砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

   Lunatic

     1

「あら。もう帰っちゃうの?」
「あ、はい。今夜からまた護衛の仕事をいただきましたので」
「そう。じゃあ仕方ないわね。また遊びに来て。歓迎するから」
 にこやかにシーアに会釈し、カルザスは立ち上がって壁に立て掛けてあった長剣を手にする。
 シーアが暗殺者に狙われているのではという、カルザスの思い込みを何とか訂正し、この女……いや、女詩人として振る舞うこの男とようやく縁を切れるかと思っていた俺は、なぜか変わらず毎日、奴の元へと通うカルザスに疑念を抱いていた。

 ──おい、カルザス。貴様、なぜあいつの元へ飽きもせずに通っておるのだ? お前に歌を聞くなどという芸能的趣味もセンスも無かったであろう?
 シーアが詩人として働く酒場兼宿屋を出てから、俺はカルザスに問い掛けてみた。カルザスは周囲を歩く者たちを気にしながら、小声で俺に返事をする。
 小声になるのは無理もない。俺の存在はカルザスにしか分からんのだから、俺と対話するカルザスは、第三者の目には独り言を呟いているようにしか見えん。不審者扱いされてはかなわんからな。
「シーアさんの事で、少々気になる事がありまして」
 ──気になる事?
「はい。まだ僕の勘の域を出ないのですけれど、あの方は心を病んでいます。大きな苦しみに、もがいているように見えるのです」
 何を言い出すかと思えば……。
 俺も奴の憂愁を感じはしたが、人間なら誰しも、大なり小なりといった悩みや苦しみを持っているものだ。それはカルザスとて同じ。他人のそれらをいちいち気にしておっては、こちらの身が持たんではないか。
 全く何を考えておるのか理解に苦しむな、この男。体を共有しておっても、所詮カルザスと俺は赤の他人という事だ。互いの思考を全て理解するには至っておらん。
「明るく振舞っていますが、それは本音を隠す仮面のように見えます。でも僕といる時、その仮面を僅かに外そうとなさっているのです。僕が傍にいる事で、少しでも苦しみが癒えるというなら、傍にいてあげたいのです」
 ──上辺だけの優しさなど返って無意味であり残酷だぞ。シーアにかかずらっている事で、奴の苦しみが癒えているというのは、それはお前の思い込みでしかなく、所詮自己満足に過ぎんのだろう?
「違いますよ。本当にシーアさんは苦しんでいます。自分の苦しみも嘆きも、全てを自分の中へ抱え込んでしまおうとしています。生き方が不器用なんですよね。全部抱えるなんてそんな事、普通の人では絶対できないんです。それを隠そうとしているのが辛そうで痛々しくて……」
 馬鹿らしい。俺は一瞬呆れたが、ふと、過去のカルザスの行動を思い出した。
 カルザスは誰にでも親切に接し、そして人当りも良いのだが、本来は他者に深入りするような性分ではない。ある一定以上の親密な関係になると、相手を傷付けないように徐々に距離を置き、立ち去る。決して自分の全てを赤の他人にさらけ出さないのだ。
 そんなカルザスが、シーアに対してだけは正面から向き合おうとしている。正直な自分をさらけ出している。興味を抱いて、近付き、寄り添おうとしておる。
「あの方は表面的な形だけで物事を見ません。自分の心も姿も偽り続けています。そんなシーアさんが、僕なんかに気付かれてしまうような弱みを見せたんですよ? 内に秘めた負担となっているもの、僕が少しでも取り除いてあげなければいけないじゃないですか。気付いてしまった者の責任です 。だから僕は本音であの方に接します」
 言われてみれば、シーアのカルザスに対する態度は変わった。
 以前は好意的ではあるものの、身上などはどんなに問うても答えはせずにはぐらかして、自分の領域には決して踏み込ませないでいたのだが、最近は問われた事柄には少し考えるような素振りは見せるが、素直に答えるようになった。むろんそれが嘘か誠かは分からぬがな。
 一人で生きていくと強がるシーア。その言葉を口にするたびに、孤独や不安、憂いや絶望に嘆き、喘いでいるように見えた俺だが、カルザスも同じようにそれを見出していたらしい。
 シーアは幼い頃に捨てられたと聞く。天外孤独なシーアには、カルザスのお節介な程の人の良さが心地よいのだろう。親や兄弟といった、家族の愛情に似たものになぞらえ、それらを欲しているのかもしれん。
 俺がやめろと言っても、カルザスはシーアの元に通い続けるだろう。だが……奴の心の憐憫を考えれば、俺も奴の元に通うという行動に嫌気はささぬ。俺も心のどこかで奴を救ってやりたいとでも思っておったのか? ふっ、俺も甘いものだ。

 カルザスもシーアも、互いに流れ者の身。いつまでこの町に滞在するのかは分からんが、カルザスの気が済むまで好きにさせてやってもよい。
「僕も世渡り上手って訳じゃないですけど、生き方の不器用な方を放っておけない性分ですから」
 ──好きにしろ。ただし俺の忠告も聞くのだぞ。
「はい。それなりに」
 ──おい! その『それなり』とはどういう了見なのだ! 俺を軽んじておるのか? おい、カルザス。聞いておるのか!?
 俺の言葉を故意に無視して、カルザスは足取り軽く、自らが宿泊している安宿に向かった。くそっ……小僧にあしらわれたようで面白くない。

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