Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


       4

 冒険者組合補佐官との言い争いを咎められ、俺は組合加入二日目にして、丸一日の謹慎を命じられた。あのクソアマ……っと、ファニィ補佐官も俺と同じように謹慎を命じられたらしい。
いい気味だ。
ようやく謹慎の解けた翌日、俺はバイトのために組合の厨房へと顔を出す。すると先輩たちや厨房チーフがわっと寄ってきた。
「お前いい根性してたんだなぁ」
「入って一日でファニィさんと一戦やらかすなんて、お前の肝っ玉には驚いたよ」
「はぁ……」
 謹慎中に部屋に遊びにきたイノス先輩がファニィ補佐官は口も立つが腕も立つと教えてくれたっけ。
 面接の時は町の市場の看板娘がお似合いだなんて思ったもんだけど、俺とやりあった時のあいつの身のこなしや動きを見ていれば、本当にあいつが口だけでない一端の冒険者なのだという事がよく分かる。ピョンピョコ跳ねたり跳んだり一見無駄な動きをしているんだが、実際は相手との距離を測りながら、腕力はさほどないものの、着実な一撃を加えてくるんだ。いわゆる手数で勝負というやつだ。俺なんかよりよほど場数を踏んでいる。悔しいが、実力を認めて感心するしかない。
 ちょっとは補佐官を見直しはしたが、あれだけ派手にやりあったんだ。すぐ仲直りしましょうという訳にはいかない。俺のプライド的にも、きっとあいつのプライド的にも。

「ま、お前の本性も垣間見えたし、もう猫かぶらなくてもいいぜ。タメでいいさ、タメで」
「そう言ってくれるなら……本当に素で行きますよ、俺」
 この先の仕事や金の心配もあったので、慣れるまではおとなしくしていようかと思ったんだけどな。全部あいつに引っ掻き回されちまった。
 厨房チーフと言っても、厨房に仕事が無い時は俺や他の先輩と同じで組合員としての仕事をしている。先に入ったか後に入ったかだけの差の、同じ釜の飯を食う仲間だ。
「そんじゃ、ま、今日も昼の仕込みを始めるか」
「はいよ」
 俺は一日ぶりにエプロンを腰に巻いた。
「お、噂をすれば」
 さっそく肉の塊を切り分けようとしていると、チーフがニヤニヤしながら俺の腕を引いた。振り返ると厨房カウンター越しに、嫌でも目立つ真っ赤なバンダナが目に飛び込んでくる。
 ファニィ補佐官とその連れの……ジュラフィスさんとコートニスだっけ? とにかくこの組合に似つかわしくないラシナの綺麗ドコロ二人。
 俺は露骨に嫌な顔になり、チーフにヒラヒラと手を振ってSOSのノーサインを送る。
「パス」
「そう言うなよ。俺たちの飯を食いにくる、ありがたーい仲間じゃないか」
「俺はアレを仲間だと思いたくない」

