延滞魔王城

毒の沼地に囲まれた漆黒の魔王城。
そこに魔王はいなかった──
今日も魔王城では一騒動起こっているようです


なろう版


   3

「とりあえずね、もう時間的に余裕が無いから、一度返却に行って、もう一度レンタルしてこようと思うんだ。だからとにかくデッキからテープを取り出さないと」
 グレゴリーはデッキのテープ取り出し口の蓋を指先でパカパカ開いてみる。依然わんわん特集のAV=アニマルビデオが出てくる気配はない。
「ペンチで引っ張り出すとか?」
「テープを傷付けたら大変だから却下」
 田中はグレゴリーからリモコンを受け取り、イジェクトボタンを連打する。デッキはウンともスンとも反応しない。
「こりゃ完璧にリモコンがイカれてやがるな」
「どうしよう。どうやったらテープ取り出せるかな。ねぇ、何かいい解決策は思い浮かばない、田中君?」
「そりゃあここは魔王的に……」
 田中へデッキの天板へ指を掛けた。そのままおもむろに、デッキの天板を引き剥がした。

「あーッ!!」
「魔王的に力技でブッ壊す」

 魔王的も何も田中は、我が身に降り掛かる困難に対する打開策は、基本力技≠セった。
 天板が剥がされて物理的に破壊されたデッキの成れの果てを見て、グレゴリーは血の涙を迸らせた。

 ぐにゃぐにゃと、テープはデッキの内部部品、ヘッドやローラーに絡まっている。見事に完膚なきまでに──テープの無事な取り出しはもはや壊滅的だった。
「な、なんでこんなになっちゃってるの……?」
「なんでって、理由はデッキの老朽化か、テメェが無理な操作したとしか考えられねぇじゃねぇか」
 田中は延びて縮れたテープの一端を摘み上げる。

「そんな滅茶苦茶な事はしてないよ! ポニーちゃんが可愛くて何回も何十回も何百回も巻き戻して見たり、クオレ君が犬ガム噛み噛みする姿が可愛くて一コマ送りボタン連打で再生したり、フリルちゃんの犬衣装からはみ出たふりふり尻尾が……」

 まだまだ続くグレゴリーのわんわん愛らしさ談義を聞きながら、田中は横目で彼を睨んだ。
「まぁ、そこまでデッキとリモコンを酷使してりゃ、デッキやリモコンどころか、テープまで完璧にイカれて当然だわな」
「どうして僕だけ!?」
「理解しろよ、畜生狂いのクソ大魔王が」
 グレゴリーは涙目で田中の手を両腕で掴む。
「破損料金、どうしよう! 僕、レンタル屋さんの保証入ってない!」
「……じゃあこうしろよ」
 田中はグレゴリーのジャージのポケットからレンタル屋の会員証を取り出し、ペキッとへし折った。
「魔王族的解決方法として、レンタル屋もろとも人間界を破壊する。そうすりゃ返却する必要はなくなる」
 田中が困難に対する打開策は、基本、力技である。(二回目)

「ダメーッ! だってレンタル屋さんのオーナーさん怖いもん!」
「ここの大家といい、レンタル屋のオーナーといい、テメェは大魔王のくせに何、人間ごときにガクブル怯えてんだよ! パラメーターカンストしてバグ数値なんだろ! 滅ぼせよ! 世界征服しろよ!」
 歯軋りしながらグレゴリーを焚き付け、田中はぷるぷる震える指先を彼に突き付ける。しかしグレゴリーは──

「無理ーッ! だってレンタル屋さんのオーナーさんって、ここの大家さんの旦那さんなんだもん!」

「帰れーッ! マジで魔界に帰れ! もう人間と関わるな! 魔族の恥だ、テメェはッ!!」
 田中のハリセンフルスウィングは、グレゴリーの顎を見事に捕らえて彼をふっ飛ばした。

 その時ギッと扉が開き、グレゴリーは寝癖をぴょこっと跳ね上げて竦み上がる。
 扉の向こうには、ブロンドの巻き毛にボンテージ姿の、彼の秘書サキュバスであるドロシーが立っていた。
「お姿が見えないと思っていたら、こちらにいらっしゃったのですね。……あら、魔王様もいらしたのですか。目にゴミが入ってそれが視界を汚しているのかと思いましたわ」
「おいーっ! なんだその “ついで” みたいな言い方は! 俺様は仮にも魔お……」

