LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。




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     3

「僕に戦い方は分からないです。だから滅茶苦茶かもしれないし、偉そうにって思われるかもしれないけど、一つの意見として聞いてほしいんです」
 兵法によって兵士を動かす議場で、フェリオはそう前置きしてヘインやアスレイと対等に向き直った。
「あちこち多方面から攻めると、どうしても兵士を分けなきゃならないですよね? するとひとつひとつの戦力が落ちてしまいます。それなら、それぞれの砦を守るギリギリ最低限の兵士を残して、一つの場所を集中的に攻めるといった方法はダメですか?」
「それだと全てを攻めるのに時間が掛かるんだ。時間がかかれば、兵士の消耗も避けられない。だから包囲網を敷くように攻めているんだ」
 この戦のための議場にフェリオが自主的に参加した事実に驚きつつも、マーシエは彼の疑問に丁寧に答えた。
「それでも、一つの所に攻撃が集中すれば、こちらの被害はもっと少なく最小に抑えられるんじゃないですか? 僕の考えた作戦ですけど、これの重要な所は、大勢で一箇所を攻めるのは嘘の軍隊なんです。大勢で攻めてきたと思わせておいて、相手の一番偉い人、例えば指揮している人を、こちら側の強い人たち数人で後ろに回りこんで一気に攻撃しちゃうんです。まさか大勢で攻めていく事自体が嘘で囮だなんて思わないでしょう? 囮の大勢の部隊は囮だとばれないようにちょっと手を抜くくらいで、力を温存する戦い方をするんです。被害が出ないようにって。そうやって向こうの指揮をする人たちを確実に攻めてやっつけていけばいいんじゃないかなって。マーシエさんが言うように、時間はかかるかもしれません。でも、少しでも休めば体の疲労は回復するし、総合的な被害が少なくて済むなら、それにこした事はないと思うんです。ダメですか?」
 彼は兵法などまるで習っていない。しかし、彼の意見には唸るものがあった。マーシエはヘインに目配せする。
「殿下は実際に戦う訳じゃないから、そう簡単に言ってくれるが……」
「はい。僕の考えは素人で子供の僕が考えたものだし、詰めも甘いと思います。でも僕は自軍の兵士の被害を最小に留めたいんです。偉そうな事を言って、本当にごめんなさい。でも考えてみてもらえませんか? 被害を一番少なくして攻める方法を」
 ヘインは紙に描かれた地図に視線を落とし、そこに置かれたチェスの駒を実際に動かしてみた。
「一番強固な守りは北。それから南。東西はやや向こうの兵力が劣る。殿下の意見を汲むとすれば……」
 ヘインの動かす駒が、南の黒い駒を倒した。
「南の中枢、東の残党、西と攻めれば、北を落とすのは時間の問題だな。まさかこちらが精鋭部隊による一点集中してくるとは思うまい。そのような時間と兵を浪費する作戦など、使った事もないからな」
「……ええと、つまり……?」
 自分で発言したものの、目を白黒させてフェリオがヘインを見つめていると、マーシエがポンと背を叩いた。
「あんたのやり方で奴らを攻めてみようって事さ。今までやった事もない攻め方だから、デスティンに一泡吹かせてやれるかもしれない。それで駄目なら元に戻せばいいのさ」
「あ、あの! 、言っておいてなんですけど、ぼ、僕の意見なんて、本当に大丈夫でしょうか?」
「ヘイン殿を説き伏せておいて、今更違えると言うか? この殿下は自身の言葉に責任感がなさすぎるのう」
 アスレイが唇の端をつり上げて、小さく皮肉をぶつける。一瞬気持ちが揺らいだが、フェリオは両足に力を込めて背筋を伸ばした。
「え、えと……兵士は戦では大切な駒なんですよね? だけどいないと何も始まらない。じゃあ命と同じ事じゃありませんか? 大事にしなきゃ駄目です。みんな生きてるんですよね? 戦といっても、自分から死にたい人なんていないですよ、きっと」
「とんだ甘ちゃんだ。本物の殿下では言わないような事を言ってくれる」
 ヘインの言葉はキツいが、フェリオを邪険にしている訳ではないようだ。新しい風を吹きこまれ、むしろ歓迎しているように見えた。
「じゃあ殿下よ。まず南の砦を攻めるために、また決起会を行って兵士の士気を高めてもらわなきゃならない。やれるな?」
「やります。僕、今度はもっと上手くできるようにがんばります」
「よし、いい返事だ。そこはかとなく顔付きも変わったな」
 堅物だったヘインに認められたのだ。フェリオは嬉しくなって頬を緩めた。
 そんな彼を、傍らでマーシエは誇らしく目を細めて見つめている。マーシエには、彼の成長が我が事のように嬉しかった。

「では決起会は明日にでもどうかのう?」
「さっそく選抜の兵士を選んで来よう。俺様直属の精鋭部隊にしなくちゃならんからな。今度は前よりもっと人数が多いから、本気で腹を括るんだな、殿下よ」
「はい」
 ヘインは部屋から出て行った。兵士を集めてくるのだろう。そして残ったアスレイとマーシエは、互いに顔を見合わせた。
「アスレイ師、ヘイン騎士長はもうフェリオを一人前と認めています。あなたも認めてはいかがです?」
 マーシエが皮肉をぶつけると、アスレイはホッホと笑って髭を撫でた。
「さぁ、どうするかの。昨日今日程度で大きく変わるとは思えん。わしはもう少し、様子を見せてもらうわい」
 そう言い残し、彼も部屋を出て行った。
 室内にフェリオとマーシエ、そして控えていたジョアンだけになり、フェリオはヘナヘナと力無くその場にしゃがみ込んだ。
「どうした、フェリオ?」
「怒られるのを覚悟で、素人の意見を口出ししちゃったんで、すごく体も心も疲れちゃって……」
「あはは! でもフェリオは立派だったよ。あたしの想像を遥かに超えるほど、この数日で一気に成長した。もっと自分を褒めていいんだよ。本当にあんたは凄いよ!」
 本気で嬉しそうな彼女に手放しで褒められ、気弱な彼は顔を綻ばせた。
「フェリオ君、マーシエ様。お部屋にお茶を用意しましょうか?」
「そうだね。あたしまで緊張して喉がカラカラだよ」
「僕もです」
 ジョアンはスカートを摘んで一礼し、部屋を出て行った。
「この後……お茶を飲んだ後、あたしはオーベルの部屋に用事がある。あんたの事は伝えておくよ」
「あ、僕も一緒に行っちゃだめですか? 僕の口から、王子に決心を伝えたいんです」
 目を丸くするマーシエ。そしてポンとフェリオの肩を叩いた。
「本当にあんたは立派になったね。戦はまだ始まったばかりだけど、最後まで一緒に頑張ろうな。オーベルもきっと激励してくれるよ」
 目を細め、褐色の瞳が満足そうに笑っている。フェリオは自然と笑顔になり、ゆっくりと立ち上がってマーシエを見上げた。
「なら、お茶の前にさっさと用事を済ませちゃおうか」
 フェリオはコクリと頷き、そして二人でいつもの部屋へと向かった。


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