砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

  小さな純真

     1

 腹に圧迫感を感じ、俺は目を覚ます。
 ん? 俺が……か?
「兄ちゃん、サボり?」
 目を開くと、銀色の髪の活発そうな子供が、俺の腹の上に圧し掛かっていた。
「サボりじゃないよ。ちょっと休憩してただけだから」
「それってやっぱりサボりだよ。マリスタ様に言っちゃおーかな?」
「そ、それは黙っててくれよ、アイセル」
 マリスタにアイセル? するとここはエルスラディアなのか?
 赤子だったはずのアイセルが成長しているところを見ると、これは以前見た夢の数年後なのか? しかし似たような夢を立て続けに見る事があるとは、不可解な事があるものだ。
 そういえば夢の事をカルザスに相談してみようかと思っていたが、シーアの事があり、すっかり忘れてしまっていた。機会があれば話してみてもよいかもしれぬ。
 しかもどうやら俺は今回、マリスタに憑依しているのではないようだ。会話から察するに、赤子のアイセルを抱えていた少年、確かアーネス、だったか。俺は今、そのアーネスに憑依しているのではなかろうか。
「じゃ、マリスタ様には言わないからお願い聞いてくれる?」
「下界に連れていけっていうのは駄目だぞ」
 どうやら図星だったらしく、アイセルはぷっと頬を膨らませる。
 俺は子供というものはあまり好きではないが、こういったいかにも幼い仕種はなかなか愛らしいものだな。
「下界の奴らか?」
「この間、また遊びに行くねって約束したんだもん」
 膨れっ面のまま、アイセルは素直に答える。
「アイセル。下界の奴らと俺たちは、関わっちゃいけないんだ。マリスタ様も仰っていただろう?」

 ふと思ったのだが、俺がアーネスたちの夢を見る事に、何か特別な意味があるのだろうか? そしてカルザスの中に精神だけの存在として在る事も、何か意味のある事なのだろうか?
 そうだとすれば、なぜ俺でなくてはならんのだ。記憶を失い、自分の事を何一つ知らぬ俺に、何ができるというのだろう? それを知る事も、俺の宿命なのだろうか。
 以前も思い当たった事だ。この事を考えると、酷く不快な気分になり、同時に訳もなく罪の意識に苛まれるような気がしてくる。俺は実体を持っていた過去に、何かとてつもない失態でも仕出かしたのかもしれん……。
「どうして駄目なの? ここには兄ちゃんもマリスタ様もいるけど、友達はいないよ?」
「友達ったって、魔法の使えない低能な奴らだろ?」
「違うもん。魔法は使えないけど、見た目は兄ちゃんやマリスタ様と違わないもん。一緒だもん」
 ムキになって答えるアイセルだが、俺はこの者の意見にどきりとする。
 俺が伝承か何かで、見聞きした記憶のある古代魔導帝国の者たち、つまり魔導師たちは、魔法という力を持たない者たちを蔑み、嘲っていたとある。伝承が必ずしも正しいとは言い切れぬが、アーネスやマリスタの思考や行動は、その伝承の中の魔導師の行動を裏付ける。今、アーネスははっきりと『低能な奴ら』だと言い切ったのだからな。
 だがアイセルはそうではない。幼いがゆえに深い事情を知らぬ事もあるだろうが、能力の有無だけで他者を差別しておらん。
「あいつらは魔導師じゃないんだ。俺たちは魔法を使えない低能な奴と関わっちゃ駄目なんだよ」
「魔法を使えないのが駄目なら、ぼくも駄目なの? ぼく、魔法使えないもん」
 俺、いやアーネスは口篭もる。
 アイセルは……魔導師ではないのか? 俺は以前見た夢を思い出す。
 アーネスの拾ってきた赤子。下界の風は合わないと言っていたマリスタ。魔法を使えないと言うアイセル。
 アイセルは……魔導師ではなく下界の者、カルザスたちと同じただの人間なのか?
「……アイセルは俺の弟だよ」
 それだけ言い、アーネスは立ち上がって衣服の土を払い落とす。
「魔導師は魔導師でない者との混血によって、その力を失うんだ。だから魔導師でない者と深く関わっちゃいけない。お前だって、マリスタ様から習っただろ。お前が下界の者なら、俺もマリスタ様もお前の傍にはいない」
 混血により力を失うという事は、魔導師同士で交わらねばその血が絶えるという事を指しているようだ。俺の知る限り、魔導師はマリスタとアーネスと……二人だな。アイセルの言葉をそのまま鵜呑みにするならば、この者は恐らく魔導師ではない。アーネスは隠そうとしておるようだが。
 マリスタは魔導師の血の消滅を避けるために……自分たちを隔離するために、空中都市であるエルスラディアを築いたのだろうか? だが子孫を残すためには、女の魔導師がおらねば、いずれにせよその血は絶えるはず。
「こーんな大きいおうちに、ぼくたち三人だけだなんてつまんないよ。友達みーんな呼ぼうよ、ね?」
 両手を広げ、愛らしく微笑むアイセル。アーネスはキッとアイセルを見、叫ぶ。
「駄目だって言ってるだろ!」
 アーネスがアイセルに怒鳴りつけると、泣き出すかと思われたアイセルは負けじと頬を膨らませ、アーネスを上目使いに見上げる。
「じゃあ、ぼくは一人で下界に行く! ぼくは魔導師じゃないもん! 兄ちゃんやマリスタ様と一緒にいちゃいけないんでしょ! もう兄ちゃんって呼んじゃいけないんでしょ! いいもん、ぼく一人で!」
 目に涙を浮かべ、アイセルはアーネスを見上げている。自分は〝同じでない〟と、自覚しておるのか……この子供。

