Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     5

「では、取り決めに従い、登録は抹消、除名処分となる」
「はい」
 俺は素直に頷いた。だがファニィは納得していないようで、補佐官席から勢いよく立ち上がる。
「彼はあたしのチームメイトよ! リーダーであるあたしの承諾もなしに勝手に抜けられるのは困るわ!」
「だが今の彼は何の能力も持たない一人の青年に過ぎない。そのような者を組合に置いておく訳にはいかない」
「それでも!」
「一時の感情に流されるな、補佐官であろう!」
 元締めの一喝で、ファニィが悔しそうに黙り込む。

 俺はコートの工房へ向かう途中、螺旋階段が壊れている事に気付かず、そのまま地下まで落下した。体の半身を強く打ち付け、腕は骨折。頭も打ったが、幸いな事にこっちは骨折も脳挫傷もなく、こめかみを切った程度で済んだ。
 だが……出血による意識混濁によって、俺の中にいるという炎の魔神が、俺の体を乗っ取ろうと本格的に疼きだしたんだ。あのまま誰も来なかったら、コートが純白魔術で魔神を封じなければ、俺は俺としての命が消える事になっていた。
 前触れはあったんだ。魔神の活動が活発化した予兆は。
 タイガーパール奪還作戦の頃から、俺は唯一使える炎の魔法のコントロールができなくなっていた。いくら威力を抑えようとしても、俺の使おうとする以上の炎が噴き出してしまうようになっていた。その時は単純に構成紋章の構築式を間違えただけだと思っていたんだが、実際は違った。魔神の動きが活発化し、炎の力、魔力が俺の術式だけでは制御しきれなくなって、暴発していたんだ。
 その時点で魔神の動きに気付いて純白魔術による魔神封印を行っていれば、別の結果がでていたかもしれない。だがあの生死の境を彷徨う最中になって、ようやく魔神の動きに気付いた俺は、全てがもう遅かったのだと気付いた。だから俺を心配してやってきたコートに〝全て〟を封じるように頼んだんだ。
 俺の持ち得る、全ての力。魔術も、魔法も、魔に通ずる力を全て、封じさせたんだ。
 だから今の俺には……冒険者組合で活躍できるような特技を何一つ持ち合わせていない、ただの男に成り果てた。もうここへ籍を置いてもらえないんだ。
 そして今日、俺は元締めから直々に呼び出しを受け、除名処分を言い渡された。無論、俺もその決断に納得した。納得せざるを得なかった。

「親父、どうにか置いてやる事はできないのか?」
 一時はファニィの事で揉めていたヒースだが、今はいい友人の一人だ。ファニィから身を引いてくれたヒースも、ファニィを思ってか、俺を不憫に感じてか、俺の組合除名を取り消せないか掛け合ってくれている。
「ファニィ、ヒース。いいんだ。組合の決まりは破れないし、俺も決めた事だから」
「待って! 待ちなさいよ! だ、だからえっと……そ、そう! 組合の食堂、前々からみんなに言われてたけど、専属料理人を雇うわ! タスク、やってくれるわよねっ?」
 ファニィが叫ぶ。俺は苦笑し、何重にも包帯の巻かれた腕を、無事な方の指で指した。
「いつ治るかも分からない、折れた腕をぶら下げてんのが見えるだろ。市場で募集を掛けた方が早い」
「図書館に司書を置くのはどうだ! ウチの図書館の蔵書をコートニス一人に任せるのは無理があるだろ!」
 ヒースも必死になって元締めに詰め寄る。
「俺はコートと違って、ジーンとオウカの文字しか読めない。エルト地方の文献が多いあの図書館の蔵書管理は無理だよ」
 俺が肩を竦めると、ヒースがギリギリと歯ぎしりする。
「元締め様。除名処分のついでで申し訳ありませんが、護衛を依頼させていただけませんでしょうか?」
「護衛?」
「はい。俺はジーンに……帰ります」
 もっと早く、決断すべきだったのかもな。
 俺の言葉を聞いて、ファニィが俺に詰め寄って来た。
「何言ってんのよ! あんたジーンには帰りたくないって言ってたじゃないの! 魔法使いになるまで帰らないって……」
「ああ、確かに言ってたな。だけど……もうなれねぇから」
 俺は自由な方の手をファニィの前に翳し、精神を集中させた。頭の中に構成紋章が浮かび上がり、魔力が循環し……そして弾けるように消える。
「な? もう火種を起こす事すらできねぇ。魔力、完全に失われたから」
 ファニィは悔しそうに俯き、肩を震わせている。ヒースも言葉を無くし、力なく椅子に座った。
「護衛の依頼料金ですが、ジーンに戻ってからの成功報酬でお願いします。俺の実家が払ってくれるはずですから」
「いいだろう。出発はいつにするね?」
「早い方がいいですね。明日にでも」
「では手配でき次第、寮の君の部屋に連絡を入れよう。それまでに部屋を片付けていたまえ」
 俺は深く一礼し、ファニィに背を向けた。そのまま執務室のドアまでゆっくり歩く。
「……な、何か! 何か考えるからちょっと待ってよ!」
 ファニィが涙声で叫ぶ。
「……考えるから……残れる理由、考えるから! ……もうちょっとだけ、待ってよ……お願いだから……待って、よ……」
 振り返らずとも、ファニィが泣き崩れるのが分かった。

