砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

     2

 肌が全て鱗に覆われた男と、奇妙に尖った獣のような耳を持つ女がいる。正確な年齢は分からぬが、どちらもまだ大人というには無理のある年齢だろう。人の姿はしているが、人間らしからぬこの者たちは一体?
 しかし妙だな。おれはこの異形の者たちに見覚えがある気がする。いつかの魔物と同じく、ウラウローには存在すらせん生物だというのに。
「アイセル!」
 突然の大声に俺は振り返る。いや、俺の憑依している者が、だ。
 今、アイセルと呼ばれ、俺の憑依している者は振り返った。つまり、俺は今、アイセルの中にいるというのか?
 向こうからやってくるのはくすんだ灰色の髪の青年だ。あの髪色……アーネスか?
「またここにいたのか! いい加減にしないと、下界との道を閉ざされるぞ」
「ごめん兄さん。でもね、テティスとルネと約束してたんだよ」
 アイセルは謝るが、アーネスはむっとした表情をしている。本気で怒っている訳ではないだろうが、機嫌がよい訳ではないらしい。

 アーネスの姿、アイセルの口調、この二つから察するに、エルスラディアではまた時が流れたようだ。幼子だったアーネスたちが成長するほどのな。
 再び俺がエルスラディアの夢を見ているという事は、やはり何か意味があるのだろう。それはまだ全く見当もつかんが、俺の実体を探し出すヒントにでもなるのだろうか?
「アーネス様ごめんなさい。あたしがこの前、アイセルに次はいつ会えるのって聞いたから……」
 獣のような耳の少女が目を伏せる。
「俺だってアイセルにまた来いよって言ったんだ。アイセルを怒らないでやってくれよ」
 鱗の肌を持つ少年がアーネスに頭を下げる。
 アーネスは嘆息し、アイセルを見る。そして肩を竦めた。
「魔法の講義ってのはお前にとってはつまらないだろうけど、こう頻繁に講義を抜け出して下界に降りてくると、マリスタ様だってその内お怒りになるぞ」
「だからごめんってば。テティス、ルネ。おれ帰るよ」
 ルネと呼ばれた少女が不安げに俺を、いや、アイセルを見上げる。
「もう来られないの?」
「大丈夫だよ。またこっそり抜け出してくるから」
「アイセル。お前、俺の前でそういう事を言うか?」
「そんな事言ってるけど、どうせまた気付かなかったフリして見逃してくれるでしょ」
 アーネスは無言のまま、視線を逸らしている。

 どうやらアイセルは随分としたたかな性格に育ったらしい。アーネスがすっかり手玉に取られている事から、奴はアイセルを相当甘やかして育てたのだと容易に察しできる。
「ルネ、俺たちも帰ろう。魔導師様はご機嫌ナナメみたいだし」
 テティスと呼ばれた少年がアーネスを茶化すように言う。
「もうっ、テティス。そういう言い方は失礼よ。ごめんなさい、アーネス様」
 テティスをたしなめるルネ。この少女の方が少年より強い発言力を持っているようだな。よくよく見れば、この少女が一番年上らしい。歳の順で言えば、アーネス、ルネ、テティス、アイセルといった順か。
「おれはテティスもルネも大好きだよ。親友だ。だからまた来るよ」
 アイセルが言うと、ルネは僅かに頬を紅潮させて頷き、テティスは唇の端を上げて小さく手を振る。
「帰るぞ、アイセル」

 アーネスに手を引かれ、アイセルは歩き出す。先ほど道とか言うておったが、アーネスはマリスタのように空を飛んで空中都市に帰るのではないのか?
 異形の姿をした二人の姿が見えなくなった頃、アーネスはこちらを振り返る。
「下界の人間とあまり親しくなるなよ、アイセル。エルスラディアは、今はまだこの地に留まってるけど、またいつ移動するか分からないんだ。嫌だって言ってもいずれ下界の奴らとは別れる事になるんだからな」
「ねぇ兄さん。おれは兄さんと違ってマリスタ様の後継者にはなれないんだよ? おれ、ね……エルスラディアを降りて下界で暮らそうかって思ってるんだ。下界にはルネやテティスがいるし」
「馬鹿な事を言うな。テティスもルネも獣人だ。人間ならまだしも、更に下等な獣人と暮らして何が楽しいんだ」
 獣人……? 人の形をした人でないあの者たちは、獣人というのだろうか?
「兄さん、本心じゃない事、言わない方がいいよ。兄さんだって、獣人は下等な者っていう考え方に疑問を持ってるんでしょ?」
「それは……」
 幼い頃のアイセルにも感じた事だが、この者は随分と鋭く際どい物言いをする。他者を見た目や生まれで判断しないという、カルザスと同じ思考。状況に流されぬ、強い意思を秘めておるのだな。
「……獣人なんて過去の魔導師の道楽で作られた下等な生き物だよ。マリスタ様が仰ってたろ。あいつらと付き合うなら、まだ人間と付き合ってる方がマシだ」
 なんと。魔導師とは、命を作り出す事も可能なのか?
 カルザスのおる時代では存在せぬ魔法という能力。これほどまでに優れたものだったのか。魔法という能力やその知識のない俺にも、命を作り出すという事がどれほど難しいのか分かるぞ。
 瀕死だった赤子のアイセルの命を救ったマリスタ……これで合点がゆく。
「獣人なんて、人間にすらなれなかった出来損ないだ」
「そういう事、言わないでよね。ルネが獣人だろうと何だろうと構わないんだ。おれはルネが好きだから。テティスだって、無二の親友だよ」
 癇にさわったのか、立腹した様子でアイセルがアーネスの腕を振り解く。
「……悪かったよ、アイセル」
 アーネスはその場に立ち尽くしたまま言う。こちらを見ては来ぬが、言い過ぎたと反省しておるのだろう。その背が告げている。
「いつか……魔導師も人間も獣人も、そういう隔たりっていうのがない世界になればいいのにね、兄さん」
 俺……いや、アイセルの言う隔たりのない世界とは、カルザスたちの時代を指しているのだろうか?
 ウラウローには人種による差別はない。カルザスのようなウラウロー独特の肌の色と髪色を持つ者、シーアのように明らかに異国の者という容姿を持つ者、様々な人種がウラウローにはいる。だが異国の者だから、肌の色が違うからという理由により差別されるような事はない。
 ……いや、貧富の差による格差はあるな。では隔たりのない世界とは、どのような世界を指して言うのだ? 俺の知識の中には……存在しない。
「隔たりのない世界……そういう時代、くると思う?」
「……ないものは作り出せばいい」
 早口にそう呟くアーネス。
「……俺が……手伝ってやるから。お前が望むなら、俺が手伝ってやる」
 くぐもった聞き取り難い声でアーネスはそう口にし、脇目も振らずに歩き出した。
「兄さん、ありがと! おれ、兄さんも大好きだよ!」
 アーネスの言葉に満足したのか、アイセルは嬉しそうにアーネスの腕にしがみ付いて笑みを浮かべた。

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