砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

   闇に溶けてゆく

     1

 掌の中に収まるほどの小さな鍵を見つめ、カルザスは首を傾げる。
 いや、この違和感……カルザスではない。俺はまた別の誰かに憑依しているのだ。
 すると……また夢か。今度はエルスラディアの夢なのか、それともシーアの過去の夢なのか。
「それ、何の鍵なの?」
 背後からの声に、俺の憑依している者が振り返る。そこには獣のような耳を持つ少女の姿。
 確かルネといったな……獣人の娘だ。
 どうやら俺はまたエルスラディアの夢を見ているらしい。
「さぁ。ここに落ちてたんだ」
「アイセルに聞いてみる? アーネス様の方がいいかな」
 俺は……テティスか? 俺とルネしかおらんが、俺が憑依している者が発したこの声はアーネスやアイセルのものではない。
「ルネ、二人でこれが何の鍵か調べてみないか? 案外魔導師の秘密が分かったりするかもしれないし」
「駄目よ! テティスはいつもそういう悪い事ばかり思い付くんだから!」
 ルネが弟を叱りつけるように俺を睨む。
 む? 俺は以前、これと同じような経験をした事があるような気がする。誰かに強く言葉を投げ付けられるのだ。そして俺はその言葉に反発する。
 それが忘れられた俺の記憶なのか、カルザスとしての経験なのか、どうもあやふやではっきりと判断し兼ねるのだが。
「あたしたちは居候させていただいてるんだから、お屋敷で拾ったものはちゃんとマリスタ様やアーネス様に返さなくちゃ駄目よ」
「分かった分かった。ルネはいつもうるさいな。いつまでも姉貴面するなよ」
「テティスが悪いんでしょ」
 ルネがテティスの手から鍵を取り上げようと手を伸ばす。その時だ。
「テティス、ルネ。ここにいたの?」
 肩で切り揃えられた銀髪に紫色の瞳をした青年の姿がそこにある。アイセルだ。
 いや……しかし、驚いたな……。
 俺の前に立つアイセルの姿は、シーアと見紛うばかりだった。髪を伸ばし、見慣れた白いローブを纏えば、シーアそのものだ。
 親友たちを見つめるアイセルの姿に、俺は妙な胸騒ぎを感じた。いや、焦燥感か。
「あんまりおれの目の届かない所に行かないでよ。マリスタ様を怒らせたら、二人を地上に返さなくちゃならなくなるから」
 アイセルが苦笑して肩を竦める。
「はいはい。そうだね。偉大な魔導師様を怒らせないように、従順にへつらってりゃ満足なんだろ」
「テティス! もう、なに拗ねちゃってるのよ。ごめんね、アイセル」
「あはは。気にしてないよ。このエルスラディアは宙に浮かんでるせいで、慣れてないと酔ったみたいになっちゃうし。だからテティスは悪態吐いて気を紛らわせようとしてるんだろ?」
「うるせぇよ、アイセル」
 テティスは舌打ちしてアイセルの肩を突き放す。テティスとは随分捻くれた思考の持ち主なのだな。
「どこ行くの?」
「散歩。お前とルネの仲を邪魔するほど、俺だって野暮じゃねぇよ」
 テティスがからかうように鼻を鳴らす。
「か、からかわないでよっ」
「気分が悪い時は屋敷の周りを散歩すればいいよ。地上にいるよりずっと星が近いから気持ちいいよ」
 どうやらテティスとルネはエルスラディアに迎え入れられたらしい。しかもアイセルとルネの仲はかなり発展しているようだ。
 気丈で強情なアイセルの事。アーネスを言い包め、マリスタの説得は、粘りに粘ったのだろう。エルスラディアの者たちの中で、もっとも若輩であるアイセルに丸め込まれておる魔導師たちの姿、想像するだけで笑いが込み上げてくる。