 チーフと問答していると、ファニィ補佐官はカウンターに身を乗り出して、厨房を覗き込んできた。
「あ、いたいた。タスクー」
 ご指名かよ!
 今日はなんだ? また人相が悪いとか、反省してタダ飯食わせろとか文句垂れに来やがったのか?
「タスク。銀鮭のシチューが得意なんだって? さっそく三人前ね!」
 まるで何事もなかったかのように、平然と食事の注文をしてくる補佐官。お前の思考、訳わかんねぇ。
 俺はやれやれと首を振り、ドンと肘をカウンターに乗せて補佐官を睨み付けた。
「あのなぁ。お前はたった一日前に俺と盛大に喧嘩やらかしただろうが。なんで平然としてやがる」
 もうこいつに猫を被る必要はない。
「あんたまだ根に持ってんの? 器量の小さい男ねー」
「なっ……お前また俺を……ッ!」
「とにかくどうでもいいから、銀鮭のシチュー三人前。ご飯済んだらあんたはとっとと荷物まとめて玄関集合よ」
「……は?」
 元締めは今回は謹慎だけで見逃すと言ってくれたが、こいつはやっぱり俺を組合から追い出す気なんだろうか?
「俺やっぱクビか?」
 イノス先輩にも最初に言われたっけ。元締めが気に入っても、こいつが気に入らなければ組合から放り出されるって。
 ところが補佐官は一瞬きょとんとした顔をして、突然カウンターをバシンと叩いた。
「古代文字よ、古代文字! あんた解読できるって言ったでしょうが! 午後から出発するから、その準備してこいって言ってんの! もう忘れたの?」
 そういや古代文字の解読がどうとか言われてたっけ。初仕事だったが、こいつとのトラブルでおじゃんになったと思ってたんだが。
「俺、仕事もらえる訳?」
「あんたしか解読できないんだから仕方ないじゃない。行くの行かないの?」
「い、行くさ!」
 俺は慌てて返事をする。
 そうか、あの依頼の話、まだ生きてたのか。俺、クビじゃなかったんだ。
 半ば諦めていた事もあり、俺はホッと胸を撫で下ろす。すると補佐官はふふんと鼻を鳴らした。
「ま、あたしの気持ちとしては、ムカつくあんたなんて追放って言いたいんだけどね。でもコートがあんたを随分気に入っちゃったから、当分は追放しないで執行猶予をあげるわ」
「コート……コートニスって、あのチビちゃんか」
 補佐官の肩越しに食堂を見ると、ジュラフィスさんとコートニスがこっちを見ている。俺と目が合うと、コートニスは真っ赤になってジュラフィスさんの影に隠れた。
 ははっ。なんかいじらしくて可愛いな。
「見る人が見れば、俺の良さがちゃんと分かるんだよ。どこぞの捻くれた補佐官と違って、チビでもあの幼女の方がよっぽど人間として形成されてるじゃねぇか」
「ムカつくわねー、やっぱあんた」
 補佐官が目を細めて俺を睨む。が、もうさすがに手を出したりはしないらしい。元締めの説教に懲りたんだろう。

 ふいに補佐官が真顔になって俺を見上げる。そしてコートニスを見る。そしてまた俺を見てニヤリと笑う。
「なるほどねぇ。あんたも可愛いコートが好きなんだぁ?」
「俺に幼女趣味はないが、恋愛感情絡みの好き嫌いは別として、少なくともお前よりはあのチビちゃんのが好感度高いぞ」
「どういうところが可愛い?」
「慎ましやかで女の子らしい女の子じゃないか。撥ねっ返りのお前と違って」
 補佐官がますます嫌味ったらしく笑う。なんだ? なに考えてやがるんだ?
「コート、ちょっとおいで」
 補佐官の言葉にコートニスはビクッと体を震わせ、顔を真っ赤にしたままギクシャクとカウンターに近付いてきた。そして大きめの帽子とサラサラの金髪の隙間から、そっと俺を見上げてくる。
 うわ、近くで見ると相当なカワイコちゃんだな。姉さんのジュラフィスさんもすごい美人だと思ったが、コートニスも成長したらジュラフィスさんに負けないくらいの美人になるんじゃないか? 透き通った青い大きな目と、サラサラの蜂蜜色の金髪に、ラシナの民特融の白い肌がよく映える。
 スプーンより重い物を持てなさそうなこんなカワイこちゃんが、俺より役に立つだって? 確かに目の保養にはなるだろうが、年齢的にも冒険者なんてまるで向いていないように見える。
「コート、あんた望みあるよ。タスクもあんたが好きだって」
「え……」
 コートニスが更に顔を赤くして俺を見上げてくる。俺はカウンターから手を伸ばしてコートニスの頭を帽子の上から撫でてやった。女は年齢なんか関係なしに褒められると喜ぶし、ちょっとおべっか使っておくか。あ、こいつが可愛いと思うのは俺の本心だし。
「もうちょっと歳が上だったらほっとけないくらい可愛いよ、コートニスは」
 俺が言うとコートニスは両手で口元を覆って俯いた。こんな歳でも容姿を褒められると嬉しいらしい。

