして、けれどはっきりとした声で言葉を紡ぎ出しました。
「ネクロマンシーは死者を生き返らせる魔術じゃないの。死体に仮初の命を与えて傀儡として操る魔術。死者に安らかな眠りを与えず、操り人形として使役させるだけで、死者が蘇る訳じゃないの」

 僕の僅かな希望、ただ一筋見出していた光明の光は……断たれました。
 僕はエイミィさんを傀儡としたかった訳じゃない。僕の人形にしたかった訳じゃない。ただもう一度逢って、好きだと伝えたかっただけで……エイミィさんの死を……冒涜したかった訳じゃないんです。
 僕の頬を涙が伝いました。
「……でも……蘇生って……書いています……」
 勘違いだったと否定してほしくて、僕は弱気な反論を口にしました。
「表記の便宜上ね。暗黒魔術のネクロマンシーを使って死者をこの世に呼び戻したとしても、生きていた頃の記憶も知性ももう無いのよ。術を使った者を主として、その体が腐って壊れるまで淡々と主の命令を聞くだけの、自然の摂理を覆す存在となるだけなの。ええと……魔物の種類に、マミーやゾンビっていうのがいるでしょ? あれと似たような、知識を持たない死体人形のような者になってしまうの」
 僕は俯いて唇を噛み締めます。
「誰を失ったのかは聞かないけれど、でもその人もこちらの都合で無理に生き返る事を望んではいないんじゃないかしら?」
「……くが……僕が……殺した……んです……」
 あの時タスクさんに言われた言葉が、声が、僕の頭の中に蘇ります。「お前がエイミィを殺したんだ!」って。
 不思議と涙が止まりました。だけど体が小刻みに震えて、僕の心臓が痛いくらいにバクバクと脈打つのがはっきり分かります。
「坊やみたいな子供……が? 人を殺すって、どういう意味か分かっているの?」
「わ、分かって……ます……で、でも消えてしまうなんて……天使だなんて……」
「天使?」
 ミサオさんが眉を顰めたその時です。ドアがノックされてミサオさんの返事も待たずに開きました。そこに立っていたのはタスクさんです。
「姉貴。俺だってそう暇じゃないんだから、急に呼び出されても困るんだけど」
 そう言いながら入室され、そして室内に僕がいるのを見つけて目を丸くされました。
「なんでコートが姉貴の部屋に?」
 ミサオさんはテーブルの上の魔法書を掴み、大股でタスクさんに歩み寄りました。そして勢いをつけ、その魔法書でタスクさんの横っ面を張り倒したんです。タスクさんは不意の一撃によろめき、壁に寄りかかります。
「い、いきなり何なんだよ!」
「このドアホ! 事の善し悪しも分からん子供に、とんでもないモン貸すんちゃうわ!」
 ミサオさんは持っていた魔法書をタスクさんに叩き付けます。
「魔法のマの字も知らん子に、こんな高等学書なんか見して、何考えさらしとんねん! アホが!」
「あっ、俺の魔法書!」
 タスクさんは僕に貸してくださっていた魔法書を見てから僕を見ました。
「姉貴は知らないだろうけど、コートは組合きっての天才児なんだぜ。入門書程度の本じゃ納得しないと思って、これを貸したんだよ」
「関係あらへん! この子なぁ、よりにもよって、ネクロマンシーに手ェ出そうとしとってんで!」
 床を踏み鳴らし、ミサオさんはなおもタスクさんに詰め寄ります。ネクロマンシーという言葉を聞いた瞬間、タスクさんも顔色を変えて息を飲みました。
「なっ! そんな所まで理解してたのか、コート! でもなんでそんな……ッ!」
 タスクさんは額を片手で抑え、小さく首を振ります。
「……エイミィか……?」
 僕は膝の上で強く両手を握り、一度だけ頷いて唇をぎゅっと噛み締めました。
「馬鹿野郎。ネクロマンシーでエイミィを蘇らせたって、術者の傀儡になるだけだ。それに所詮は死体、すぐに腐って手に負えなくなる」
