Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       3

 盗品をオークション形式で売買する取引会場へ、俺とジュラさんはファニィの手引きした密偵のお陰で難なく潜入する事ができた。
 ファニィの息の掛かった密偵は目印に赤いバンダナを付けているんだが、昼間この闇市場へ来た時に見張りとしていた一人と、会場の受付にいた一人。この二人しかいないようだな。
少ないと感じたが、まぁ当然か。そんなに多数の密偵を忍び込ませられるなら、とっくにこの闇市場ごと組合が潰しているはずだ。最小限の人数で情報を流すには、この要所に配置された二名がちょうどいいのかもしれない。
 ジュラさんの要望で早めの晩飯を食った後、俺は頬の入れ墨をパウダーで塗って薄く隠してから、顔を隠すためにジュラさんと共に、頭から薄手の布をすっぽり被った。コスタ地方の一部で着用されている民族衣装なんだが、俺とジュラさんの正体というか国籍は、多少はごまかせる……かなぁ……?
ジーン生まれの俺の褐色の肌と、ラシナ生まれのジュラさんのナイフのように尖った長い耳は嫌でも目立つから。
 やれやれ。ファニィは消去法で俺とジュラさんが適任だと言ったが、俺たちの容姿は明らかに潜入捜査向きじゃないぜ。今更ながら痛感した。
 それでも何とか極力目立たないように、特にジュラさんには口を酸っぱくする程『余計な事は喋らない・余計な事をしない』という約束事を言い聞かせて、さすがにおおらかのほほんなジュラさんにも多少ウザったられながらも、とにかく理解納得させて、俺はオークション会場の角の席に二人で座った。
 オークションはすでに始まっており、俺は壇上で次々出品落札されていく盗品をしっかりと目で追った。

 しばらくして、小さな宝石が壇上に上がった。俺もガキの頃に見た事があるから間違いない。タイガーパールだ。ファニィが掴んだ情報通り、やっぱり闇市場に流れてきてたのか。
 金なんて持ってきてる訳じゃないし、ここへ潜入するために持ってきた宝石箱の中身はイミテーションだ。それに実物の行方を調査してこいとだけ言われているので、俺はタイガーパールを落札したりはしない。ただ誰が落札するのか見届けて、ファニィに報告するだけだ。
 タイガーパールの真の価値を知ってか知らずかは分からないが、値段はどんどん吊り上がっていく。そして一人の男に落札された。
「……ジュラさん、しばらくここにじっとしててください。すぐ戻ります」
「まぁ。わたくしはタスクさんのお傍を離れてはいけないと仰ったではありませんの?」
 あれだけ口を酸っぱくして言い聞かせた甲斐あってか、ジュラさんが自分の行動を再確認してくる。
「五分で戻りますから、じっとしててください」
「……よく分かりませんけれど、お留守番をしていればよろしいですのね?」
 ジュラさんは不思議そうに小首を傾げてじっとその場に座っている。俺はそれを見届けてから、急いで会場の外へ出た。

 ちょうど会場奥の廊下でタイガーパールを落札した男が受け取りの為に、会場の更に奥にある部屋へ向かっているところだった。俺はその男に少し遠目から声をかける。
「旦那。いい買い物をしたね」
「誰だ、お前?」
 どういった風に自分を作ろうかを瞬時に考え、少し軽めの男を演じる事にした。
「何か良いモノがないか見たくて、興味本位で参加させてもらってね。今日の目玉は結局旦那の落札した宝石じゃないかと思ってさ」
 男は四十を少し越えた位の浅黒い肌の男。ジーンの民ほどじゃないが、あの肌の黒さはジーンにかなり近い所に住んでいる証拠だ。
「もし良ければ旦那とお近付きになりたいと思ってね。俺はまだ若造なんで、金で好きなモノを自由に買えるほどじゃないから、旦那のコレクションなんかを見せてもらえたらな、なんて」
 訝しげに俺を見ていた男だが、フッと嘲笑を口元に浮かべる。
「なんで見ず知らずの若造なんかに私のコレクションを見せなければいけないんだ。お前が実力で私の所まで這い上がって来れば、少々考えてやってもいい」
 男はかなり居丈高に吼え、俺を見下す。そうそう。俺を過小評価するくらいでちょうどいい。こいつの目利きの無さは俺にとっては好都合だ。
「そりゃ残念だ。じゃああんたを目指したいから、名前くらい教えてはもらえないかな」
「まぁ名前くらいならな。ペイドだ。ペイド・ミラー」
「ペイドの旦那ね。俺はニック。いつかあんたに肩を並べられるような金を手に入れてみせるよ。じゃあな」
 俺は偽名を名乗ってさっと身を翻した。
 上手く名前を聞き出せた。ジーン近くに住んでいるだろうという事と、ペイド・ミラーという名前さえあれば、ファニィ個人や組合の情報網で詳細を詮索できる。首尾は上々だ。

