LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。


    プロローグ

 今より少し昔。言葉を覚えた遊び盛りの幼児が生まれるより少し昔。北方の某国で、兄王子と弟王子が王位継承権をめぐり、大きな戦が起こった。
 鋭い剣技が冴える兄王子の剣は、一振りするだけで数十人の首が撥ねた。
 魔術に長けた弟王子が滅びの呪文を唱えると、一瞬で数十人が地に伏した。
 兄王子が剣を振るって羊や馬を一撃で叩き殺す演舞を見せれば、弟王子は負けじと魔術でまやかしを操り家畜たちを獰猛な魔物に変化させる。
 それらを見た国民たちは、二人の王子の、全く真逆の力比べに畏怖を覚えた。自分たちを守るべきはどちらなのか。誰もが自問自答し、国は乱れ始めた。
 王位継承権の争いは、それぞれの王子の特技と兵力にものを言わせた、一進一退の攻防だった。

 数百日に及ぶ死闘を勝利したのは兄王子だった。からくも一難を逃れた弟王子は兄王子からの覇権奪還の隙を伺うため、誰にも見つからない隠れ家へ身を投じた。むろん兄王子も弟王子にとどめを刺すべく彼を探したが、魔術の力によるものなのか、よほどうまい隠れ家に身を潜めたのか、兄王子は弟王子を見つける事はできなかった。
 弟王子捜索を一旦諦めた兄王子は、乱れた国内を鎮圧するための行動を取り始めた。しかし国民は彼の統治に納得できなかった。

 武力で全てを解決する。

 戦で摩耗した国民たちに、更なる過酷な労働を課す政治に、彼らは日ごと不満を募らせていった。そんな中、知恵者であった弟王子を支持する者も出てきた。弟王子ならば、武力を以って国を支配するという事はない──そういった理想を口する者が増えていた。
 国は荒れていた。

 そんな荒れた国のスラムで、彼は育った。

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