砂の棺

白い砂と高い岩山に囲まれた国、ウラウロー。
傭兵を生業とする青年カルザスは、ある日、謎めいた美麗な詩人シーアと出会う。
この者との出会いをきっかけに、ウラウロー全土を巻き込んだ、過去から連なる歴史と秘密が紐解かれていくのだった。

なろう版

     2

 路銀を稼ぎながら北へと向かうカルザスとシーア。路銀が調達できたとしても、国境にある険しい岩山を越える事は困難だ。相応の準備が必要となる。
 雪の降る国へと辿りつくには、まだ随分と日数が掛かりそうだな。
「僕は仕事を探してきますけど、シーアさんはどうなさいますか?」
「あ、うん……どうしようかな」
 ベッドの上で膝を抱えたまま、シーアは気のない返事をしてぼんやりとしておる。
 オグダムから見て北西に位置するラクアの町だ。過去はそれなりに栄えたらしいが、今は随分と寂れてしまっている。寂れた原因は人口の少なさ、特に若者が少ないせいもあるようだ。

「ラクアに来てから、様子が変ですよ。体調でも崩されましたか?」
 シーアは首を振り、胸の中につっかえていたものを吐き出すように、長い溜め息を吐く。
「驚かないでよ……」
 そう前置きし、シーアは顔を上げる。
「この町、暗殺者の総括となる本部があるの」
「ええっ? そ、それ本当ですかっ?」
「嘘吐いても仕方ないでしょ。驚かないでって言ったのに」
 頬杖をつくシーア。驚くなと言われても、驚かない方がおかしいだろう。シーアを狙う追っ手どものお膝元なのだぞ。
 まだ直接的な襲撃などはないが、シーアが仲間に対して裏切り行為を行おうとしておる事は確実に知られておる。定期連絡も途絶えておるし、胡散臭げな場所では、暗殺者特有の監視の目というものを、シーア本人が感じ取っておるのだから間違いない。
「本部と言っても、昔の本部だけどね。今は一部の機能を残した単なる中継地点に過ぎないわ。現在の暗殺者の本部は別の町にあるから。ラクアが昔に比べて寂れたのは、暗殺者たちが別の町に移ったからっていうのも原因の一つよ。奇妙に思うかもしれないけれど、ラクアの経済を回していたのは暗殺者組織なの」
 肝を冷やしたぞ。暗殺者の本部がある町になぞ、一刻たりとも長居したくないものだ。たとえそれが元本部であろうとな。
「……十年と少し前に、当時の頭首が殺されちゃったのよね。暗殺者が暗殺者に殺されたんだから笑い話だわ」
 シーアが皮肉っぽく口許を歪める。
 暗殺者の頭首が殺されただと? 確かシーアが前頭首を殺害し、頭首代行となったはず。すると……。
「あのぉ……その前頭首さんを殺害した人って……その……シーアさん……でしたよね?」
「ふふっ。はい、ご名答。犯人は私よ」
 他人事のように笑い、シーアが軽く挙手する。
「そ、即刻出発しましょうっ! 今日中に、いえ、遅くても午前中にラクアを出ていきますからねっ!」
「そう、心配しなくても大丈夫よ。追われてる裏切り者が、わざわざ足のつくようなところに来るとは誰も思わないでしょ」
 シーアはベッドに腰掛けたまま壁に背を預け、ぼんやりと天井を眺める。
「それに他の暗殺者代行が出てこない限り、下の方の暗殺者が束になったって、私の相手なんてできるはずないもの。私の相手が出来るレベルの奴なんて、そうそういないから安心していいわ」
「それでも、ですね」
 カルザスがシーアを説得しようとするが、シーアは動こうとせん。一体どういう神経をしておるのだ。
「……別に懐かしんでる訳じゃないんだけど、ラクアは一応……私の育った町だからね。もうちょっとだけ、ここにいたいの」
 窓から入ってくる微風に、心地良さげに目を細める。
「……辛かった修行とか、思い出したくもない虐待の事とか、いろいろあるわ。嫌な事ばっかりで、ラクアという言葉を聞くだけで全身が総毛立つの。血に染まった私の過去が、ここにはある。ここにいる限り、嫌でもそんな過去が蘇るわ」
「シーアさん……それなら尚更……」
「……いいの、それでも」
 辛い過去しか思い出せん町に、何を好き好んで滞在せねばならんというのだ。酔狂な奴め。
「……そういう訳だから、私はあまり出歩きたくないの。でもしばらく留まりたい。ごめんね、ワガママ言って」