 俺は急いでジュラさんを迎えに行くべく会場へ取って返し、そしてジュラさんが複数の男たちに囲まれている事に仰天した。
 まさか素性がバレたのか? あれほど余計な事をせずにおとなしくしてるように言いつけておいたのに!
 だが俺の予想はハズレ。
 男たちはジュラさんの抜群のプロポーションと、顔を薄布で隠していても分かる美貌にコロッとやられて、オークションの中休みを利用して、ジュラさん相手に下手なナンパを仕掛けていたらしい。さっきまでは俺が傍にいたので、ジュラさんに変な虫が寄って来なかっただけみたいだ。
「ジュラさん」
「まぁ、やっとお戻りですのね」
 ジュラさんがにこりと微笑む。そしてゆっくりと椅子から立ち上がり、周囲の男たちに優雅に一礼した。
「わたくしの待ち人が戻って参りましたので失礼しますわね。ごきげんよう」
 ジュラさんはちゃんと俺との約束を守って、余計な事は言わずに我慢していてくれたらしい。ジュラさんは地が能天気でお気楽な事も影響しているのか、誰彼かまわず親しげに柔らかく女神の微笑みで対応するからなぁ……。人当りがいいと言うか何と言うか。
 そしてジュラさんは俺の元へすっと寄ってきて、昼間のように俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
 うっ……だからそれマズイって。モロに胸、当たるんですけど、ジュラさん分かってます?
 でもジュラさんが自然に振る舞ってるのに、俺がギクシャクしてるとやっぱマズイよな。俺は極力平静を装って会場を出た。背後から男たちの嫉妬と嫌味に満ちた視線が突き刺さる。
 うう……俺ってば、いろんな勘違いですっげー敵視されてる……。俺の方が悪目立ちしてどうすんだよ!
 だから! 俺とジュラさんはそんな関係じゃないんだーッ!

「うふふ。わたくし、ちゃんとタスクさんの言い付けを守りましたのよ。わたくしだってやればできるんですのよ。褒めてくださいます?」
「ええ、凄いですよ、ホント。でもできれば宿までは黙っててください」
 不審に思われない程度の急ぎ足で、そしてどうにかあれ以上の問題もなく宿に戻ってきて、俺は精神的疲労で床へとへたりこんだ。
「まぁ、タスクさん。床に座るなんてお洋服が汚れてしまいますわよ」
「はぁそうですね……俺はまだやる事あるんで、ジュラさんは先に休んでてください」
 俺が言うと、ジュラさんは細い指先を顎に引っ掻け、小首を傾げる。
「もうわたくしは一人でいてもよろしいんですの?」
「はい。でも明日朝早くにここを出ますんで、ちゃんと起きてくださいね」
「あら大変ですわ。わたくし早起きは苦手なんですの。いつもコートに三回起こしてもらうんですのよ」
 俺はくわっと頭を上げて牙を剥いた。
「じゃあ俺は四回起こしますからッ!」
 ああ言えばこう言う、こう言えばそう言う。ジュラさんの思考パターンが俺にはまるで読めない。なんでファニィもコートも、この思いっきり明後日の方向へ天然ボケをぶちかましてるジュラさんを思いのままに操れるんだろう? やっぱり付き合いの長さと慣れの問題か?
 俺は軽い眩暈を堪えつつ、さっきの情報を、捲り上げた袖の裏に書き記した。紙で残すと万が一落としたりした時に怪しまれるからな。腕に書くのも危ない。袖を捲るような事になった時、隠しようがなくなっちまうもんな。その点、袖の内側なら、メモ部分を隠しながら袖を捲り上げる事ができる。
 ジーン方面のペイド・ミラーという男。歳は四十前後で、頬がやけにこけている割には小太りの成金様だ。特徴って言えばこんなもんか? あと、情報としてファニィに伝えておいた方がよさそうな事はなかったかな?

