LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。




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     3

 マーシエが扉の前に立ち、フェリオをオーベルとの間に挟むように退路を断っている。臆病な少年が逃げ出さないようにするためだろうか。
「見ての通り、オーベルには自分の体も手足も無いんだ。だが生きている。魔術の力でね。だから奮起するには影が必要だったんだ。その影がフェリオ、あんただよ」
「ハハッ! マーシエ、このガキはチビるんじゃないか? さっきらずっとガタガタ震えて、みっともなく泣きっぱなしじゃないか?」
「オーベル。あんたのその姿を見て、正気でいられる人間の方が少ないに決まってるだろ。ヘイン騎士長ですら腰を抜かしたんだから」
「違いない」
 台座の上から、オーベルの頭はフェリオを舐めるように見下ろす。首を動かす事もできないのか、落ち窪んだ目だけがギョロリとフェリオを品定めしている。
「しかしなぁ……俺の身代わりにするには、相当貧弱じゃあないか?」
「今、たらふく食わせて太らせてるよ。あと、王族としての礼儀作法も学ばせている。筋はいいから、近くヘイン騎士長と共に、オーベル派の兵士へお披露目だ」
 マーシエの言葉に驚くフェリオ。まだまだ勉強の毎日で、安穏としていられるものと思っていたからだ。ついに本格的にオーベルの影として動き出せば、自分の意志はもう必要なくなると考えていたのだ。
「フェリオだったか? 俺を演じる自信はあるのか?」
 首だけの王子が問いかけてくる。フェリオはそちらへ顔を向け、彼の異質さに思わず黙り込む。やはり何度見ても彼のショッキングな姿に慣れる事ができない。
「いちいち俺を見て青ざめるのは止めてくれないかな。俺とお前は同じ人間を演じるのに、そういう態度はショックじゃないか」
 オーベルが冗談めかした口調で笑う。フェリオは何も答えられなかった。
「どうでもいいがマーシエ。さっきの話の続きをコイツの前でしていいか?」
「さっきの話? ああ、いや。やめておいてほしい。この子の頭はもうあんたの事でいっぱいいっぱいだよ。あたしの事まで受け止めきれない。精神崩壊するかもね」
「そうか。じゃあまた今度にしよう」

 オーベルが喋るたび、声の振動のせいで首から下の臓器がブルブルと震える。脈打つ心臓の動きと相まって、異質さ、不気味さに拍車が掛かる。
 この場を逃げ出したくとも、扉の前にはマーシエが仁王立ちになっている。彼を部屋から出す気はないらしい。
 フェリオはなけなしの勇気を振り絞って、二人に問いかけた。
「……あ、の……王子、は……その姿で、どうして生きているんですか?」
 オーベルは愉快そうに笑う。するとテーブルから垂れた長い臓器から、数滴血が床へと滴った。
「魔術だよ。さっきマーシエも言ったじゃないか。俺は魔術師なんだ。体を失っても、魔術の力で死なずに済んでいる。もっとも、この姿で生きていると言えるかは、甚だ疑問ではあるけどな」
「体は斬られて使い物にならなくなった。両腕は仲間≠ノ分け与えた。だからオーベルはこの姿になる事を自ら望んだのさ」
 マーシエの補足説明に、フェリオは首を傾げる。
「手を他人にあげるって、そんな事ができるんですか? だって体に繋がってるのに」
「そこが魔術の凄いところさ」
 オーベルが目を細めて言う。
「俺は天才魔術師なんでね」
 魔術の世界の話はなお分からない。納得出来ない説明でも、彼にとってそれで話を終わらせ、黙り込むしかなかった。
「さて、フェリオ」
 マーシエが腰に手を当てて問いかけてくる。
「あんたの事はジョアンに監視させてたはずだけど、どうしてあんたはこの部屋に一人で来たんだい?」
「あの……今日のお昼からはお休みにしましょうって。疲れてるからって。お散歩してきていいって……」
「ジョアンは甘いねぇ」
 彼女は苦笑しながら首を振る。その表情は、彼を責めるような様子ではない。
「だからって、どの部屋でも入っていいって言われたのかい?」
「それは……ごめんなさい……」
「もういい。仕方ないじゃないか、マーシエ」
 オーベルが、フェリオとマーシエを仲裁する。
「小僧だって、見た事もない王子の真似しろと言われたって、どうすりゃいいか分からなかっただろうよ。俺と秘密裏に面会したって事でいいじゃないか。ビビって青ざめて、どうしようもない状態になってるけどな」
 オーベルが愉快そうに笑うと、剥き出しの臓器が震えた。その様子が酷い嫌悪感と吐き気をもよおす。とても本人には言えないが。
「フェリオ、真面目に聞くが」
 オーベルは真顔になって自分の影である少年を見つめる。
「俺はこんな状態で、なおデスティンから覇権を取り戻そうとしている。お前はマーシエに言い包められて俺の影を演じる事になった。俺のこの姿を見て、まだマーシエや俺に従う気はあるのか?」
 直球の問いかけに、フェリオは唾を飲み込む。そして必死に思考を巡らせた。

 こんな姿のオーベルの代役だなどと、ただの孤児だった自分にできるはずはない。しかしピオラやスラムの孤児たちのために、何でもやると決めたのだ。ここで尻込みしていては、ピオラに笑われてしまうかもしれない。
 それに命を救ってくれたマーシエに、どうにかして恩を返したかった。ならば選ぶ選択肢は一つしかない。

「……やります。ピオラのために、スラムの仲間のためになるなら、僕、怖いけど……自信もないけど……やります」
 なけなしの勇気を振り絞り、フェリオは断言した。

「よし、よく言った。なら、俺からも王族としての指南をしてやる。ジョアンに暇を出されたら、またここへ来い。俺様直々に指導してやるよ」
 マーシエは感心していた。そして彼を影として選んだ自分の目に狂いはなかったのだと、少し誇らしい気持ちになっていた。
「フェリオ、よく言ったね。あたしも嬉しいよ。けどますます失敗はできなくなった。これからも頑張るんだよ。あたしもできるだけ、あんたの所へ顔を出すようにするから」
「は、はい。よろしくお願いします」
 まだオーベルの異質な姿の恐ろしさには慣れない。そしておそらくオーベルの臓器から発せられている、室内に充満する腐敗臭も気になる。
 それでもやると決めたのだ。フェリオはぎゅっと両拳を握り締めた。


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