砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

     2

 片足に重心を乗せ、一見すれば隙だらけといった様子でこちらの出方を窺っているのは、あの時ティケネーを殺害した暗殺者に間違いない。こういった場面に習熟していなくとも、解き放たれた殺気はあの時と同一のものであると確信できる。
 ただ唯一の違いは、奴があの時のような狂気に彩られた無防備な殺意でなく、冷静で慎重な、研ぎ澄まされた殺気を放つだけで動きが無いのだ。

 日が暮れる前に、カルザスは新しい依頼者のローガスに複数の傭兵を邸内に配置するように進言している。ティケネー殺害の件を知っているローガスは、カルザスの案を素直に聞き入れ、暗殺者に対する防御策を、考え得る限り張り巡らせてある。
 ローガスが暗殺者に対し、極端に慎重になり、怯えておる原因は、ティケネーの事件、そして奴の殺害方法を知っているからだ。そう、ローガスはティケネーの片腕として働いていた商人だった。ティケネーが殺害された今、次に狙われるのは間違いなく自分だと察し、莫大な金を注ぎ込んでベイに駐留する傭兵たちを掻き集めたのだ。
 死んでしまったティケネーには悪いが、一度暗殺者と剣を交えたという経験のお陰で、カルザスはこうして仕事にあり付けたとも言える。
 カルザスが斡旋所から依頼を引き受け、護衛としてローガスの屋敷に泊まり込んだその初日に、暗殺者はやってきた。しかもティケネーの時と同一のだ。そう何人も暗殺者がおるなど考えたくはないが、あの暗殺者を捕えたいと思っておったカルザスにしてみれば、まさに渡りに船といえよう。
 だが短期間で二度も暗殺者と対峙する事になろうとは、運が良いのか悪いのか、判断に苦しむな。

「今日は油断しません。逃がしませんからね」
 邸内の最奥、本来ならローガスの寝室に当たる部屋に、今、カルザスは暗殺者と二人きりである。
 これもカルザスの案だ。
 いつも通りローガスは寝室で休んでいるのだという素振りを見せ、本人は日が暮れてから闇に乗じて別宅へと移動させた。むろん、どこに暗殺者の目があるとも知れんゆえ、不審だと感じとられない程度の、最低限の護衛を付けてだ。
 暗殺者が侵入してきた窓には突貫で作らせた格子が降り、そこからの脱出は不可能である。そしてあまり考えたくはないが、カルザスを殺害して部屋の外へ出たとしても、複数の傭兵たちが波状攻撃を加える手筈となっている。
 カルザスは最も危険な先鋒を自ら買って出たのだ。今度こそ逃がさないというカルザスの決意は本物だ。
「あなたはもう逃げられません。観念なさってください」
 カルザスが剣を抜くと、暗殺者は皮の手袋をはめた手で、すっと片腕をなぞる。そのまま無造作に下ろされた手には、刃渡りの短い薄刃の短剣が逆手に握られていた。どうやら袖に仕込んでいたらしい。

 暗殺者が僅かに身を捩った刹那、カルザスは強く床を蹴った。一瞬で剣の間合いに暗殺者を捕らえるが、暗殺者は軽く後方へと跳んで距離を置く。
 カルザスめ、何が何でも奴を捕らえると言っておきながら、随分甘いものだ。まだ全力を出そうとせん。この者、余力を残したまま対峙できるような、甘くぬるい相手だとは思えんのだがな。
 追撃するかのように跳び込み、カルザスは横一閃に剣を振る。だが暗殺者は最小限の動きでそれを避け、短剣の柄で刃を弾いた。
 暗殺者め、完全に遊んでおるな。
 覆面の口許が微かに歪み、奴がカルザスを嘲笑ったかのような錯覚を起こし、俺は頭に血が昇る。む、う……俺が逆上してどうするのだ。
 だがカルザスも見くびられたと感じたらしい。剣を握る手に力がこもる。
 普段は温厚でおとなしく、冷静に状況を見極めるのだが、一度頭に血が昇ると見境がなくなる傾向があるのだ。思い込んだら周囲が見えなくなるといった、カルザスの短所の一つだ。
「逃がすものですか!」
 両手で剣を握り、連続して斬りつけるカルザス。それを楽しむように身を捩って避けながら、あるいは短剣で弾きながら、暗殺者はカルザスをから
かうように室内を逃げ回っている。
「……くっ!」
 カルザスが力任せに剣を振り下ろすと、暗殺者は信じられないような体勢でそれを避け、カルザスの肩を片手で弾くように突き飛ばした。崩れた自身の体勢を戻すための反動でもあるのだろう。
 振り下ろした剣の方へと重心が寄っていたため、カルザスは無様に膝をつく。奴がその隙を見逃すような者ではない事は、カルザスをからかう程の余裕を醸す今までの動きを見れば明らかだ。暗殺者が素早くドアから外へと逃げ出した。
「追います!」
 カルザスが剣を鞘に収めながら表へと飛び出す。すると他の傭兵たちが一斉に屋敷の外へと向かって走っていた。
 まさか……あの暗殺者はこの傭兵たちを全て交わして逃げおおせたというのか? いや、奴の身の軽さならそれも可能かもしれん。ローガス邸の庭
には、奴が手先を引っ掛けて移動できそうな建造物がいくつもあるのだからな。
 カルザスは舌打ちして、他の傭兵たちと共に屋敷を出た。

 依頼人を暗殺者から護るという依頼だけなら、もう達成しているのだ。あえて深追いする必要はないのだが、カルザスはそれを良しとしないだろう。
 俺としてもああも容易く弄ばれて、あっさりと見逃してやる気にはなれん。俺も頭に血が昇ったカルザスの思慮の浅さを笑ってはおれんな。
 呼吸を乱さないように、だが全力に近い早さで深夜のベイの町を駆けるカルザス。その足取りに一切の迷いはない。
 ──暗殺者の行方を知っているかのような足取りだな?
「どこへ向かったのか、だいたい見当は付きましたから」
 走りながら言うカルザス。
 ──分かったなどと……また勘か?
「いえ、確信です。さっき肩に触れられた時に分かりました」
 信じられん。その程度の事で、なぜ暗殺者の逃げた先が分かるというのだ?
 俺が怪訝に思っていると、カルザスは見覚えのある建物の裏手から侵入し、人目を避けて階段を駆け登る。そして一つの部屋のドアを迷いもなく開けて身を滑り込ませた。
 この部屋の主があの暗殺者だというのか? 無用心にも鍵を掛け忘れたのか、それとも鍵など必要としないのか……後者なら、他に仲間がいるのか
もしれん。気を抜く訳にはゆくまい。

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