「こんなもんか。ジュラさん、俺はこっちの椅子で寝ますから、ジュラさんはベッドを使っ……」
 振り返りながらそこまで言い掛け、俺は硬直した。
 ついさっきまでいたはずのジュラさんが、忽然と部屋から姿を消していたんだ。施錠したはずのドアが半開きって事は、間違いなく一人で外に出ていってしまったんだろう。
「あ、れ、ほ、ど! おとなしくしててくださいって忠告しておいただろうが、俺はぁーッ!」
 頭を抱えて唸ったが、そんな暇があるならさっさとジュラさんを捜して連れ戻す方が先決だ。問題を起こされてからじゃ遅いんだ!
 俺が急いで部屋を飛び出ると、廊下の曲がり角に白いドレスの端が一瞬だけ見えた。間違いない。
 俺は極力足音を忍ばせ、ジュラさんを追う。だが曲がった先にジュラさんはいない。
「どこだ……? 頼むぜ、ジュラさん……」
 階段が軋む音がして、俺は一階へ続く階段の踊り場を覗き見た。いた!
 俺は一気に階段を駆け下り、ジュラさんの腕を掴まえて引き戻した。ジュラさんが小さく声をあげるが、俺はすぐに彼女の口をもう片方の手で塞ぐ。
「ジュラさんっ。あれほどおとなしくしててくださいって言ったでしょう?」
 俺が手を離すと、ジュラさんは少し拗ねたように頬を膨らませる。さぁ、どんな素っ頓狂な言い訳が出てくるんだ?
「階段を飛び下りてくるなんて危険ですわよ。危ない事をする子はメッですわ」
 俺かよっ!
「一人で出歩くジュラさんの方が危険ですっ」
 俺は小声で怒鳴る。怒鳴るのに小声ってのも変なんだが、なるべく大声は出さない方がいい。
「とにかく部屋に戻ってください」
「わたくしお茶をいただきに行くだけですのよ」
「喉が渇いたんなら、せめて俺に一声かけてからにしてください! 一緒に行きますから!」
「でもタスクさんはお仕事なさってましたでしょう? わたくし、せっかくタスクさんのためにお茶を淹れて差し上げようと思いましたのに、それを無下に断るなんて、タスクさんは意地悪ですわ。わたくしの好意はお気に召しませんの?」
 頭に昇っていた血が一気に引いた。
「……俺の……ためにですか?」
「そうですわ。タスクさん、わたくしの淹れるお茶はお嫌ですの?」
 これはジュラさんなりの、俺に対する労わりなんだろうか? いや、多分そうだ。
「……すみません。その……ありがとう、ございます……」
「分かってくだされば結構ですわ」
 ジュラさんはいつものように、柔らかく微笑み返してくれた。
「あ、その……俺のやるべき事は終わったんで、部屋に戻りましょう。あ、寝る前のお茶、やっぱり欲しいですか?」
「タスクさんがお嫌でなければ、ご一緒したいですわ。今日はとてもバタバタしていて慌ただしかったでしょう? タスクさんも少し休憩なさればよろしいですわ。わたくし、美味しいお茶を淹れるのは得意ですの」
「あ、はい。じゃあ……」
 俺は少し照れて頭を掻く。組合にいる時は、いつもファニィやコートと一緒だから意識しなかったけど、ジュラさんみたいな美女にお茶に誘われるのも悪い気はしないな。むしろ……ちょっと照れるし浮かれてしまう。
 お、俺だって健全な男なんだよっ! 美人にお茶に誘われて、へ、平静でいられるかよ!
 俺が宿の休憩室に向かおうとすると、ジュラさんは俺と正反対の方に向かって歩き出す。俺はなんとなく嫌な予感を抱きつつも、訝しげにジュラさんに問い掛ける。
「どこ行くんですか?」
「お茶をいただきに行くんですのよ? もうお忘れになって?」
「……お茶、っていうか喫茶室。こっちです……」
「まぁ、うっかりしていましたわ。わたくし道やお部屋を覚えるのがとても苦手なんですの」
 絶対目を離しちゃいけない、この人からは。
 組合でジュラさんが常にコートかファニィと連れ添っている理由がようやく理解できた。この人は自分が行きたい場所へも一人で行けないんだ。
 うう……こんな苦労が明日まで続くのか。俺の神経、明日までもつだろうか?
 他人と明らかに違う世界が見えているジュラさんの世話は大変だろうと思っていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。なんでコートもファニィも平気な顔してられるんだろう?

