Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


なろう版

       4

 自分の身支度を整えてから、俺はジュラさんを起こそうと手を伸ばした。が、ふいに昨夜の事を思い出し、俺の手が止まる。
 奔放な民族性のラシナの民であるジュラさんにとっては、コートと毎晩している事なのかもしれない。だが俺の育ったジーンでは、そういった事は日常的には行われていない。つまり……寝る前の、というか、挨拶代わりのキス、とか……。
 俺はカァッと顔が火照り、慌てて自分の手で顔を仰いで冷やす。
 ほら、きっとあれは事故だ。そうに違いない。でないと困る。
 俺も過去に一度、つい勢い余ってファニィに迫った事はあったが、あれもまた突発的な衝動による事故みたいなもんだし、未遂に終わってるし。ジュラさんの場合はきっとコートと間違われただけだ。能天気なジュラさんだから、きっと何も考えてなくての行動なんだろうし、俺だってジュラさんに対して仲間意識以上のものは感じていない。うん、俺は正しい。
 俺は深呼吸して高鳴る動悸を押さえ、何とか冷静さを取り戻す。そしてチョンチョンとジュラさんの肩を突いて彼女を起こした。
「起きてください。さっさと出発しますよ」
「……まだ眠いですわ、コート。お茶の準備をしていてくださいな」
「俺はコートじゃありません。起きてください!」
 俺は顔を背けたまま、少々乱暴にジュラさんの肩を揺さ振り起こした。ジュラさんはそれでもまだ起きようとしない。
 仕方ない。とっとと最終手段を使おう。
「ジュラさん。さっさと帰って朝飯にしましょう。俺がとっておきのフワフワのパンケーキを焼きますから」
「まぁ、それは楽しみですわ。わたくしそのパンケーキに林檎のジャムを添えて戴きますわね」
 まるで何事もなかったかのように、ジュラさんが優雅に体を起こしていつもの女神の微笑みを湛えている。
 ……本当に今まで寝てたんだろうか? ただ単に狸寝入りしてただけじゃないだろうな。そう疑いたくもなるような、爽快な目覚めだった。
「それから少し濃いめに煮出した紅茶にミルクを入れて……」
「はいはいはい。何でも作りますから早く出掛ける準備をしてください」
「そうですわ。わたくしの紅茶より、コートの紅茶はミルクを少し多めに……」
「分かってますから口じゃなく手を動かしてください」
 組合の連中の味の好みくらい、もうとっくに覚えてるって。ちゃんと毎日厨房から見てるんだからな。

 ジュラさんの身支度を急がせ、俺はそっと廊下の様子を探る。さすがに時間が早いから、まだ誰も起きている気配はない。油断はできないけどな。
 ファニィの密偵と昨日の内に連絡が取り合えなかったのは痛いが、まぁファニィと無事に合流すれば問題ないだろう。わざと俺たちと接触しないようにしてたのかもしれないし。
 俺はジュラさんに頷きかけ、廊下へ出た。ジュラさんがすかさず俺の腕に自分の腕を絡めてくる。二の腕の辺りに柔らかな感触があり、思わず俺はジュラさんの腕を振り解いていた。
「……振りほどくなんて酷いですわ」
 拗ねたように上目がちに俺を睨んでくるジュラさん。
「おやすみのキスをした事、怒ってらっしゃるのね。わたくし、悲しいですわ」
「ちっ、違っ……違いますっ! じゃ、じゃあ手! 手を繋ぎますから!」
「まぁ! 手を繋いでお散歩だなんて、とても嬉しいですわ」
 俺は手を握るのではなく、ジュラさんの指先を摘まむように掴んで、人目を避けて闇市場の入口を目指した。