 なぁファニィ。そう言ってくれるだけでも、俺にはすげー嬉しいんだぜ? 性格が捻くれまくったお前が、そんな真っ直ぐな感情ぶつけてきてくれるなんて、俺とお前が出会った当初じゃ考えられなかったじゃないか。

 俺は振り返らず、そのまま執務室を出た。そのまま寄り道せず、真っ直ぐ寮の自分の部屋まで帰る。
 元々鞄一つでオウカまで旅してきたんだ。持って帰る荷物も少ない。こっちで買い集めた本は、そのまま図書館へ寄贈すりゃいい。
 小さなクローゼットや机から私物を取り出し、俺は鞄に詰め込んでいた。その時だ。
 控えめなノックが聞こえた。
「鍵なら開いてるよ」
 ドアに向かって声を掛けたが、ドアが開く気配も返事もない。俺は首を捻ってドアを開けた。
 廊下には誰もいな……いた。かなり低い、腰辺りに。
「コート。お前どうした?」
 コートはぐすぐすと大泣きしながらその場に立ち竦んでいる。俺はくしゃっとコートの髪を撫でてやる。
「あんまビービー泣くなって何度も言ったろ。お前だって男なんだから」
「ぐすっ……で、も……僕が……悪いんです……」
 顔を上げず、目元を押さえたまま、コートがしゃくり上げている。
「……僕、が……うまくできなかったか、ら……タスクさ、魔力……全部、無くなって……ぐすっ……ひっく……」
 怪我の治療が終わって、意識を取り戻してからも何度も言ったんだがなぁ……まだ言い聞かせなきゃならないか。
「あのな、コート。お前が炎の魔人ごと、俺の魔術の力や魔力を全部封じなかったら、俺はあのまま魔神に体乗っ取られて死んじまってたんだぞ。俺がお前に礼を言う事があっても、お前が謝る必要性は一切ないって、何度も説明してやったろ? お前は失敗してない。大成功したんだよ」
「でもっ……タス、さ……帰る、んで、よ……ね? ぐすっ……さっき……ファニィさん……僕、姉様……さみし……」
 もはや何を言っているのかマトモに聞き取れない。
「泣ーくーな! 泣いてるガキは苦手なんだよ、俺」
 コートはしゃくり上げながら俺を見上げ、そして……完全に理性がプッツリいっちまったのか、大爆発するかのように大声で泣き出した。それが廊下なもんで、隣や向かいの先輩たちが何事かと顔を出す。うわ、ヤベ……。
「おい、タスク! コートニスちゃん泣かして何やってんだよ!」
「誰かジュラフィスさん呼んで来いよ! メッしてもらおうぜ、メッ!」
「そ、それは勘弁……」
 ジュラさんのメッなんかマトモに食らったら、骨折箇所がまた増えちまう。
「ああ、ほらコート。いい加減に……」
「こらー! 何やってんのよ、あんたは!」
「まぁっ! タスクさんたら酷いですわ! コートをいじめましたのねっ?」
 男子寮で聞こえるはずのない声が聞こえ、俺は思わず首を縮める。恐る恐る振り返ると、そこには鬼の形相のジュラさんとファニィがいた。
「あ、あはは……あの……ここ、男子寮なんですけど」
 俺が恐る恐る言うと、ファニィはダンッと床を踏み鳴らした。そしてジュラさんは裏拳で壁をぶち抜く。
「関係ないわ! あたし補佐官だから!」
「関係ありませんわ! わたくしはコートの姉ですもの!」
 どこが関係ないんだーッ!
 俺が逃げ腰になって部屋の中へ後退すると、ファニィとジュラさんも俺を追い掛けてくる。コートはいつの間にかジュラさんに抱きかかえられて、相変わらずぐずっている。
「タスク! よく聞きなさい!」
「は、はいいっ!」
 ファニィの怒声に思わず背筋を伸ばしてしまう俺。ファニィは鋭く俺を睨みながら俺をビシッと指差してきた。
「ジーンへのタイガーパールの輸送はあたしのチームが担当する事になったから! それと輸送ついでにあんたを護衛すんのもあたしのチームが担当になったから! 覚悟なさいよ!」
「はいっ?」
 思わず俺の声が裏返る。
 さっき言ったばかりの依頼で、もう担当チーム決まったのか? ……ってか、これって絶対に、ファニィがゴリ押ししたとしか思えない。ファニィの怒涛の剣幕で押し切られて、しどろもどろになった元締めの顔が瞼に浮かぶ。
 おかしくもなんともないのに、いや、充分おかしすぎて、俺は頬を引き攣らせながら笑った。笑うしかなかった。ファニィも目を吊り上げて怒りながら、口元はニィッと笑っていた。
 まったくこいつは……どうしようもないな。だがそれが、こいつらしい。ファニィもジュラさんもコートも、俺の知るこいつららしい。
 ははっ! いつも賑やかで愉快な奴らだよ、ったく。最高の仲間じゃないか!

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