 窓から流れ込んでくる風は心地よいが、日が落ちれば凍てついた刃のごとき風となる。まるで……シーアだな。
 明るき日の下では天使のごとき歌声で人々の心を和ませ、だがひとたび日が落ちれば悪魔となり、人々を恐怖に陥れる。大空を舞う鳥のように自由気ままで、誰の手も届かぬ存在。だが、翼を休めるべき枝を……留まる事の許される場所を、カルザスの元に見出そうとしておる。
 カルザスは身を乗り出し、シーアの顔を覗き込む。
「本当に……大丈夫なんですか? 絶対、見つかりませんか?」
「私が危険な目にあったら、カルザスさんが助けてくれるんでしょ?」
「避けられる危機は事前に回避すべきです」
 シーアは目を細め、胸元を両手で押さえる。
「……必要以上に出歩かないようにする。だから少しの間でいい。この町にいさせて」
 真っ直ぐにカルザスの目を見つめてくるシーア。どんなに説得しようとも、決して意思を曲げようとせんだろう。カルザスと同じで強情だからな、シーアは。
「……分かりました。シーアさんが納得されるまで、ここに滞在しましょう。僕がしっかりシーアさんを護ればいいだけですから」
「ありがと。感謝するわ」
 シーアの微笑に、カルザスはつられて頬を緩める。

 全く甘い男だな。まだ暗殺者の恐ろしさが分かっておらんようだ。しかもシーアも、元同業者の事を理解しておらんような気さえしてきたぞ、俺は。奴らはどこに隠れていようと、着実にこちらのにおいを嗅ぎつけてくるに決まっておるではないか。
「では、僕は傭兵の仕事を探してきます。なるべく短期間で終わるものを探すようにしますね」
「ええ。私はここでおとなしくお留守番してるから」
 シーアが手を振る。だが思い出したように手を打った。
「そうそう。昨夜思ったんだけれどね。私、ウラウローを出たらちゃんとした男に戻ろうかと思うの」
「そうなんですか? シーアさん、お綺麗ですのに」
「やぁね。お世辞を言っても何もサービスしないわよ」
 シーアはベッドから足を下ろし、カルザスを見上げる。
「そしたら、カルザスさんに剣術を教えてもらいたいの。私、長剣って使えないから」
「でも刃物の扱いは慣れてるじゃないですか。刃を水平にして、肋骨の隙間を狙い澄まして突いてくるっていうのは、力の無い人でも熟練した剣士相手に充分対抗できる戦法ですよ。僕もですけど、傭兵とか剣士って、力任せに上から斬り付ける事を優先に考えますからね」
 カルザスの言葉に頬を引き攣らせるシーア。カルザスの言うように、シーアに刃物は最高のパートナーだと思うのだがな。むろん悪い意味でだ。
 初めてシーアと対峙した時、シーアは短剣を水平に構えておったからな。これがただの強盗や盗賊なら、真正面で刃先を立てておるものだ。
「それって皮肉か悪口かどっち? 私流で刃物を使うと、まず間違いなく相手の命がなくなっちゃうから、そうならないように教えてって言ってるのよ。殺害用じゃなくて護身用」
 シーアがむくれた表情を浮かべて不平と希望を述べる。
「そういう事ですか。僕が先生でよければ幾らでもお教えします。僕の剣術も、多少我流が入っちゃってるんですけどね」
「ええ、よろしく。でも詩人は辞めないからね」
 剣を持つ限りは相手の命を奪う可能性があるのだが、シーアはあえてカルザスから剣術を習う事で、自分の戦闘スタイルを変えようとしておるのだろう。
 なるほど、考えたな。
「それじゃ斡旋所にいってきます。ええとー、戻るのは夜遅くになると思うので、先にお休みになっていてください」
「分かったわ。いってらっしゃい」
 シーアに見送られ、カルザスは宿を出た。
 来る時は寂れた物悲しい町だとしか思わなかったラクアの町だが、以前に暗殺者の本部があったという事を聞いてしまったせいか、この静けさが随分と薄気味悪く感じられるな。何事も起こらぬ事を願うばかりだ。

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