「わたくしが小さい頃、父とお散歩をした事を思い出しますわ」
「……ジュラさんの親父さん、ですか?」
 俺が振り返ると、ジュラさんが目を細めて微笑む。
 ジュラさんの親父さんというと……初代のグランフォート家当主だったよな。コートの親父さんとは別の人で。
「ええ。派手で愚かな行為を繰り返す母と違って、わたくしの父は静かな思慮深い方でしたの。コートが生まれる頃には家を追い出されてしまって、今ではもう生死を確かめる事もできませんけれど、わたくし……あの家ではコートを除いてはただ一人、敬愛しておりましたのよ」
 ジュラさんが昔を懐かしむように視線を空へ向ける。
「……コートから聞いたんですけど……ジュラさんの親父さんは……その……自分の伴侶の、散財し放題の不実な行為や浮気に怒りはしなかったんですか? 誰も咎めはしなかったんですか?」
「あの女が言って聞く耳を持つ人格者なら、今、わたくしとコートは姉弟ではありませんでしたわ」
 俺はジュラさんののんびりとした口調の中に、強い憎しみを感じ取った。能天気でマイペースで、物事を深く考えられないジュラさんが、唯一剥き出しにする感情。自分の親に対する憎しみ。
 それって……なんか悲しいよな。
 俺がしんみりしていると、ジュラさんは言葉を続けた。
「コートと一緒に家を出る時、あの女が妨害しようとしてきたので、わたくし顎の骨を砕いて差し上げたんですの。先日コートを誘拐しようとした時も、肋を幾つかへし折っておいたのですけれど、あの女の回復力は論外ですから、もうとっくに治っているでしょうね。ああ、そういえばわたくしも内臓を痛められて、翌日のお食事が少ししか食べられなかった事を思い出しましたわ。せっかくの鴨肉のソテーでしたのに悔しいですわ」
 俺は派手に蹴躓き、だがなんとかバランスを保って転ぶのを堪えた。
 ジュラさん、あなたって人はやっぱりあの人の正真正銘実の娘です……。
 あのお袋さんといい、ジュラさんといい、見た目にそぐわぬ怪力や化け物染みた治癒力を持った人間が突然変異で生まれてくるはずがない。ジュラさんは間違いなく、母親似だ。
 俺はジュラさんの機嫌を損ねないよう、言葉をぐっと飲み込んだ。そして砂埃で汚れた壁の建物を曲がった時、目の前に闇市場の入口である、大きな門を見つけた。