 二人から離れたテティスは暗い廊下を歩きつつ、小さく口許を歪めている。アイセルとルネのために気を利かせてやるとは見上げたものだ。だがテティスもルネに気があると思っておったのだがな。
「……ふざけやがって……」
 誰にともなくそう吐き出し、テティスは握っていた手を開く。そこには先ほど拾った鍵がある。そういえば、まだテティスが持ったままだったな。
 何を思ったかテティスはそれを袖の返しに隠し、足音を忍ばせて屋敷の奥へと走り出した。
 こやつ、一体何を考えておるのだ? 外へ散歩にゆくのではなかったのか?  俺が不審に思っておると、テティスは一つの部屋の前で立ち止まった。厳重で重厚な扉だ。
 扉の浮き彫りを注意深く丹念になぞり、奇妙な割れ目で指先を止める。いや、割れ目ではなく、鍵穴だ。
「あった。前に偶然見つけて変だと思ってたんだ。やっぱりここか。この大きさ……多分これで開くはず」
 袖の返しから鍵を取り出し、そっと鍵穴に差し込む。
 どうやらテティスは先ほどルネにも語ったように、魔導師たちの秘密とやらを知りたいらしい。だからこそ、こうしてこそこそと、屋敷の事を嗅ぎ回っているのだろう。
 鍵を回すと予想以上に大きな開錠の音が響く。その音にテティスは一瞬動きを止め、さっと周囲を見回す。
「……よし……」
 扉を開き、素早く体を中へ滑り込ませると、テティスはすぐに扉を閉めた。

「くそっ……こんなに多いのかよ……」
 大人二人がすれ違えぬほどの狭い通路が放射状に伸びている。その通路の左右の壁は全て本棚だ。
 マリスタの、いや魔導師たちの蔵書だな。ウラウローには存在しない、魔導師という者たちの書き記した書物。未知のものに対する興味がない訳ではない。しかし、なぜか俺はこの無数の本に畏怖を感じた。
 いかん……これらに手を触れてはいかん。テティス、このまま部屋を出て、鍵をマリスタに返せ。でなければ、取り返しのつかぬ事態が起こる気がするのだ。
 俺は必死にテティスに訴えるが、テティスに俺の言葉は届かなかった。

 テティスは見当をつけた本棚から手近な本を一冊抜き取り、そのまま窓際まで移動する。窓から差し込む月明かりの下でそれを広げ、細かな文字を指先で辿り始めたのだ。
 見た事もない文字。だが、不思議と俺には理解できるのだ。何と書いてあるのか分からんはずなのに、意味が直接頭の中に浸透してくるのだ。
「……日記……? マリスタの日記か?」
 ぱらぱらとページを繰り、テティスは最終ページに記された日付を見て息を飲む。
「に、二百年も昔のっ? マリスタは確かに爺さんだけど、そんなに……」
 手にしていた日記帳を落とし、テティスは別の本に手を伸ばす。適当なページをざっと読み、記された日付を確認し、そしてまた別の本に手を出す。
 俺も愕然としていた。
 テティスの手にした本は全てある者が記した日記なのだ。その者とはアーネスやアイセルの師であるマリスタだ。
 確認できたもので最古のものと言えば、七百年も昔に記された日記だ。その全てに、記された署名はマリスタ・ミゼル。つまりマリスタはそれ以上の年齢であると推測される。
 むろん最初は同じ名を襲名しておる別人かと思ったが、全ての日記の筆跡が全く同じなのだ。同じ書き文字のクセを持つ者が代々続くなど、偶然にしては出来過ぎているゆえに同一人物である可能性の方が高いと言えよう。
「全部日記だ……全部……マリスタの書いた……日記なんだ……」
 天井まである幾つもの本棚に、隙間なくぎっしりと詰め込まれた書物。いや、マリスタの日記。
 呆然としながら手にした日記に視線を落とし、テティスは一つの単語に目を止める。目を通してきた全ての日記に共通して書かれていた単語。
「……魔導師の……始祖……?」
 テティスは食い入るようにその文字を見ていたが、ふと我に返り、口許を抑える。
「……そうか……多分、そうだ」
 何かに取り憑かれたかのように凄まじい勢いで日記を読み漁り始め、それらを読み進める内に、テティスの口許は叫びを堪えるかのように堅く引き結ばれていった。

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