LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。


     3

 町の外れ。隣町へと続く街道の側にある大木の根本で、フェリオとマーシエは腰を降ろして風に吹かれるまま和やかに談笑していた。
「町は怖いところだと思ってたけど、今日で考え方が変わりました。マーシエさん、外に連れてきてくれてありがとうございます」
「そうかい。気分転換になったなら良かった」
 普段は凛々しい女騎士の亜麻色の髪が風に揺れる。
「でもスラムの孤児の格好だったら、きっとまた、酷い目に遭ってたんですよね」
「多分ね。でもフェリオはもうスラムの孤児に見られる事はない。それは安心していいよ」
 改めて自分の姿を見下ろし、フェリオは視線を落とす。
「僕だけが……スラムのみんなを裏切って、綺麗な服を着て、温かいご飯を食べてる」
「フェリオ。裏切ってるんじゃない。あんたが立ち上がったんだ」
 彼の言葉を訂正し、マーシエは俯き加減のその横顔を見た。
「そう、でした。僕はスラムのみんなを助けるために、王子になるって嘘を吐かなくちゃいけないんでした」
 自虐を含んだ言い回しにマーシエは訝しげに顔を歪める。
「どうしてあんたの言葉はいつも後ろ向きなんだろうね」
「……だって僕、スラムの誰より気が弱かったから……」
「それはもう過ぎた事だよ。今、あんたはスラムのために立ち上がった。褒めてくれる奴はいても、裏切ったと思う奴なんていないと思うよ」
「そうだといいんですけど……」
 ぐんと両手を膝の上で伸ばし、彼は傍らのマーシエを見た。
「マーシエさんは、どうして僕を王子の身代わりにしようと思ったんですか? 僕と王子は歳も違うし全然似てないのに。似てるの、髪の色くらいですよね?」
 彼女は黙って、風に流される亜麻色の髪を抑える。フェリオの灰褐色の髪も揺れた。
 彼女はしばらく無言だったが、ふいに口を開いた。
「勘だね。影になれる奴を探して街中歩きまわって、そして行き倒れてるあんたを見つけた。死んでるのかと思って埋めてやるつもりで近寄ったら、あんたは生きてた。その後、少し話して、この子しかいないって直感的に思ったんだ」
「スラムの孤児なら、何かあった時に殺してしまっても、誰も文句を言わないからですか?」
「……それもある。けど、フェリオならやってくれると、やり遂げられると思ったんだ。打算的な事だけで、あんたを選んだんじゃないって、素直に聞いてほしいかな」
「……その言葉を信じます。それから助けてくれた事、すごく感謝もしてます」
 フェリオはそう呟き、膝の上の両手を見た。
「そういえばマーシエさん……腕が腐ってきて、痛かったりしないんですか?」
「これの事が聞きたいのかい? 物好きだね」
 マーシエは長手袋の上から腕を擦った。
「最初は痛かったよ。痛くて泣き叫んだ。そりゃあそうだろう? ウジ虫みたいに胴体だけになったあたしの腕がある場所に、男のオーベルの腕を無理やりくっつけたんだ。聞いてるだけでも、痛くない訳がないって思うだろう?」
 昔を懐かしむように、マーシエは目を細める。
「だけど痛いのはもう慣れちゃったよ。今も多分痛いんだと思う。けど、もう痛みとして感じなくなった。それほどの時間、この腕と行動を共にしてるんだ」
「僕には分からないです、その感覚」
「分かる人間の方が少ないだろうよ。屍操術(しそうじゅつ)なんて、特殊な魔術は余計にさ」
「し、そう……じゅつ?」
「屍(かばね)を操る術。あたしもオーベルも、先の戦でとっくに死んでた。けどオーベルは魔術でまず自分を延命し、そしてあたしを生き返らせた。まさにオーベルは、あたしにとって命の恩人なんだ」
 彼女の顔は瑞々しい生気に満ちている。それはとても過去に死んでいたとは思えない。腐った腕は確かに見たが、今、隣で語っているマーシエが屍だとは思えない。
「マーシエさんは、きれいな人です。死んでたなんて……思えない」
「あはは、ありがとうよ。でもこの腕があるのに、綺麗だなんて褒められてもねぇ」
 よほど気にしているのか、マーシエはしきりに腕を擦っている。
「それでも、マーシエさんはきれいな人で、僕の恩人です。マーシエさんが王子に恩義を感じるように、僕もマーシエさんに恩を感じてます。僕、マーシエさんのためにがんばるから……」
 腕を擦るマーシエの手が止まった。そしてフェリオを見つめる。
「……ありがとう。一緒に国を変えようね」
「はい」
 フェリオは大きく頷いた。

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