砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

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「シーアさんは、ウラウローの人じゃないんですよね?」
 無駄な会話は砂漠の旅では体力の消費を意味するが、連れがおるというのに、押し黙ったまま歩いているのも妙だと思ったのだろう。カルザスがシーアに問い掛ける。
 日よけの白い薄布を片手で押さえながら、シーアは僅かに顔をこちらへ向ける。
 大して値打ち物ではないのだろうが、硝子細工の耳飾りが、シャランと涼しげな音を発てる。
「たぶんね」
 素っ気無い返事をするシーア。
 すぐに親しくなれとは言わんが、もう少し愛想というものがあってもおかしくはなかろう。詩人なのだから。
「白い肌の人って、僕はあまり見掛けた事がなかったもので。北の方のご出身ですか?」
 再度カルザスが問うと、シーアは振り返りもせずに答える。
「どこの出身かなんて知らないわ。私、孤児だったから」
「あ、すみません……余計な事を聞いてしまって……」

 大人だけでも食べていく事が困難な砂漠の国ウラウローだ。余計な食い扶持を増やさぬために、わざわざすすんで子供を作る親は少ない。それでも年々増え続けるウラウローの人口。
 子供や老人などの弱者は必然的に衰弱死し、貧民層の娼婦など、想定外の妊娠で生まれてしまった赤子は捨てられる事も珍しくはない。
 異国民だと推測されるシーアも、その類の捨てられた子供だったのだろう。そして運よく生き残り、自ら働いて金を稼げるまでに成長した。そんなところか。
「気にしないで。人に憐れんでもらおうなんて思ってないし、私は自分の事もだけど他人の事にも固執するようなタイプじゃないから。だからこれ以上私の領域に踏み込んでこないでくれたら、別に怒ったりしないわ」
 舞いあがる砂から目を庇うように手を翳し、シーアは僅かに俯く。

「……今も、これからも……私は一人で生きていくから、他人なんて関係ないの」

 そう小さく呟くシーアの後姿に、俺は奴の寂しさを感じ取った。
 この女は気丈そうに振る舞う事で、本来の自分を隠そうとしている。本当は弱く脆いのに、強がっているだけなのだ。おそらくは。
 最初この女を見た時は、外見からか儚く弱い女だと思った。だが強い意思を思わせる口調から、やはり強い女なのだと感じた。
 しかしはじめに抱いた儚い女というイメージに間違いはなかったようだ。おそらく弱い自分を隠し、強がっておるだけなのだ。
 女は化けると言うが、シーアほど多面性をチラつかせる者は珍しいのではないか? 弱く脆いと見せかけ、実は強いと見せかけ、だがやはり儚い。一体幾つの顔を見せるのだ、この女は。どうもわざと真意をブレさせているようにしか感じられん。
 なぜ強がる必要があるのか。俺もシーアと同じで他人には執着しないため、別に知りたいとも思わん。俺が知りたいのは自身の事だけだ。俺はどこの誰で、そしてなぜカルザスの精神世界に意識だけの存在としてあるのか。知りたいのはそれだけだ。

「……シーアさん、何か辛い経験をなさったのですね」
 俺とは違い、何にでも興味を抱き、首を突っ込みたがるカルザスが、シーアにそう声を掛ける。
 カルザスに悪気など一切ないというのは俺には理解できる。だが、出会って間も無いシーアには分からなかったようだ。
 眉間に皺を寄せて鋭くカルザスを睨みつけてくるシーア。
「近頃の傭兵さんというのは、他人の過去を詮索するのもお仕事なのかしら? それともあなたの好奇心を満たす答えを返してあげなくちゃならない義務が私にあるのかしら? だったら知らなかったわ。悪かったわね、世事に疎い田舎者で!」
 露骨な皮肉をぶつけ、シーアは敵意を剥き出しにする。その様子に、カルザスは慌てて両手を振った。
「す、すみません! お気に障ったのなら謝ります。悪意があったとか、意地悪しようとか、そういうのは全然無かったんです。本当に、失礼な事を聞いてしまって、申し訳ありません」
 ぺこぺこと頭を下げるカルザスに毒気を抜かれたのか、シーアは呆けたように立ち竦む。そしてふいに軽やかに笑い出した。
「不思議な人ね、カルザスさんて」
「は、はぁ……?」
 確かにカルザスは不思議というか、妙な性格の持ち主だ。
 温厚でおとなしく、何事にも頷く事しか知らぬかと思えば、父親と家業の事で言い争って家を飛び出すというような強情さと行動力を持っている。そして何より、他者を性別や身分で分け隔てしないという、子供のような素直さを持ったまま、成長しているのだ。
 世間一般で傭兵たちは、なまじ腕に自信があるがために、粗暴な輩や態度が横柄な輩が多い。たとえ明らかに自分が悪かろうが、女や子供に頭を下げられる者などまずおらん。権力のある者や強い者にはへつらい、目下の者や弱い者には横暴である事が、世間一般に知られる傭兵たちの姿なのだ。
 シーアの目にも、カルザスはそのように映っておったのだろう。傭兵だと名乗っておるのだからな。

 シーアはまだおかしそうにくすくすと笑ったまま、先ほどとは打って変わって人懐っこい眼差しでカルザスを見つめてきた。
「私ね、本当は傭兵って大嫌いなの。態度は悪いし、図々しいし、私は詩人ですって言ってるのに金で買ってやるなんて言われた事もあるのよ。夜伽の相手が欲しいなら、大金ぶら下げて勝手に夜の街角に行きなさいって言ってやりたかったわ。カルザスさんの事も、町に着いたら護衛代金の代わりに体でも要求されるのかしらって疑ってたの。どうやって逃げ出せば波風立てないか、ばれないように上手く撒けるかって、そういう事必死に考えてたわ」
 ペラペラと、軽やかな声で饒舌に話すシーア。
「そ、そんな酷い事をするように見えちゃってたんですか、僕……」
 カルザスは少なからずショックを受けているようだ。
「うふふ。大丈夫よ。今は全然悪い人に見えないわ。カルザスさんはとってもいい人。傭兵にしておくの、もったいないわよ。だってカルザスさんたら全然傭兵っぽくないんだもの」
「はぁ、よく言われます」
 出会ってから初めて見せる朗らかな笑顔に、カルザスもつい頬を緩めて微笑を浮かべる。いや、元々こいつの顔は気合が足りずに緩みっぱなしだったな。
「カルザスさんみたいないい傭兵さんもいるのね。もうちょっと狡賢い方が世の中うまく立ち回れると思うんだけど、カルザスさんみたいな人が、あんなクズ傭兵たちの色に染まっちゃうなんて駄目よ。もったいないから」
 親しげな砕けた口調で、シーアは軽くウィンクする。声のトーンまで変わっておる。
 しかし……この女、やはり猫でも被っておったのか? 俺も他の傭兵たちの態度を良いとは言わんが、クズ扱いまではせんぞ。秀麗な見目と裏腹にこの口の悪さ、かなり歪んだ性格をしておるのかもしれん。
 儚く弱いかと思えば妙に強がっておったり、おとなしい女かと思えば平気で毒を吐いてくる。ある種カルザスと似て掴み所のない女だ。
「傭兵さんを雇えるような身分になったら、まずカルザスさんをご指名させていただくわ。他の馬鹿は即その場で却下ね。ふふっ」
「はぁ、ありがとうございます」
 一度打ち解けてしまえば、親密に会話できる性分らしい。それからシーアはすっかり打ち解け、砕けた口調になり、ベイに着くまでやたら愛嬌を振り撒きながら、くだらん世間話に花を咲かせておった。

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