LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。




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   孤児と王子たち

     1

「お前は……いつかの?」
 デスティンが見覚えのある少年の姿を見て、初めて困惑の表情を浮かべた。彼はあの時、フェリオをオーベル軍に与するただの孤児だと思っていたのだが、なぜ孤児ごときがここにいるのか──それが分からない様子だった。
「……デスティン王子。あの時は助けてくれてありがとうございました」
 ペコリと頭を下げ、フェリオは両手を胸に置く。
「僕はオーベル王子の影をしているフェリオといいます。どうしてもデスティン王子と話し合いをしたくて姿を現しました」
「影? なるほど。ここ数ヶ月の活発なオーベル軍の動きは、こいつを影に使う事で兵を駆り立てていたのか」
「フェリオ! おとなしく隠れてればいいものを!」
 マーシエは小さく舌打ちする。自らの手で守らなければならない対象が増え、マーシエは焦燥感と危機感を同時に抱く。
 台座の影に隠れていたフェリオがいつまでも見つからないとは思っていなかったが、まさか自分から姿を現すような真似をするとは。
「ごめんなさい、マーシエさん。オーベル王子も。でも僕、どうしてもデスティン王子を悪く思えなかったんです。冷静に話し合いがしたかったんです」
「何を今更! デスティンがいなければ、この国はこんなに乱れなかったんだ! あんただって、大切なものを幾つも失わなかったんだよ!」
「フェリオ。今になって俺を裏切るとでも?」
 マーシエとオーベルが気色ばむ。
「そうじゃありません。お願いです、皆さん。どうか聞いてください」
 すぅっと深く息を吸い込み、フェリオは胸に手を置いて語り出した。