 二人分のお茶を淹れて部屋に戻り、俺は心底、胃に温かく染み込むお茶を堪能した。寝る前にお茶を飲んである意味正解だ。一息吐けなきゃ、俺、心労で倒れてたかもしれない。
 さっきまでの異様な神経の昂ぶりがほどよく治まり、俺はすこぶる穏やかな気分になっていた。
「ご馳走さまです」
「はい。喜んでいただけまして?」
「もちろんです。ありがとうございます」
 ジュラさんのカップにはまだ少しお茶が残っていたが、ジュラさんはカップをベッドの脇のサイドボードに置いた。
「ジュラさん。俺はこっちの椅子で寝ますから、ジュラさんはベッドを使ってください。明日は俺が起こしますから」
「あら? わたくし、タスクさんと一緒でよろしいんですのよ? 椅子に座ったままでは体の疲れが取れませんわ」
 ……意味、絶対分かって言ってない。この人。
 俺は小さく深呼吸して、ジュラさんに向かって声を張り上げた。
すこぶる気分が良かったと思い込んでいたが、ここがもう、俺の限界だったらしい。
「いいから俺の言う事をおとなしく聞いて、とっとと寝てください!」
「まぁ! 夜に大声を出してはご近所迷惑ですわ」
「誰が怒鳴らせてるんですかっ!」
 マジで苛々してきた。さっきのお茶休憩がもう台無しだ。
「でもわたくし、コートを抱っこしていないとちゃんと眠れませんの。コートはお人形さんみたいに可愛いんですもの。今日はコートがいませんから、タスクさんでも構いませんわ」
 コートはジュラさんの抱き枕かよ! つか俺で代用するな! 俺はコートみたいなガキじゃないんだから!
「コートはジュラさんの弟! 俺は他人です! 自分の言ってる意味、いい加減理解してくださいよ!」
 ジュラさんは指先を唇に当て、小首を傾げる。そして無邪気にクスッと笑った。
「わたくしではタスクさんより年上だから、ご満足いただけないんですのね」
「だから、そっ……はいっ?」
 俺の頭の中が真っ白になる。
 え、ええと、ええと……年上だから満足できないって、マジでこの人はどういう意味で言ってんだ? 至極一般的な意味で捉えてもいい……訳ないだろうが!
 ジュラさんは他人で組合の先輩でファニィのチームメイトでコートの姉で、俺はファニィに惚れててコートに惚れられてて、いやいやコートはどうでもいいんだ! これは俺とファニィの問題であって、いや違う! 今はジュラさんと俺が問題なのであって……っ!
 だああぁぁぁっ! 違うだろ、俺! 冷静になれ!
 俺は拳でゴツゴツとこめかみを叩き、必死に平静を取り戻そうとするが、目の前には絶世の美女であるジュラさんがいて、俺の心を惑わせて、でも俺はジュラさんでなくファニィが好きなんであって、ああもうっ! また堂々巡りかよっ!

 自分に向かって一喜一憂百面相している俺を、ジュラさんがクスクスと笑った。
「うふふ。ちょっとタスクさんを困らせ過ぎてしまいましたわね。わたくしったら戯れが過ぎましたわ」
「は?」
「タスクさん、ずっと難しいお顔をなさって怒ってらっしゃるんですもの。わたくしの冗談で笑っていただこうと思いましたの」
「じょ、冗談だったんです……か?」
 俺はこの時、相当間抜けな顔をしていたかもしれない。
「まぁ! では冗談はやめて本気になさいます? わたくしは構いませんけれど、でもコートやファニィさんに怒られてしまうかもしれませんわね!」
「冗談にしといてくださいっ!」
 俺は力いっぱい首を左右へ振った。あまりに強く振り過ぎたため、軽い眩暈がする。
 なんと言うか……ジュラさんという人は、本気で勘違いの本音を言っているのか、冗談で頓珍漢な事を言っているのか、俺には瞬時に理解ができない。いくら付き合いが長いとはいえ、どうしてファニィやコートは、ジュラさんの言葉の真意を瞬間的に見抜く事ができるのか不思議でならない。
「今日はタスクさんとたくさんお話しができて楽しかったですわ。明日もよろしくお願いしますわね」
「はぁ……俺は疲れました……」
 紛れもなく俺の本音が口から洩れた。これならまだ弟いびりする姉貴の相手の方がマシだ。一方的なサンドバック状態とはいえ、一応会話がちゃんと成立するんだから。
「起こしたらちゃんと起きてくださいよ」
「努力はしますけれど、ちゃんとモーニングティーも用意しておいてくださいましね」
 この発言、完璧に良いトコ育ちのお嬢様そのものだ。やっぱり家出してても、天下のグランフォート家の出身なんだなぁ。
 カキネ家だってジーンでは結構名家ではあるんだが、ラシナのグランフォート家とは明らかに家柄というか敷居の高さが違う。本家本物のお貴族様だ。ジュラさんの口調も仕種も、本物の貴族のご令嬢そのもので、優雅で煌びやか。醸し出す雰囲気も高貴だ。改めて思い知った。そんな彼女が家出中で、しかも冒険者やってるとはね。
 俺は苦笑しながらサイドボードのランプの灯を暗くし、薄闇の中のジュラさんを見た。ジュラさんがすっと手を伸ばしてくる。
「タスクさんもゆっくり休んでくださいましね」
「はい。じゃあ、ジュラさんもおやす……」
 甘く柔らかな感触が俺の口を塞ぐ。焦点の定まらない視界全てに、北方の人種であるラシナの民特融の透明感のある白い肌と絹糸のような銀髪が見える。
「……皆さんには内緒ですわよ」
 ジュラさんは悪戯っぽく微笑み、俺の言葉を遮らせた唇で、ランプの灯を吹き消した。常闇が俺とジュラさんの視界を侵食する。
 俺の思考回路は完全に停止したまま、ほのかに残る唇の余韻に体は小刻みに震えていた。
 そしてその夜、俺は一睡もできなかった。

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