「やっと出て来れましたね」
「ええ、そうですわね……?」
 俺が門へ急ごうとすると、ジュラさんはいきなり俺の腕を掴んで自分の方へと全力で引っ張った。俺はジュラさんのすぐ後ろへ尻餅をつく。
「急に何……」
 ジュラさんは長いドレスの裾を掴み、大きく翻す。するとドレスの裾に絡めて落とされた矢が、地面にパラパラと落ちた。ジュラさんはドレスの裾を翻す事によって、矢の攻撃から俺を守ってくれたらしい。
「なっ……」
 門の影から、昨日入口の番をしていた赤いバンダナの男、ファニィの密偵の死体が転がる。そして少し離れた所には、取引会場の入り口にいた方の男の死体もあった。二人共、もう完全に息の根を止められている。
 マズイ……バレちまったのか!
「どうも胡散臭いと思ってたんだが……お前らは何者だ!」
 門や建物の影から一斉に、数十人もの人相の悪い男たちが姿を見せる。昨夜俺たちが騒ぎ過ぎたのか、それとも先の二人の密偵がすでに正体がバレていたのかは分からない。今、分かっているのは、俺とジュラさんは絶体絶命って事だ。
「お怪我はありませんこと、タスクさん?」
 状況を理解していないのか、ジュラさんがのんびりした口調で問い掛けてくる。マズい、本気でマズい。これじゃあまりに多勢に無勢。幸い出入り口はすぐそこだし、何とか目晦ましの魔法でもぶちかまして逃げるしかない!
 俺は素早く立ち上がり、両手で印を組んで呪文を唱え始めた。
「何を仰っていますの?」
 至近距離からジュラさんが俺の顔を覗き込んでくる。刹那、俺の脳裏に昨夜の出来事が蘇る。精神集中が削がれ、思わず呪文が途切れた。同時に頭の中に描いていた魔法の構成紋章が崩れてしまう。
 しまった!
「殺れ!」
 リーダー各の男がそう叫ぶと同時に、男たちが一斉に獲物を手にしてこちらに向かって前進してきた。今から魔法の構成紋章構築をやり直して呪文を唱えてたんじゃ間に合わない!
「ジュラさん、避けてください!」
 無茶な事を言っているのは百も承知だ。さすがのジュラさんですら、こんな大勢に一斉に向かってこられたんじゃ対応できないだろう。
「あら、タスクさんはわたくしに何もしないでいいと仰いましたわ」
 こんな時だけ言う事を聞くなーっ!
 振り下ろされた剣の影が俺の眼前に迫った時だ。ジュラさんは軽く身を捩ってそのほっそりした腕を水平に払った。
「ぐあっ!」
 剣を持った男がとんでもない所までぶっ飛ばされる。さ、さすがだ……。
「刃物は当たるととても危険ですわ。収めてくださいまし」
 ジュラさんはそう言いながら、俺を庇うようにすらりと立つ。
 吹っ飛んだ男に怯んだ他の男たちの動きに隙ができた。しめた!
 俺は素早く呪文を再開させ、炎の柱の魔法を解き放った。
「立ち上れ、身を焦がす炎よ!」
 魔法の杖という魔力媒体がないから、威力は極端に落ちる。直撃しても酷い火傷になる程度だろう。だが目晦ましのために派手に火花を迸らせた炎柱は、ならず者たちの度肝を抜いたらしい。
「魔法使いか!」
「ジュラさん、逃げますよ!」
 俺はジュラさんの手を引いて入口に向かって駆け出した。
「いけませんわ!」
 ジュラさんがすぐさま俺の腕を引き戻して、俺は情けなくまたその場へ尻餅をつく。なんなんだよ、この怪力は! 俺が何したッ?
 やり場のない怒りに声を上げそうになっていると、まるで門に鉄格子が嵌まるかのように、俺たちのすぐ目の前に太い木の槍が何本も地面に突き刺さった。俺は声を失い、背筋にゾクリとしたものを感じる。
 ジュラさんはただ怪力であるだけじゃない。ファニィが言っていたように、凄腕の武術家なんだ。その戦闘時の格闘センスと勘の鋭さは……俺なんか比じゃない。天性のものもあるだろうが、冒険者として培ってきた経験の長さも、ジュラさんの戦闘のセンスに磨きをかけているんだ。
「……ジュラさん、聞きたい事があります」
「なんですの?」
「あいつらを一度に相手できますか? 一撃ずつ叩き込んで、意識を失わせる事はできますか?」
 ジュラさんは長い髪をゆっくりと背に払い、いつもと変わらない女神のような微笑みを浮かべた。
「少し人数が多くて一度にお相手するのは大変ですわね。でもタスクさんが一緒ですから大丈夫ですわ。わたくし、できます」
 ジュラさんがきっぱりと断言した。
「俺は全力でサポートに回ります。だから申し訳ないですけど、ジュラさん、前衛をお願いします」
「分かりましたわ。わたくし、絶対に負けませんから安心なさって」
 ジュラさんは長いドレスの裾を左手でつまみ上げ、軽く腰を落として肩幅に足を開いた。普段は戦闘態勢を築かないジュラさんが構えを取るという事は、それだけ油断できないという事だ。
 俺の力だけじゃこの窮地は開けない。ファニィが……組合が誇る最強の武術家であるこの人に頼るしかないんだ。
「では……わたくしと舞い≠閧ワしょうか、みなさま?」
 ジュラさんが地面を蹴ると同時に、俺は持てる全ての魔力を両手に集中させた。

 ←3 5→