LOST PRINCE 「死を意識するなんて何度目だろう?」 スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。 豪胆な女性マーシエとの出会いが、 スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。 |
3 隠れ家に戻ってきて、ジョアンがさっそくフェリオに張り付いた。彼を連れ帰ってきたマーシエの視界から隠すように、立ち位置も絶妙に、彼女の視界からフェリオの姿を遮っている。 「フェリオ君。お部屋に着替えとお茶を用意しています。さ、こちらへ」 戻ってくる時、フェリオはマーシエと一言も口をきかなかった。デスティン軍の彼の言葉を確認しようにも、疑惑を抱いているマーシエでは、真実は見えないと思ったからだ。 部屋に戻ってジョアンに着替えを手伝ってもらいながら、フェリオはやっと先ほどからの疑問を口にした。 「マーシエさんも言ってた通り、帰りにデスティン軍に出くわしたんです」 「ご無事で何よりです。マーシエ様に護衛いただいたのですか?」 「はい……でも……まだよく分かりません。マーシエさんが」 ジョアンは黙って聞いている。 「それと……デスティン軍の兵士とも会いました」 「襲われたのですか? お怪我はございませんか? マーシエ様がいらしたのではないのですか?」 僅かながら、彼女の言葉尻が跳ね上がる。彼女でも動揺する事があるらしい。 「マーシエさんは周囲の様子を見に行って、たまたま僕一人だったんです。襲われると僕も思ったんですけど、僕の事を王子の影じゃなく、綺麗な服を拾ったただの孤児だと思ったみたいなんです。ちょっとだけ話をしたら、銀貨をくれました」 手の中の銀貨を見せると、ジョアンはほっと胸を撫で下ろした。 「本当にご無事で何よりです」 「それでデスティン王子の事も聞いたんですけど、ジョアンさんやヘインさんから聞いたのと全然違うんです。だから僕、余計に分からなくなってしまって」 フェリオはあの兵士に聞いた事をそのままジョアンに伝えた。ジョアンは瞳をまっすぐフェリオに向けたまま、首を傾げている。 「どの話が本当なんでしょう?」 ほとほと判断に困り、フェリオは助言を求めるようにジョアンを見つめる。 「私も、人伝に聞いた話しか存じませんから……デスティン王子がそのような事をなさっておいでとは、にわかに信じがたいですね。オーベル殿下側の立場の者としてですが」 オーベル軍に与するメイドらしい答えが返ってきた。中立より遥かにオーベル寄りの意見だ。 「うん。僕たちはオーベル軍だものね。だけどもしあの人の言葉が本当だとしたら、オーベル王子の方が悪い人なのかなって思ってしまって」 「それは私のようなメイドには計り知れない事です。オーベル殿下に仕えている以上、主を裏切る真似はできませんから、疑惑を抱く事も私にはできません」 真実が分からない以上、自分が仕えている者こそ真実であり全てである──その道理は分からなくもない。 「デスティン王子と話し合いはできないのかな?」 「難しいでしょうね。オーベル殿下がフェリオ君の仰る姿ではなおさら」 オーベルの異質な姿を思い出し、フェリオは視線を落とす。 「話し合いに僕が出て行っても役に立たないですもんね」 体に巻きつけていた綿を取り、フェリオはいつものシャツとズボンに着替えた。途端に貧相な体付きになり、フェリオは思わず苦笑する。 ジョアンは脱いだ服を部屋の隅にある棚に乗せ、すぐお茶の用意を始めた。 「今日のお勤め、ご苦労様です。体を温めるハーブティーですから、ゆっくり休んでください」 「ありがとう、ジョアンさん」 フェリオはカップに口を付け、ゆっくりと熱い液体を飲んだ。 『真実はどっちにあるんだろう? 戦は信じている者が正義なんだって、今更分かってきた。やっぱり……戦は怖いよ』 |
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