「ついでみたい≠ナはなく、 “ついで” (断言)ですが何か問題でも?」

 田中の発言が終わる前に、侮蔑を含んだ眼差しで、彼女は彼を扱き下ろす発言を平然と口にした。
 魔王と臣下? 立場に身分? なにそれ美味しいの?
 ドロシーはグレゴリーの側に落ちている箱に気付き、ピンヒールを鳴らして室内へと入ってきた。
「あっ……ドロシーちゃんこれは……その……」
「また下等動物のビデオを見ていらしたのですね?」
「……ごめんなさい……」
 ドロシーは小さく肩を竦めた。
「グレゴリー様の楽しみを奪ってしまっては、今後の活動の息抜きに支障が出ますわね。仕方ありません。許可します」
「ホント!? ドロシーちゃんありがとう!」
 グレゴリーはビデオのパッケージを抱いて満面の笑みを浮かべた。
「その代わり、私もグレゴリー様に許可いただきたい事があって、お捜ししておりましたの」
「僕に許可? なぁに?」
 ドロシーはボンテージの胸元から、かなり大きな付録付き冊子を取り出した。
 彼女のボンテージは、何でも収納できる魔界特製四次元ボンテージなのである。
 グレゴリーと田中がドロシーの取り出した付録付き冊子をしげしげと見る。表紙には、好々爺の笑みを浮かべた老人と、子供らしい愛らしい表情をした幼い少年の姿が。
「おい……これ……まさか……」
 先ほどまでの冷ややかな無表情から一転、ドロシーは熱っぽいアイドルに憧れる乙女のような表情になり、朱に染まった頬を押さえてその冊子を見つめた。
「ええ! ディアガチムチティーニ編集 ”月刊・老人と孫──おじいちゃんと少年編” ですわ! 毎月付属する付録を組み立てて行くと、最終号では美老人と美少年の呪いのわら人形が完成しますの! 毎月一ピースずつパーツを組み立てるなんて、なんてマゾチックでエキサンティングなんでしょう! この私にMな気持ちを抱かせるなんて、ディアガチムチティーニ編集部は呪い殺したくなるほど、素晴らしい編集社ですわ! ああ、続刊が待ち遠しくてゾクゾクしましてよ! 早く次の号が欲しい!」
「なんだそりゃー!? なんつーマニアックな付録付き冊子だよ! ターゲットは明らかにお前しかいねぇじゃん! 耄碌ジジイと鼻タレクソガキ見て、他の誰が喜ぶってんだよ!」
 田中はぷるぷる震える指でドロシーを指差す。ドロシーはその指に、ボンテージから取り出したポンデケージョを突き刺した。
その行為に意味はない。あえて意味を後付けするとすれば、田中に直接指差される事を不快と考えているから、であろうか。

「なるほど! ドロシーちゃん、毎月その本が欲しいんだね?」
「分かってくださいます、グレゴリー様?」
「うん。僕も毎月AVをレンタルしていいなら、ドロシーちゃんの本も許しちゃうよ!」
「ありがとうございます、グレゴリー様」
 ドロシーは夢見る乙女の仕種で冊子を抱き締めた。
「ああっ! 最終号の六十八億二千四十三万九千七十五号まで毎月楽しみで仕方ありませんわ」
「ちょっと待てーッ!! そのあり得ないめちゃくちゃな発行数は何なんだ!? 一生掛かっても完成しねぇだろうが、その付録! むしろガチムチ編集部とやらは、完結させる気ねぇだろ!?」
 田中の指摘はもっともだが、魔族に年齢はあって無いようなものであり、六十八億年生きろと言われれば、おそらく生きる事ができる。ただし本屋がその頃まで店を続けていられるかは保証の限りではない。
 創刊号はドロシーの手元にあるので、六十八億二千四十三万九千七十五号の付録完成まで、残り六十八億二千四十三万九千七十四ヶ月である。
「いいえ、私、美老人と美少年のためなら、付録は必ず完成させてみせますわ! そして寝室に飾りますの。ああ、禍々しくて素敵……」
「部屋じゃなくて棺桶だろ!」
 うっとり恍惚の表情を浮かべるドロシーの耳に、もはや田中のツッコミは届かない。

「あっ!」
 おもむろにグレゴリーが声をあげた。
「ど、どうした?」
 グレゴリーはビデオのパッケージを持って、ふるふると肩を震わせている。
「グレゴリー様、いかがなさいました?」
「……っちゃっ……た……」
「は? 何だって?」
 グレゴリーは涙目で、壁の鳩時計ならぬコウモリ時計を指差して叫んだ。

「夜中の十二時過ぎちゃった! 延滞料金確定だよ! うわーん、延滞料の二百五十円が高いよぉー!」

 ──一方その頃、レンタルビデオ店では、今まさにオーナーが延滞利用者のリストをチェックしていた。
「グレゴリー・サタニノスさん……確か前も “ほのぼのウサギ王国” ってビデオ、延滞してたっけなぁ……次からブラックリスト入れておくか」
 彼は一覧表のグレゴリーの名に、グリグリと赤い油性ペンで丸を付けた。

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