延滞魔王城

毒の沼地に囲まれた漆黒の魔王城。
そこに魔王はいなかった──
今日も魔王城では一騒動起こっているようです


なろう版


   1

 毒の沼地と茨の森に守られた、漆黒の魔王城。その一室で、城の主グレゴリー・サタニノス七世が、一心不乱で手の中の小さな機械を操作していた。
「えいっ! えいっ! なんで?」
 手にした小さな機械は、彼の正面にある別の機械へと向けられている。
 映像を映し出す十四インチの小さな平面水晶は、先ほどからザーザーと砂嵐が表示されたままだ。
「そうだ! きっと電池が無くなっちゃったんだ!」
 グレゴリーは勢いよく立ち上がり──勢いよく座り込む。

「……はうぅぅ……急に立ち上がったから立ちくらみが……」

 引きこもりの売れない作家である彼の基本パラメーターは ”虚弱体質” だった。
 ──大魔王だけど。

 彼、グレゴリー・サタニノス七世は、魔族と魔物を統べる魔王の中の魔王、魔族の頂点に立つ真の魔の王だった。
 ボサボサ頭によれよれジャージ。魔の者らしい角や羽根も無ければ、悪役オーラも大物オーラもない。彫りの浅い顔付きは完全なるモブ顔。温厚でヘタレ気質で天然大ボケ。そしてなぜか人間界で、 ”賃貸物件” として貸し出されている魔王城に間借りし、売れない作家を生業としている。
 大仰な造りの魔王城ではあるが、賃貸物件なのである。繰り返すが。

 彼はベニヤ板のカラーボックスから、新品の単四電池──魔界の携帯用使い捨て動力供給素材である──を取り出し、手にした小さな機械──魔界的専門用語で『リモコン』と云う──の裏蓋をカパッと開く。辿々しい手付きで電池のプラスマイナスを確認してから新旧のそれを交換し、蓋を戻す事ももどかしく、再びリモコン上部の電波発信端子を、水晶の映像投写装置──魔界的専門用語でテレビと云う──へ向ける。

 モニターは絶賛、砂嵐放映中のままだった。

「うわーん! 早くしないとドロシーちゃんに見つかっちゃう!」
「ドロシーに見つかるとマズいモンなのか?」
「うん。だってドロシーちゃんには秘密でこっそりレンタルしてきたんだもん。こんなの借りてきたなんてバレたら、きっとまた怒られちゃう」
 しょぼんと肩を落としたグレゴリーだが、ハッと何かに気付いて顔を上げる。
「わっ! 田中君、いつからそこにいたの!?」
 グレゴリーの背後で、南の魔王、田中武志はニヤニヤしながら彼を見つめていた。トレードマークの派手なアロハシャツはいつものハイビスカス柄ではなく、今日に限って般若柄だ。般若は恐ろしい顔でグレゴリーを見下ろしていた。
「ふっふっふ。いつもならここで ”俺をその名で呼ぶんじゃねぇ” とツッコミ入れるところだが、今日は勘弁しといてやる。その代わり……」
 田中は下品な笑みを浮かべながら、逞しい腕をグレゴリーの貧弱ななで肩に回して引き寄せた。
「で、中身の映像は何かな? ほれ、白状しな。お前も男だもんなぁ?」
「えー、やだー。恥ずかしいよぅ」
 グレゴリーは頬を染めて、田中の腕の中で嫌々する。可愛い女子がすれば様になる仕草だが、いい歳ぶら下げた男の魔王では可愛さの欠片もない。
「ドロシーには秘密にしといてやっから」
「……本当に? 誰にも言っちゃダメだよ? 僕と田中君だけの秘密にしておいてくれる?」
「してやるしてやる。俺様のお気に入りの和染アロハ賭けてもいいぜ?」
「うーん……アロハはいらないけど……」
 グレゴリーは躊躇いながら田中の腕を逃れて、のそのそとモニター横に放り出してあった箱を手にした。それを顔の横に掲げて、満面の笑みを浮かべる。
「えへ。このAVだよ! 僕のお気に入りの子が出てるんだ!」
「やっぱそうきたか!」
 田中はますます鼻息荒く、グレゴリーの手にする箱を凝視した。

 グレゴリーの手にした箱、レンタル用パッケージには──愛くるしい濡れた瞳で ”ご褒美” をせがむクルクルカールの愛らしい──トイプードルがいた。その周囲にもチワワやヨークシャーテリア、パグ、ミニチュアダックスなどの、小柄で愛らしい子犬たちが猛烈に愛想と愛嬌を振りまいている、小型犬の幼犬特集のビデオのパッケージだった。
 田中、硬直。沈黙。そして──

「AVってアニマルビデオ≠フ事かよッ!! アダルチーなオトナのムフフビデオじゃねぇのかよ!!」
 田中愛用のハリセンがグレゴリーの顔面にスマッシュヒットした。

「ってかコレ! DVDじゃなくビデオテープかよ! デジタルな今の時代に超アナログってか!? しかもビデオはビデオでも、VHSですらないベータってどういう事だよ!? いや、むしろ今時ベータビデオを貸し出ししてくれるレンタル屋なんて、一体全体どこ探せばあるんだよ! 相当レアだな、をいッ!!」

「えーっと、田中君。ツッコミは一個ずつお願い。一度にたくさん言われても、ちょっと処理仕切れな……」
「黙ってツッコまれとけ、この大ボケ大魔王がッ!」
 田中はハリセンでグレゴリーを再び叩きのめし、返す手で裏拳ならぬ裏ハリセンを返した。いわゆる往復ハリセンビンタである。
「うわーん、田中君が酷いよー」
 グレゴリーはジャージのポケットから、愛するペット魔獣、魔ハムスターのケルベロス君を取り出し、すりすりと頬ずりした。
「えへへー。ケルベロス君の毛ってふっわふわー」
 愛するケルベロス君にすりすりすれば、たちどころに一分前の嫌な事を忘れる事ができる。それがグレゴリーという魔王だった。
「クソ魔ハムごと魔界に帰れ! この、出来損ないクソ魔王がッ!」
 田中は唾を飛ばしながら地団太を踏んだ。

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