LOST PRINCE 「死を意識するなんて何度目だろう?」 スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。 豪胆な女性マーシエとの出会いが、 スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。 |
2 マーシエの案内で、フェリオは町を歩いた。孤児だった頃から住み着いている町ではあったが、その頃は俯いてばかりで何も見えていなかった。それを今、マーシエと共に顔を上げて歩いている。 顔を上げて歩いて初めて分かる。町の、人々の息吹は素晴らしいと、フェリオは素直に感動していた。 「……大人たちは怖いものとばかり思ってたけど、でもみんな笑って生活してる。すごいですね」 「そうだろう? あんたのこれからの行動次第で、みんなをもっと笑顔に、活気ある国にできるんだよ」 自身の責任の重大さがのしかかってきたが、それも悪くないと思えてきた。なけなしの勇気を振り絞る、やり甲斐のある仕事だと思うようになっていたからだ。 「僕、みんなのためにやります。がんばります」 「あはは! だから頑張りすぎちゃ駄目なんだよ」 「あっ。ご、ごめんなさい……」 勇ましく優しい彼女に激励され、軽くあしらわれ、フェリオは顔を赤くして俯いた。 昼が少し過ぎた頃、さんざん歩いて足に疲れが出てきたフェリオたちは、一軒の飯屋へ入った。マーシエは慣れた様子で幾つかの料理を注文する。フェリオは勝手が分からず黙って見ているだけだ。 「……あの、マーシエさん?」 「ん? どうした?」 マーシエは女給の去った後も、メニューの書かれた紙を何度も見返している。 「たくさん頼んでたみたいですけど、いっぱいご飯を持ってきてくれるんですか? そんなたくさんはいらないんじゃ……」 「あんたはしっかり食わないといけないだろ?」 外出先まで、体造りを強要される事に、フェリオは少し苛立ちを感じ、同時にウンザリとした。 今日はマーシエとゆっくり話したいと思っていた。それが行く先々で『王子として』『体を作らなくては』と、オーベルの影としての事柄ばかりを優先される。 確かに自分はそのために囲われているのだと分かっているが、これではまるで息抜きにならないと、少し気分が悪くなった。 料理が運ばれてきて、フェリオはつまらなさそうにフォークを手に取る。そして焼いた肉につけ合わせてある野菜をポイと口に放り込んだ。 「こーら。食事のマナーはきちんと守る」 まただ。 フェリオはフォークを置き、両手を膝の上で強く握り締めて頬を膨らませた。 「……僕、もういりません」 「なに拗ねてんだい?」 「拗ねてません。もう疲れたので帰りたいです」 彼が突然、機嫌が悪くなった理由に気付いたマーシエは、肩を竦めてフフと笑った。 「休みの日まで指導っぽい事を言われて拗ねてるんだろう?」 「ち、違いま……」 見事に言い当てられ、フェリオは慌てて否定する。しかしマーシエは彼の態度を肯定だと捉えた。当然、図星を当てられた本人は顔を赤くしてまごついてしまう。嘘が苦手な生真面目さがここでも裏目に出たのだ。 「悪かったよ。もう疲れるような事は言わないし、させないから。ほら好きに食べなよ。今日はこれ以上、何にも難しい事は言わないからさ」 フェリオは頬を赤くして、もじもじと視線を落としている。そして小さな声でマーシエに詫びた。 「……ごめんなさい……僕はそのためにいるのに、ワガママな事、言っちゃって」 「いいよ、あたしも焦り過ぎた。ごめんよ。今日はただのフェリオとマーシエだ。遠慮なく二人で楽しもうよ」 マーシエからも詫びられ、フェリオはすぐに自分の身勝手を反省する。 「ぼ……僕こそごめんなさい。あの僕、マーシエさんとたくさん話してみたかったんです。いろいろ聞いてもいいですか?」 「ああ、何でも答えるよ。でもまず先に食べちまおう。せっかく出来立てなのに冷めたらもったいない」 「はい」 フェリオは自主的にナイフとフォークを使い、肉を切り分けて口へと運んだ。その様子をまるで姉のように見守りながら、マーシエも食事を再開した。 |
6-1|top|6-3 |