「傀儡の事はウチが説明したった。コートニス君はそれを魔法や思て、ウチに代わりに使こてくれ言うてきてんで。もしウチが魔術使えたら……まぁ行使はせんけど、でももしウチが訳も分からんとコートニス君の言うとおりに魔術使てたら、どないなってたと思うねん?」
「お、俺だってまさかコートが、魔術の領域まで理解するとは思っちゃいなかったんだよ」
 僕はまたタスクさんのお怒りを買ってしまったのですね。
 僕がネクロマンシーなんて見つけなければ、ミサオさんに無茶なお願いをすることもありませんでした。僕が魔法に興味をもたなければ、タスクさんとミサオさんを言い争わせるようなことにはなりませんでした。そして未遂とはいえ、エイミィさんを侮辱するようなことにはならなかったんです。
「……ごめん……なさい……ごめんなさい……僕が……浅はかでした……」
 ポタポタと僕の目から零れた涙が膝の上に落ちます。僕には謝ることしかできませんでした。
「コートニス君は謝らんでもええのんよ。タスクのアホが不注意なモン貸したんが悪いんや」
「コート。エイミィの事は忘れろ。過ぎた事だ」
 僕は驚いてタスクさんを見上げました。タスクさん、酷いです。僕の罪は消えないのに、エイミィさんを忘れろなんて……。
「エイミィの存在した、一緒に過ごした時間を大事にしてやれって意味だ。今はもう消えたエイミィの事をどんなに振り返っても、エイミィは戻ってこない」
 タスクさんの言葉がまた僕の心に突き刺さりました。
 エイミィさんは……もう、戻ってこない……。
「タスク。さっきコートニス君、天使がどうとか言うたんやけど?」
「ああ。コートが蘇らせたいって思ってる女の子は、天界から落ちてきた天使だったんだ。ほら、姉貴もガキん時に聞いたおとぎ話があるだろ。人間に恋をした天使は天界から落ちてくるっていう。エイミィはどうやら本物の天使で、それでコートへの想いが遂げられなくて、羽根になって消えちまったんだ」
「そうなんか……天使……なおさらネクロマンシーとは相性悪いやん」
 ミサオさんが僕の傍へ寄ってきて、そして結った髪を押さえながら僕に優しく教えてくれました。
「コートニス君。ネクロマンシーは人間に対して使うにも厄介で難しい暗黒魔術なの。暗黒魔術と対を成す純白魔術のエキスパートである天使には、多分凄い実力の魔術師が使ったとしても効かなかったと思うわ」
「俺は暗黒魔術を使える魔術師だが、ネクロマンシーなんて高等魔術は使えない。姉貴だって賢者としても魔法使いとしても一流だが、魔術師でないからネクロマンシーは使えないんだ」
 ミサオさんとタスクさんの言葉を聞き、僕は黙ったまま頷きました。本当にもう……諦めるしかないんですね。
「……タスクやったら……」
 ミサオさんが苦々しく口を開きます。
「……タスクやったら……ネクロマンシー、多分……使えると思うわ」
「は? 俺じゃ、そこまでの高等魔術は……」
「それは魔術の力を抑えてるからや。封印外れたら……多分あんたはウチでも敵わん魔術師になる」
 封印? 魔術の力を抑える? 僕は何のことかわからず、ミサオさんを見上げました。
「タスク。あんたを呼んだんは、魔術の事で言わなあかん事があったからや」
「俺の魔術がどうしたんだよ」
「コートニス君。君はお利口だし、ここにいるついでに聞いてほしいの。そして私の頼みを聞いてくれないかしら?」
「僕……魔法のことなんて、何も……お手伝い、できません……けど……」
「タスクの封印が外れて、体の中に封じられた炎の魔神が憑依してタスクが自我を失ってしまいそうになったら、コートニス君が止めてやってほしいの。君のその純白魔術で」
 魔神? 僕の純白魔術って……?
 僕は意味が分からず、そしてタスクさんもミサオさんの言葉が分からなかったようで、きょとんとしてミサオさんを見つめていらっしゃいました。

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