LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。




なろう版   カクヨム版


     2

 小さな手で揺り起こされる。フェリオが目を覚ますと、泥で汚れた顔に満面の笑顔を張り付かせたピオラがいた。
「ピオラ?」
「フェリオ。たべもの、みつけたよ。いっしょにたべよ?」
 舌足らずだが、小鳥が鳴くような愛らしい声音がフェリオの耳朶を震わせる。
 彼女が手にしているのは、しなびた野菜の葉だった。フェリオは自身の格好を見て、そしてピオラを見る。
 スラムの墓守小屋で過ごしていた頃、身にまとっていたボロ服だった。
 ピオラは死んだはず。しかし死に目に会ってはいない。ではこの目の前にいるピオラは誰だ?
 少し考え、目の前のピオラを信じる事にした。なぜなら一番会いたいと願っていた人物だから。
「僕は一口でいいよ。残りはピオラが全部食べていい」
「いいの? わぁい!」
 ピオラは屈託ない笑顔を浮かべて、しなびた葉を千切った。そしてフェリオに差し出す。が、その動きが止まった。
「どうしたの、ピオラ?」
「……やっぱりだめだよ。フェリオはおうじさまにならなきゃいけないから、たくさんたべないとだめだもん。だからピオラはこっちでいいよ」
 と、彼女は小さく千切った方の野菜を口に入れた。
「え? どうしてピオラがその事……」
「うぇ、にがい。ちょっとつちもついててジョリジョリする。ごめんね、フェリオ。ピオラ、たべものさがすのへた」
 ピオラはフェリオに渡す分の野菜の土を、小さな手で丁寧に払い落とす。そして改めて彼に差し出した。
「ピオラ。どうして王子の影の事を知ってるの? ピオラには話した事、ないよね?」
 彼女から野菜を受け取りながら、フェリオは首を傾げる。ピオラは胸を張って答えた。
「ピオラはぜんぶしってるよ。ずっとそばでみてたもん」
「僕の傍に?」
 おうむ返しに聞くと、ピオラ鼻を擦ってエヘヘと可愛らしく笑う。
「フェリオはピオラみたいなこがなくなるせかいをつくるんでしょ? フェリオ、まけないで」
「ピオラ……」
「ピオラはもうフェリオといっしょにいられないけど、でもいつもずっとそばにいるもん。フェリオ、いつでもピオラをおもいだして」
「……そうか……夢、なんだ」
 彼女は全て知っていた。だからこそ、これは夢なのだと認識できた。
「フェリオ、だいすきだよ。がんばってね」
「うん。僕、ピオラのために、ビリーやケイシィのためにがんばるよ。だから夢でも何でもいい。また会いに来て」
「ピオラはフェリオといっしょにいるの。やくそくしたもんね。ずっといっしょって」
 小さな彼女の体を抱き締め、だが実体のないふわふわしたもののようで、けれど会いたかった彼女が腕の中にいて、フェリオは優しくニコリと微笑んだ。
 泣きたくなるほど、鼻の奥がツンとしたが、泣かなかった。彼女に泣き顔など、見せたくなかったから。
「僕はやるよ。これからもっと多くの犠牲が出るかもしれない。けど、ピオラのために、マーシエさんのためにかんばるから」
 ピオラが手渡してくれたしなびた野菜を口に入れ、しっかりと噛み締める。すると苦いようなしょっぱいような味が口いっぱいに広がった。そこで、彼は目を覚ました。

 ゆっくりと起きあがると、いつものベッドの上だった。口に入れていたのは、先日、マーシエと町を歩いた時、汗を拭っていたハンカチだった。洗濯物としてジョアンに渡しそびれていたらしい。ハンカチの汗染みが、あのしなびた野菜の味だと感じていたようだ。
 フェリオは苦笑した。
 そしてベッドから立ち上がり、大きく伸びをした。
「僕はもう迷わないよ。ピオラ、約束する。君たちみたいな子がいなくなる世界を僕は作る。たくさんの兵士の死体の上に君臨する王になって、君たちを助ける。君たちのために、僕は僕である事を捨てるよ」
 フェリオの考え方は間違いではない。しかし正しくはないと自覚していた。
 それでも今のフェリオにできるのは、自分を捨てて、兵士の死体の上に立ち上がる事だけだ。オーベルとして、屍の王になるのだ。そう決断した彼は、眠る前とは自己意識が変わっていた。
 フェリオは枕元の呼び鈴で隣室にいるはずのジョアンを呼ぶ。ほどなくしてやってきたジョアンに、開口一番、食事を要求した。
「ジョアンさん。僕は王子に成りきります。だからたくさん、ご飯を食べさせてください。まず体を作らないと、話にならないんですよね?」
 キリッと何かを達観したようなフェリオの顔付きを見て、ジョアンは小さく笑みを浮かべて深く礼をした。
「すぐご用意してまいります。しばらくお待ち下さい」
「お願いします」
 ジョアンの優しい顔を見ながら、フェリオは先ほどのハンカチをポケットへと入れた。


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