LOST PRINCE

「死を意識するなんて何度目だろう?」
スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。

豪胆な女性マーシエとの出会いが、
スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。




なろう版   カクヨム版


     3

「殿下。今回の作戦についてなのだが」
「はい」
 ヘインは椅子にも座らず、フェリオもベッドサイドに立って話を聞いている。
「俺なりに作戦の弱い部分をまとめてみたのだが、実践するには若干不都合が出てきた」
「やっぱり僕の考えた方法はダメでしたか?」
「いや、そうではない」
 ヘインが腰の剣を片手で押さえたまま、じっとフェリオを見下ろしている。
 体が大きく上背もある彼は、フェリオを真正面から見ようと思えば、かなり俯いた姿勢を取らねばならない。かといって、オーベルの影でしかない仮初の主(あるじ)に膝を折る気はないようだ。
「今日の決起会の後で、兵士からたっての願いがあり、作戦を遂行する上で、殿下のお姿を全ての兵に晒してはどうかとの意見が出た。形の見えぬ主君に操られるのは、やはり不安らしい」
「もっとたくさんの兵士……」
 口元に手を当てて俯き、フェリオは心の中で自問する。今の自分は、もっと多くの兵士の前でオーベルを演じられるかと。
 この作戦を言い出した手前、自分から逃げる訳にはいかない。フェリオは決心した。
「分かりました。兵士の皆さんにお会いします」
「そうか、やってくれるか」
 ヘインが強面の髭面を歪めて笑った。
「では、作戦遂行時の屋外兵士待機場所で叱咤激励してほしい」
「えっ? いつもの大きい部屋のカーテン越しじゃいけないんですか?」
「いや、いつも決起会を行う場に、兵士を全て収容できないのだ。ゆえに殿下には顔を隠すヴェールを被ってもらい、輿に乗って外の集会場へ来てもらいたいのだ」
 途端にフェリオは不安になる。自分はヘインと比較してもこんなに小さいのに、オーベルの影として単独で姿を表す事が可能なのか。
 輿に乗るという事で背丈は目の錯覚で大きく見せる事ができるかもしれないが、決起会の場と比較して、あまりに兵士たちとの距離が近い。怪しむ者も出てくるのではないか。
「あの……僕こんな小さいですけど、大丈夫なんですか?」
「輿に乗っているので背の高さは多少ごまかしが効くとは思うが、服の中に少し綿を詰めて膨らませてもらう。それだけでも横の恰幅は出るだろう。ジョアン、できるな?」
「かしこまりました」
「殿下……いや、フェリオには期待している。頼むぞ」
「は、はい。できるだけがんばります」
 フェリオは胸を押さえて頷いた。そしてふと、ヘインにもデスティンの事を聞いてみようと思いついた。

「ヘインさん。少しお話、いいですか?」
「なんだろうか?」
 先ほどジョアンから聞いたデスティンの暴君ぶりに怯えつつ、疑問を口にする。
「デスティン王子はすごく乱暴な王子だと聞いてますけど、他にどんな特徴があるんですか? たとえば鬼の形相をしているだとか、簡単な事だけでも知りたいです」
 ヘインは少し言葉を選ぶように首に手を回す。
「そう、だな……剣の達人で、いつも身に付けている大剣を一振りすれば、数十人の首を一息ではねる事ができると聞いている。その大剣から繰り出される力、剣気(けんき)もとんでもなく、岩をも切断すると言われているな」
「ヘインさんとどちらが強いんですか?」
 デスティンという王子に恐怖心を植え付けられた上で、素直な感想を求めてみる。
「当然デスティン殿下だ。俺はあそこまで剣に優れている訳ではない」
「騎士長なのに、ですか?」
「このオーベル軍では俺はおそらく一番強いだろう。しかしデスティン軍には俺に匹敵する手練れも多くいると聞く。だから作戦を何度が失敗させて兵士を失っているのだよ」
 一時期毎日のように聞いていた兵士の死に、ようやく納得できる理由が紐付けできた。彼は亡くなった兵士に心から祈りを捧げ、だがあれほど恐れていた兵士に対してこのような気持ちを抱く事に違和感を覚えた。
 まだ心では兵士も大人も怖い。しかしこの秘密の隠れ家に連れて来られ、たくさんの教養を得て、王族としての所作も学び、自分でも少しは成長したと思っている。だからこそ、ヘインやアスレイと話していても、もう普通の会話が可能なくらいまで、大人を恐れる気持ちは和らいでいるのだ。これを成長と言わずして、何だと言うのだろうか。
「デスティン王子が、僕をオーベル王子だと思って襲ってくる事も、この先あるんですよね?」
「間違いなくあるだろう。今、頼んだ兵士たちへ叱咤激励のために外へ姿を現す時など、格好の的になってしまうかもしれない。無論、そのような非常事態が起こった場合、全力でそなたを庇い、暗殺など阻止する気でいるがな」
 鬼か悪魔だと思えるほど、デスティンの恐ろしい人物像がフェリオの心に植え付けられる。人を人とも思わない人物らしいという事がはっきり分かった。
 恐ろしい──逃げ出したい。
 しかしやると、やり遂げると決心した以上、ここで逃げ出しては一生後悔する。守ると誓ったピオラを失った時のように。
 聞けば聞くほど、何度も挫けそうになる心を奮い立たせ、フェリオはヘインを見上げた。
「僕、ヘインさんを信じます。僕に戦う力はありません。僕を守ってください。助けてください」
「無論だ。全身全霊をかけてそなたを守る。ただし俺の本来の主君ではないので、ここで膝を折るつもりはない。それだけは理解してくれ」
「はい、守るって言ってくださっただけで嬉しいです。よろしくお願いします」
 フェリオはペコリと頭を下げ、王族らしく見せようと胸に手を置いた。


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