Heavenly Blue

   プロローグ 禍人(まがひと)

 禍人とは──
 常人と異なる超常的な能力を持った異能力人のことであり、我ら人類に仇なす者である。
 禍人はいつか必ず我らに牙を向ける。
 ゆえに、我らは彼らを排除すべきである。
 我らの安寧のために、我らの平穏を乱す者を許すわけにはいかない。
 よって彼らを排除する行為は、我らの未来のために必要不可欠である──


 路地へ駆け込む少女を、数人のチンピラ風の男たちが追いかける。
 少女の癖のない長い金髪が乱れ、碧眼が動揺を表すかのように忙しなく左右に揺れている。
『どうして? どうしてわたしが追われなきゃいけないの? わたしは何もしてないのに!』
 絡まりそうな足を必死に前へと動かし、少女は限界を越えて走り続ける。だがそれももう終わりだった。
 少女は蹴躓き、転倒する。そして彼らに追いつかれてしまった。
「来ないで!」
「女一人でこんな裏路地に入り込むのが悪いんだよ! 俺たちとちょっと遊ばないか? なぁ?」
 舌なめずりをしながら、男の一人が彼女に手を伸ばす。不埒な事を考えているのは一目瞭然だった。
「来ないで!」
 少女は身を強張らせて、両腕で頭を覆う。その瞬間、彼女の中で何かが弾け、彼女の恐怖に呼応した。
「うわっ!」
「な、なんだ?」
 バチッと小さな稲妻が弾け、男の一人の前髪がボッと燃え上がる。別の男は服がメラメラと燃え上がっていた。
 彼らはパニックを起こし、燃えた火を消そうと、その場に転がり回って暴れた。火が点かなかった者は、仲間の火を消そうと、上着を脱いでバシバシと彼らに叩きつける。
「な、なに?」
 少女は訳も分からず、ゆっくり立ち上がる。状況はよく分からず、まだ息は切れているが、この千載一遇のチャンスを見逃す手はない。少女は彼らから再び逃げ出した。
 火が点かなかった男は再び逃げ出した少女を追おうとしたが、被害を受けた仲間が大袈裟に騒ぐので、追いかけることを諦め、その場にとどまった。

 少女は再び逃げ出すも、入り組んだ路地はどちらを向いているか分からない。
 彼女は母親に言いつけられたお使いで、住んでいた町のとなり町までやってきていた。そしてチンピラに目をつけられ、追われていたのだった。
 ゆえに土地勘のない中を、夢中で逃げ回る羽目になった。
「ここはどこ?」
 呼吸を整えながら、彼女は周囲を見回す。しかし現在地はまるで分からない。案内標識を探すも、それらしきものは全く見当たらない。
「大きな通りに出ればきっと……」
 少女は再び歩き出し、細い路地の角を曲がる。そこで誰かとぶつかってしまった。
「あっ! ごめんなさい!」
 とっさに詫びるも、相手は何も答えない。恐る恐る見上げると、作業服のようなツナギを来た大人の男が二人、そこにいた。彼らは目を丸くして少女を見つめる。そして手にした写真と彼女とを見比べた。
 彼らが手にした写真には、なぜか少女の姿が写っているのが見えた。
「え? わたしの写真?」
 彼女が戸惑っていると、男たちは両手を広げて彼女に襲いかかった。
「見つけた! 例の禍人だ!」
「捕捉しろ!」
「えっ? な、なに?」
 男たちが追ってくる。彼女は言い知れぬ恐怖を感じ取り、とっさに逃げ出した。
 先ほどからずっと駆けずり回っているのだ。もう足は棒になって動かない。だが彼女の頭の中にある警笛が、彼らは危険だと告げていた。その警笛に従うように、彼女は無意識に逃げ出したのだ。
「助けて! わたしはそんなのじゃない!」

 〝禍人〟だと、少女に向かって彼らは言った。
 禍人とは、最近ニュースでも取り上げられる、人類に害を成す超常的な能力を持つ異端者のはずだ。しかし彼女は過去から今まで、ただの人として暮らしてきており、自身が禍人であるなど、にわかに信じられない話だった。禍人としての、超常的な力などまるで持っていないはずであり、これまでの生活で、そのような特別な能力など、感じた覚えも使った覚えもなかった。
 気になるといえば、先ほどのチンピラ風の男たちから逃げ出した際の、彼らの身に起こった異変くらいだ。しかしそれも、彼女が意識的にやったわけではなく、何もない所から突然人体が発火するなど、初めて見た経験だった。
 彼女は自身の潔白を信じていた。
「人違いです!」
 逃げながら否定するも、男たちは聞き入れようとせず、もう間近まで迫ってきている。
「た、助けて! 禍人ってなんなの? わたしはそんなのじゃないわ!」
 男の手が彼女の背を掠める。彼女はヨタヨタと足をもつれさせ、再び転倒した。
 これまでかと、彼女は覚悟を決めて両腕を頭の上に掲げる。
 そんな彼女の傍に、トンと軽い靴音が響いた。ハッとして見上げると、見知らぬ少年が立っている。ほんの今まで、その場所に彼はいなかったはずだ。まるで天から降りてきたかのように、突然姿を現した。
「お前がシャーリー・ホワイト?」
 白味かかった亜麻色の髪と青い瞳の見知らぬ少年の問いかけに、彼女はとっさに頷いてしまう。なぜこの少年が自分の名を知っているかなど、考えもせずの行動だった。
 そのすぐ後に、ツナギの男たちが追い付いてきた。
「きゃっ!」
 ──もう走れない。
 彼女、シャーリーは少年に助けを求めるように身を寄せて、男たちから距離を置く。
「助けて! 追われているの!」
 少年に助けを求めるシャーリー。ところが。
「……なにチンタラやってんのさ」
「ノエル! 邪魔立てするな!」
 ツナギの男たちと少年が短いく会話をした。
 シャーリーはゾクリと背筋を凍えさせる。この少年も、自分を追い回す彼らの仲間なのだ。瞬間的に悟る。
「わたしは……!」
「お前を捕まえてこいって言われたから捕まえる。来なよ」
 少年がシャーリーの腕を捕まえた。当然シャーリーはその手を振り解く。シャーリーの抵抗に苛ついたのか、少年の目がキリリとつり上がる。
「逃げるなんて許さない。僕と来い」
 再び少年がシャーリーの腕を捕まえた。その瞬間、電気ショックを与えられたように、シャーリーの全身が痺れ、そのまま意識が遠のいた。
 ぐったりと地に伏したシャーリーを、意外にも簡単に肩へ担ぎ、少年は男たちに一瞥くれる。
「さっさとしないから、僕が駆り出されるんだ。面倒な事、嫌いなんだよね。僕」
 ふっと嘲笑し、彼はシャーリーを抱えて歩き出した。
 歯ぎしりした男たちは、あっという間の捕物劇を見せ付けられ、その場へと取り残された。