砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

     5

「訳は聞かないでおこう。だが、夜が明けると共にここを立ち去ってはもらえないだろうか? 身勝手な願いなのだが……」
「こちらこそ、ご迷惑を承知で匿っていただいてますし、早々に失礼させていただきますから」
「神父にはこれ以上迷惑は掛けないよ。ホントに……悪いね……」
 カルザスが神父に詫びると、シーアも小さく頭を下げる。
 セムの墓石の前で話しておった時にも感じた事だが、シーアはこの神父の事を全面的に信用しておるらしい。その口調や雰囲気から容易に察しできる。
 この者が心から信用しておる者など、カルザス以外には存在せんと思うておった。これだけ心を開ける者など……。
「疲れた顔をしているね。鐘楼の上の部屋でよく休みなさい。これくらいしかしてやれなくて申し訳ない」
「いえ、とんでもない。感謝します。遠慮なく休ませていただきますね」
 カルザスはシーアの背を押して奴を促す。
「オレは礼拝堂にいるからね」
 ジェレミーがにこりと笑みを浮かべる。
「神父。朝日が昇る頃におれたちは出て行く。挨拶はできないと思うけど……」
「ああ、分かった。無理を言ってすまないね。出来る事なら力になってやりたいのだが、こればかりは私の力も神の力も及ばない」
「いいんだ。神父、シーアとセルトの事……頼むよ」
 神父が頷くと、シーアは鐘楼へ向かう通用扉を開いた。
 無言のまま鐘楼のらせん階段を昇りながら、シーアは額を押さえる。
「どうかしましたか?」
「……何でもない。大丈夫……」
 らせん階段を昇り切り、鐘を打つための吹き抜けとなっている小さなフロアに、何の用途に使用されるものなのか、簡素な部屋がある。獣脂のランプの光量はさほどでもないが、この狭い部屋にはそれで充分だ。
 薄手のシーツを被せた固い寝台と背もたれのない椅子があるだけだが、多少の疲れを癒すにはこれで充分だろう。
 シーアはカルザスが部屋に入ると、錠を落としてその場に座り込んだ。
「あのぉ……シーアさん、本当に大丈夫なんですか? 今日は夕方からずっと外出してましたし、ちょっと正気を失っちゃったりしてましたし、相当お疲れですよね?」
 カルザスがシーアの前に屈みこむと、シーアはゆっくりと顔を上げる。
「……甘えてもいい……のかな……」
「いいですよ」
「それじゃ……甘えるけどさ、ホントはもう……動けないんだ。体が疲れてるのもあるけど、精神的に……限界、かな……?」
 壁に寄りかかったまま、シーアは項垂れる。カルザスはその肩を揺さ振り、顔を覗き込む。
「横になって休んでください。僕が……見張ってますから」
 後半は小声で耳打ちするカルザス。はっと顔を上げ、シーアはカルザスを凝視した。
「ジェレミーの事……信用してないんだ」
「それはあなたもでしょう?」
 辛そうにカルザスの手を借りて立ち上がり、シーアはベッドの縁に腰を下ろす。カルザスが頷くと、シーアはおとなしく横になった。ゆっくりと肺の中の空気を吐き出し、掌で目許を押さえる。

 随分顔色が悪い。精神的にも、肉体的にも、相当無理をしておったようだ。
「ジェレミーは確かにシーアの弟だ。けど、おれを憎んでいるはずなんだ。シーアとおれが惹かれあった事にはあいつも納得してたけど、おれが暗殺者だったせいでシーアを死なせてしまった事に怒り、ジェレミーは一人でおれのところに乗り込んできて、泣きながらさんざん罵倒してきた。恨まれる事はあっても感謝される事なんてないはずなんだ。十三年経ったからって、大好きだった姉を奪われた憎しみが、たったひとりの姉弟だったジェレミーから消えるはず、ないんだ。」
 胸の上に手を置き、シーアは顔を背ける。
「成長して、セムさんに起こった事実を受け入れた、という事は無いでしょうか?」
「有り得ない。有り得ないんだ。十三年前、おれのところに乗り込んできたジェレミーは、暗殺者仲間に捕まって行方知れずになってるんだ。それがこんなタイミングよく、おれの目の前に現れるなんて……」
 暗殺者に捕まり、暗殺者の密偵としてシーアに接近しているという事だろうか? 捕らえた民間の者を、そのまま生かしておく利点など、暗殺者たちにはないからな。
 カルザスはううんと唸り、腕を組む。
「ジェレミーさんに付いていきましょうって言った僕も恨んじゃってます?」
「そんな事ないよ。さすがにちょっと……どうしようかなって迷ったけどさ。カルザスさんが言うなら、おれはどこにでも行くよ。あんたはずっとおれに付いてくるって言ってたけど、おれの方があんたに付いていく。付いていってもいいんだよね? 袖、ずっと掴んでていいって言ってくれたよね?」
 眠そうに瞼を閉じかけたまま、シーアは口元を綻ばせる。そしてカルザスの服の袖を握ってきた。
「何か起こっても、僕がシーアさんを護ればいいだけですよ。安心してください」
「うん」
 微かな笑みを浮かべ、シーアは瞼を閉じる。
「……適当に……起こしてくれよ。交代するからさ」
「はい、お願いします」
 状況を打破できたとは言えんが、僅かでも休息を得られるならば、素直にそれを受け入れるべきだ。酷く顔色の悪いシーアを休ませてやりたいからな。
「ゆっくり、休んでください」
 幼い子供を寝かしつけるような柔らかい口調で言い、カルザスはベッドサイドの椅子に腰掛けた。

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