「武力で……力で国や国民を抑えこむなんて、そんなの間違ってると思います。でもそれはデスティン王子が本当の意味で、国や人々の考え方を理解できてないからで、国民を大事に思う心はあると感じるんです。だってやり方は乱暴で間違っていたとしても、マーシエさんを戦に巻き込むまいとしたじゃないですか。それって優しさから招いた行動ですよね?」
 彼の言葉にマーシエはギリと唇を噛み締める。過去の苦い思い出が脳裏に蘇ってきたのだろう。
「あたしの腕を斬り落とす事に、殺意はなかったとでも?」
 事実、デスティンに被害を受けた彼女は、まだデスティンの気持ちを理解できないと、秀麗な眉を顰める。
「はい。やり方は間違ってたけど、でもマーシエさんの事を思ってなんだと、デスティン王子の言葉を聞いて感じました。この事からも、デスティン王子は思いやりがあっても、少し考え方が歪んでて、考え方が単調で安直な人なんだと分かります」
 彼の思慮の浅さを指摘しつつも、フェリオは言葉が過ぎていないか、彼の様子を伺いながら、今まで考えていた言葉を紡ぐ。
 若干心象は悪くした様子だが、デスティンが激情する様子はない。フェリオの言葉を真剣に聞こうとしているのだろう。
「人を手早く纏めるには、力を見せつけるのが一番手っ取り早い。すぐ言う事を聞くようになるからな。それが違うというのか、小僧?」
 剣先をゆらゆらとさせたまま、デスティンは赤銅色の瞳でじっとフェリオを見つめている。まるで彼の心を見透かそうとしているようにだ。
「はい。力で人を抑えつけても、その反動で心が反発します。だからあなたとは反対勢力となる、オーベル王子に味方する人がいるんです」
 極力静かな声音で、心の中の恐怖を押し殺して、フェリオは淡々と言葉を続けた。
「でもオーベル王子のように、影からこそこそするのも決してよくないと思うんです」
 オーベルはジロリとフェリオを睨む。落ち窪んだ瞳に鋭いものが宿っている。
「つまり?」
「な、生意気な事を言います。……デスティン王子とオーベル王子はお互いに足りない部分を補い助けあって、二人で国を動かすべきだと思うんです。それができない限り、どちらが王位を受け継いだとしても、国民からの反発はきっとなくなりません。いつかもっと大きな、王政に対する国民の反乱という戦が起こりかねないと僕は思うんです。国民だって人間ですもん。毎日怖い思いをしながらじゃ、落ち着いて生活できないから。だから今、二人で手を取り合う事こそ、国を良くするために、国を一つにまとめるために必要な事だと僕は考えたんです」
 きっぱりと断言し、フェリオは今この場での、デスティンとオーベルの和解を打ち出した。それがたった今までいがみ合っていた者同士では、どんなに難しいか分かっていたが、この状況を、この荒れた国を平和に戻すには、それしか方法はないという事も事実だった。
 懸命に考えていた事だった。だが無知な子供の考えた、浅はかな意見だとも理解していた。そう都合よく事が運ぶとも思っていなかった。しかし、訴えずにはいられなかったのだ。
「はっ! ガキらしい短絡的で気弱な打開策だ。そんなものを掲げるだけでは、愚かな民は纏まりはしない。圧倒的な力を見せつけ、反乱の意志を削ぐ事で、一つに纏める事ができるのだ」
 デスティンはフェリオの言葉を戯言として一笑に付す。
「そう言って乱暴して力を見せ付けて怯えさせるから、デスティン王子に反発する人が出てくるんです。国民の気持ちを理解してないから、マーシエさんの気持ちを理解してなかったから、デスティン王子は誤解されるんです」
 きっぱりと、スラムの孤児でしかなかった少年に諭され、デスティンの顔から表情が無くなる。怒りを買った訳ではない。フェリオの言葉があまりに的を射ていたために、言葉を失ったのだ。
「やはり俺が国を纏めるべきだな」
 すかさず、首だけの王子が鼻高々に主張する。
「オーベル王子も正しくなんてないです。人の心を撹乱したり、言葉巧みに嘘で人を騙したり、そんな人に自分の生活や命を預ける人なんていません」
 フェリオは彼の言葉をばっさりと切り捨てた。怯えながら、だがはっきりと。
「何が言いたい?」
 オーベルがギラついた目だけをフェリオに向ける。いや、彼には視線だけしか、自分で動かせるものがないのだ。
「僕、知ってます。僕を殺して体を奪うつもりだったんですよね? 僕は孤児だし、いなくなっても誰にも気に留められないからと考えて、僕の体を自分の体にしようと奪うつもりだったんですよね?」
 先ほどまでニヤニヤと笑っていたオーベルから表情が消える。デスティンと同じように。
「僕は死にたくない。孤児でいる時は死にたいと思った事もあったけど、いろんな事があって、オーベル王子にいろんな事を教わって、影として生きる方法も与えてもらえて、マーシエさんやジョアンさんとも知りあえて、僕は今、幸せなんです。僕に生き方を教えてくれたオーベル王子には感謝してるし、いろいろ助けてもらったマーシエさんにも感謝してます。僕は今、ここにいる誰をも恨みたくないし、憎みたくない。誰かを憎む事は辛くて苦しいから、僕は誰も憎みたくない。だからデスティン王子もオーベル王子も、諍い合う事をやめて、和解して、住みやすい、いい国を作ってほしいんです。オーベル王子は人前に出られないという事情があるから、こんな僕でいいっていうなら、僕は王子の影を続けます。デスティン王子と和解してください。お願いします。デスティン王子もオーベル王子と和解してください。お願いします」
 フェリオは祈るように胸の前で指を絡めあい、深く頭を下げた。まさに祈りだった。国民を代表して、いやそこまで大層ではなくとも、不満を抱える大勢の民の心を代弁しての祈りだった。
「フェリオ……」
 マーシエが苦しそうに声を絞り出す。フェリオの心からの言葉に魂が揺さぶられたのだ。
「……知恵を与えすぎたな……」
 オーベルはギリと奥歯を噛み締める。
「孤児の戯言で、オレたちが動くとでも思っているのか?」
 デスティンは揶揄するでもなく、ポツリと言葉を唇に乗せる。
「いいえ。僕は子供だし孤児だし、すごく大それた生意気な事を言ってる自覚はあります。けど、僕の言葉は国民の代表だと思ってほしいんです。僕には二人の王子の真意を知って、それを繋ぎとめる役目があると、国民の代表として二人を和解させる必要があると思ったんです。これも……僕が勝手に考えて思い込んでる事ですけど……」
 フェリオの言葉には、裏も表もなかった。ただひたすらに、自分以外の全ての者を思って、学んだ言葉で自分の意志を表現していた。それがマーシエに伝わり、マーシエは泣きたいほど胸が熱くなった。

 マーシエは剣先を下ろした。切っ先が石の床に当たり、床に僅かな傷を作る。
「オーベル、デスティン。フェリオの言う通りだよ。あんたたちがいがみ合ったままで、この国は平和にはならない。あたしはもっと早くに二人に言うべきだったんだ。フェリオと同じ言葉を。頼む。この国をより良いものにするために、二人で和解して手を取り合ってくれないか?」
 マーシエはフェリオの隣に立ち、彼を見て弱々しくニコリと微笑んだ。


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