砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

     3

 宿に戻る頃にはすっかり日が暮れておった。孤児院を出てから少々頭を冷やしたいと考えたのか、特に目的がある訳でもなく、ラクアの中心部を抜ける広い通りをただ延々とぶらついておったのだ。
 いつまでもそうしておる訳にはいかんと極力平静を装い、重い足取りで宿へ戻って部屋のドアを開けると、シーアが退屈そうに椅子に腰掛けておった。教会から戻り着替えておらんのか、藍色の男物の長衣のままだ。
 ここはカルザスの部屋のはずだが、なぜシーアがいるのだ? もっとも、鍵が掛かっていようと奴にとっては無意味なのだが。
「どこ寄り道してたのさ? おれより先に帰ったはずだろ?」
「す、すみません。えっと……ちょっと道に迷ってしまって」
 胡散臭そうにカルザスを見つめるシーア。
「……そういう事にしといてやってもいいけどね」
 椅子の背もたれに頬杖を付いたまま、シーアはじっとこちらから視線を外さん。まるで全て見透かされておるようだな。
 奴に後をつけられていたとしたら、カルザスも俺も気付かんだろう。まさかとは思うが、ニュートや孤児院の事を奴は……。
「あの……えっと……女装はなさらないんですか? 珍しいですよね、シーアさんのそういう格好って」
 カルザスが無理やり話題を変えようとする。かなり強引だな。
「だろうね。女やってる時間の方が長いもん、おれ」
「そ、そうなんですか。あはは。やっぱり板についてると思ってましたよー」
 カルザスが乾いた笑い声をあげると、シーアは椅子から立ち上がり、カルザスの肩に肘を置く。カルザスはドキリとして冷や汗を掻く。
「……あのさ、同情なんていらねぇよ。あんたは今まで通りでいいんだからさ」
 どうやらシーアは、カルザスの不審な態度は自分に同情しているのだと思っておるようだ。真実を明かす訳にもいかん。このままシーアの勘違いを、事実として振る舞っている方がよいな。しくじるなよ、カルザス。

「シーアの事を話したのはあんたで二人目。一人目は神父だよ」
 シーアは笑うように目を細め、唇の端を上げる。
「神父に話した時はシーアを失った直後で、おれ自身もひどく錯乱してて、周りなんて何も見えなかったよ。でも、今日、あんたに話した時は結構落ち着いてたんだぜ」
 声なく笑い、シーアはカルザスの肩から腕を下ろす。
「何て言うのかな。ようやくシーアの死を受け入れられたっていうのかな。そういう風に考えられるようになったのは、あんたのお陰だよ」
「僕の?」
「あんたがいるから、シーアの死を吹っ切れた。忘れるって訳じゃねぇよ。ただ前に向かって歩けるようになっただけだ。まだこれからもきっと、何回も振り返ると思う。立ち止まると思う。でも……後戻りはしない」
 カルザスの服の袖を掴み、シーアは俯く。
「後ろにさ……戻ったら……シーアに怒られちまう。だから……カルザスさん、おれの手を引っ張ってくれよな。おれは一人じゃ生きられない、弱い人間なんだから……」
 シーアの手が、親の服を掴む子供の手のように見える。導いてやらねばならん、迷い子の手。
 俺もカルザスも、他者の生きる道を導けるほどの徳は持っておらん。だが、縋ってくる者を振り払えるような冷酷さはない。縋る者がいれば、全ては無理だろうが、自分に出来得る限りの手を取って支えてやろうと思っておる。
 今ここにカルザスの手が届く、迷い子の手が一組ある。むろんシーアの手だ。
「僕も間違えちゃう事がありますけど、それでもいいなら僕の服の袖、ずっと掴んでいてください。それともちゃんと手を引いた方がいいですか?」
「うん、ありがと。これで充分だよ」
 カルザスを完全に信頼したシーアの心の病という問題は、後は時間が解決するはずだ。
 あの孤児院の大先生の事がばれなければ、ひとまず事は収まる。残る問題は金を稼ぎ、追っ手の目を掻い潜って雪の降る国へと行くだけだ。
「飯、行こう。カルザスさんを待ってて、すっかり待ちくたびれたよ」
「そうですね、でも……」
 カルザスはシーアの頭からつま先までを眺める。
「……宿に入る時、シーアさんは女性の姿をしてましたよね? 不審に……思われないでしょうか?」
 それもそうだ。利用客でない者の食事など出ないはずだからな。
「着替えときゃ良かったね、おれ」
 シーアは苦笑し、髪を解いた。
「分かりました。では先に行ってます」
「折角こんな時間まで待っててやったおれを置いていく気? 薄情だね」
「そういう訳じゃないですよ」
「それじゃ、ここで待ってて。すぐ着替えてくるから」
 シーアは器用に片目を瞑り、部屋を出ていった。

 ──孤児院の事、決して奴に悟られてはならんぞ。
「分かっています」
 カルザスは胸元を押さえ、強く頷く。
 ──ふっ……手の掛かる弟ができたものだな。
「あはは。そうですねぇ……でも……シーアさんてお幾つなんでしょう? 本名もまだ知りませんしね」
 言われてみればそうだな。年齢など、カルザスとそう変わらんと思っておったが、幼く感じられる時もあり、年長者のような言動をする時もある。
 それに芝居かどうかは分からぬが、やや傍若無人過ぎるきらいがあり、まさか子がおるとは想像できんかったぞ。まるで奴自身が子供のようだからな。
「聞いたら怒られちゃうでしょうか……」
 俺が静止したとしても、カルザスは持ち前の好奇心と図々しさでシーアに問うだろう。心底反省したとしても、その下の根も乾かん内に反省を忘れてズカズカと土足で歩んでしまうような男だからな。それが嫌味にならんのは、天性の持ち味といったところか。
 ふん。俺は、せいぜいシーアの機嫌が悪くならん事を願うだけだ。

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