LOST PRINCE 「死を意識するなんて何度目だろう?」 スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。 豪胆な女性マーシエとの出会いが、 スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。 |
3 フェリオが目覚めると、焚き火はすっかり消えていた。そしてマーシエの姿もなかった。 夢だったのかと体を起こすと、ポロリと三枚の銀貨とマーシエの書き置きが落ちた。 「夢じゃなかったんだ」 銀貨と紙を拾い、それを慎重にポケットに入れる。そしてピオラの眠る小山を見つめた。 「ピオラ……君はもういないし、僕はどうすればいいのかな?」 ゆっくりと立ち上がり、彼はねぐらにしている墓守小屋へと向かった。 ここには孤児仲間のオリバー、そしてビリーとケイシィという兄妹が暮らしている。 フェリオは立て付けの悪い扉を開け、小屋へと入った。そして息を飲む。 「ビリー! どうしたの、これ?」 小屋の中は散々荒らされ、誰かが踏み込んで来た事は一目瞭然だった。 「フェリオ、無事だったんだ!」 ビリーが泣きじゃくりながらフェリオにしがみつく。 「孤児狩りだよ! 孤児狩りの兵士がいっぱいきて、オリバーを捕まえて行っちゃったんだ! ぼくとケイシィは隠れてて無事だったけど……」 フェリオは小屋の隅で震えているケイシィに近付いた。するとプンと鼻を衝く匂いがした。 ケイシィは胃の中身を吐き戻し、ただでさえ煤けたボロ服を無残に汚していた。 「兵士が来てから、ケイシィ、吐き気がおさまらないみたいなんだ」 もう起き上がる気力も体力もないらしいケイシィが、目だけを動かしてフェリオを見る。 「……ビリー、ケイシィ、待ってて。食べ物持ってくるから」 「イヤだよ! フェリオ行かないで。怖いよ! フェリオまでいなくなっちゃったらぼく、どうしていいのかわかんない! 行かないでよ!」 「食べ物を食べたら、きっとケイシィも元気になるよ! すぐ戻るから待ってて!」 フェリオはビリーをケイシィの傍に座らせ、なんとか落ち着かせる。そしてむしろを被って、できる事なら小屋を出た陰に隠れているように指示した。 彼は他の孤児たちより利発で、その頭の回転の早さで何度も窮地を脱していたのだ。 ビリーはまだ彼を引き留めようとしたが、ケイシィに与える食べ物が何より先決だと判断し、幼い兄妹を置いてフェリオは墓守小屋を飛び出した。 町へ出て、フェリオは移動屋台のパン屋を探す。マーシエにもらった銀貨で、ビリーたちに食べさせるためのパンを買おうとしたのだ。 パン屋を見つけたフェリオは、恐る恐る屋台へ近付く。すると屋台の男はギロリとフェリオを睨んだ。こ汚いスラムの孤児だと、露骨に嫌悪する態度だ。 思わず足を竦ませるフェリオ。それでも彼を突き動かしたのは、衰弱したケイシィをピオラの二の舞いにしたくないという責任感からだった。 「……あ、あの……パン……ください……お金は、あります」 必死に勇気を奮い起こし、フェリオは銀貨を差し出す。それを見たパン屋の男は、フェリオの腕を掴み上げて銀貨を奪い取った。 「誰か! 誰かこのスラムのガキに金を盗まれた奴はいないか!」 「ちっ、違……! それは僕のお金で……」 「スラムのガキがこんな大金、持ってるはずがねぇ!」 フェリオは男が恐ろしくなり、全力で腕を振り解いた。そして脇目も振らずに逃げ出す。 『あれは僕のお金なのに! マーシエさんがくれた僕のお金なのに!』 悔しさで涙が溢れてきた。それでもフェリオは逃げ続け、そして手ぶらで墓守小屋に戻ってきた。 ゴシゴシと涙を拭き、フェリオはそっと扉を開ける。ビリーもケイシィも、先ほどと同じ小屋の隅でむしろを掛けて抱き合うように眠っていた。 「ビリー、ケイシィ。ごめん……パン、ダメだった……」 足音を忍ばせて二人に近寄る。そして違和感を抱いた。 「ビリー? ケイシィ?」 フェリオがむしろをどけると、夥しい血が二人を汚していた。 ケイシィは胃液と一緒に血を吐き、絶命したらしく、そしてビリーはしっかりと握った尖った石で、自らの喉を貫いていた。涙の痕はまだ乾いておらず、ケイシィの最後を看取ってから、自らの喉を刺し貫いたのだろう。幼い二人は、誰も頼れないという過酷な現実に耐えられなかったのだ。 フェリオがあの場で出て行ってしまった事が、ビリーの心に残っていた最後の希望を砕いてしまったのだ。フェリオは両手で口元を押さえて呻く。自分の下した判断の甘さを嘆く。 涙は出なかった。仲の良かった孤児仲間の中で、ただ一人残された彼は、黙って小屋を出た。そして無言のまま、墓地の入り口近く場所にあるピオラの埋まっている場所を探す。 「……ピオラ。ビリーとケイシィが今からそっちに行くから、もう寂しくないよね?」 ピオラの墓の隣に穴を掘り、フェリオはビリーとケイシィを一人ずつ運び、埋めた。夜までかかり、土を掘り返した両手はボロボロに傷付いたが、もう痛みを感じる事もなかった。 ただ虚しさと寂しさだけが、貧弱な少年の魂を支配していた。 ピオラの墓の隣で、フェリオはしゃがみ込む。 パンを買うための、マーシエにもらった銀貨は誤解されて奪い取られた。ビリーとケイシィを埋めるために体力も使い果たし、もはや一歩たりと動く事はできないほど疲弊しきっていた。 体も心も死んでしまった。 最初はピオラとの思い出に耽っていたが、考える事も疲れ果てた。そのままフェリオはピオラを抱くように、彼女の墓の隣に体を横たえた。あとは静かに死を待とう。そう思い、何もかも諦めたフェリオは目を閉じた。 彼の頭上を二回、月が巡った。 土を踏む音が近付いてきた。ああ、まだ自分は死んでいないんだな、と思ったが、動く事も喋る事もできないほど衰弱していた。 「フェリオ。あんた、また死にかけているのかい?」 マーシエだった。フェリオは必死に瞼を開き、弱々しい視線を彼女に向ける。持ち上げた視線がぶつかった先は、小さな笑みだった。 「ここに来てくれたって事は、仕事をする気になったって事だね? ありがとう」 乾いた唇で、『違います』とは答えられなかった。声が出なかったのだ。 「起きなくていい。あたしが担いでってあげるからね。ゆっくり休みな」 フェリオはマーシエに抱き起こされ、そしてそこで意識が途絶えた。 |
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