 アイセルは俺が思っていた以上に、気丈な性格の持ち主らしい。自分の存在が否定されれば、どこへも行き場所がない事くらいは分かるはずだ。幼いながらも利発な口調から察して、可能性を理解していてもおかしくはない。
「ア、アイセルは俺の弟だよ。ずっと俺を兄ちゃんって呼んでいいんだ。どこにも行かなくていいんだ。アイセルはただ……生まれた時から魔法が苦手なだけなんだよ」
 俯いたまま、アイセルはアーネスの袖を掴む。人ごみの中、母親から離れまいとする幼子のようだ。
「……兄ちゃん」
「俺はアイセルが大好きだし、アイセルだって俺やマリスタ様の事、好きだろ? どこにも行かないでいいんだよ」
 取り繕うかのようにアイセルの顔色を窺うアーネス。
「……うん」
 ひとまず納得したのか、こくりと頷き、アーネスにしがみついてくるアイセル。やはり子供は子供。勢いで噛み付いたはいいが、不安で仕方なかったのだろう。
「……今日だけ……今日だけ、特別だぞ。もう頼まれても連れてってやらないからな、下界」
 アーネスは苦笑し、アイセルの髪を撫でながら囁く。
「下界……いいの? 友達と遊んできていいの?」
「マリスタ様には内緒だからな」
「うん!」
 笑顔を取り戻し、アイセルはアーネスを見上げた。よくよく見れば非常に愛嬌のある愛らしい顔立ちだな。なんとなくだが、この笑顔をどこかで見た事がある気がする。
 アーネスはアイセルの手を引き、魔導都市の端までやってくる。そして両手をそっと差し出して、聞き慣れない言葉を紡ぎ出した。呪文、というものだろうか? あいにくとウラウローには魔法という学問が発展しなかったため、アーネスの言葉がまるで理解できぬ。
 アーネスの手から零れ落ちるように滴り落ちる白い水は、光の帯となり、遥か下に見える湖と繋がった。
 何とも幻想的な情景だ。
 俺が感心していると、光の帯は光量を増し、みるみる俺の視界を白く染めてゆく。あっと声をあげる間もなく、視界が完全に真っ白になり、俺は微かな頭痛を感じて意識が遠のいた。
 アーネスから……意識が剥がされてゆくようだ……。

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