「可愛く生まれて良かったねぇ、コート。お嫁さん候補ができたよ」
「補佐官。人を幼女趣味みたいに言う……な?」
 あれ、今なんか引っかかったぞ?
「嫁さん候補って……誰が?」
「タスクが」
「誰の?」
「コートの」
 俺は確かに家事が得意だが、嫁じゃないだろ、嫁じゃ。むしろ逆。ついでに言えば『主夫』になる気もさらさらない。
「コートニスが俺の彼女になりたいとか言ってるんだろ?」
「違うよ。コートはタスクを彼氏にしたいの」
「いや、だから彼氏っつったら男の俺だろ? ならコートニスは彼女……」
 補佐官が俺に向かってニヤニヤしたままコートニスをぎゅっと抱き寄せる。
「あっれー、タスクは違うのぉ? コートって、こぉんな思わず連れ去りたくなるような可愛い女の子みたいだけど、れっきとしたジュラの〝弟〟だよぉ?」
「おと……弟……男ぉっ?」
 あまりの衝撃発言に、俺の声が裏返った。
「てっきりタスクもコートと同じぃ、同性愛趣味だと思ってたんだけどぉ、違ったのぉ? きゃははっ!」
 補佐官が堪えていたものを吐き出すかのように、腹を抱えて笑い出した。
 ちょっ……待て待て待て! コートニス、男って、これでか! この容姿でかっ?
「コートニスお前! 本当かっ?」
「ひっ……」
 俺がカウンターから身を乗り出してコートニスを見ると、コートニスは胸の前で強く両手を握って目を瞑った。そのまま小刻みに体を震わせたまま、恐る恐る小さくコクンと頷く。
「あははははっ! タスク変な顔! コートは可愛い女の子じゃなくて可愛い男の子!」
「お前、騙しやがったな!」
「あたしは嘘なんて言ってないよーだ! コート紹介する時だって、女の子だなんて一言も言ってないじゃない」
 クッ……確かに、こっちの『小さいの』がどうとか言われた気がする。
 でもなぁ! でもお前、これ、酷ぇだろうが! コートニスの顔、仕種、どれを切り取ったって恋する小さな乙女そのものだろうが! これで男って、すんげー詐欺だぞ!
「コートだってもうちょっと成長すれば、もっと美少年らしくなるわよ。それまではジュラとあたしのかーわいい弟なの」
 補佐官がコートニスを抱き寄せて頬ずりする。コートニスもそれが嫌ではないらしく、はにかむように笑う。

 クッ……目の前がクラクラする。俺は昔っから人相悪いとか怖そうとか言われてきてたから、コートニスに一目惚れされたと聞いて、ああ、やっと俺も人並みに好感持たれる面構えになったんだなぁと、ちょっぴり感動してたのに。本気で騙された。
 いやいや好感持たれたのは事実だから素直に嬉しいんだが、相手が男となると話は別だ。俺は至ってノーマルなんだから!
「お話しはもう済みまして? わたくしずっと待っているのですけれど、まだお昼はいただけないんですの?」
 絶世の美女、ジュラフィスさんが退屈したのかカウンターにやってきた。
 いや、美女と思っていたがコートニスの例もある。実はジュラフィスさんも男だとか……はないな。あの完璧なまでの巨乳が偽物のはずはない。
「補佐官! お前もう俺を騙してる事はないだろうな! まだ隠し事があるってなら、飯は作らねぇぞ!」
「これ以上なにを騙すって言うのよ? ジュラも男の人ですとか言ってほしい訳?」
「ばっ、馬鹿たれ! この見せびらかすような悩殺的なバストが偽物の訳あるか! さすがにもう騙されねぇぞ!」
「うわ、やらしー。ジュラの事、胸でしか見てないんだー」
 補佐官が舌を出して俺を挑発する。
「なっ、ちがっ……」
「言い訳は見苦しいよ。あんたは女の子を胸でしか判断しないに決定。はい、お話終わり。銀鮭のシチュー三人前ね。ジュラの分は大盛りで。ジュラ、コート、席座ってよ」
「うぐぐ……」
 補佐官にからかわれていると分かり、俺はギリギリと歯ぎしりした。そんな俺の肩を、静観していたチーフがポンと叩く。
「な? ファニィさんにゃ敵わないだろ」
「……あンの減らず口、いつか絶対に黙らせてやる」
 俺は悔しさをフライパンにぶつけてやった。

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