砂の棺if 叶わなかった未来の物語

 腕を組んだまま、レニーは呆れたようにカルザスを睨んでいる。当のカルザスは、少し洒落たチュニックの首周りを気にして何度も引っ張っており、レニーの視線などまるで眼中にない。
「あのさ、カルザスさん」
 しびれを切らしたレニーが声をかける。
「はい、なんでしょう?」
 レニーは腕組みを解かないまま、ため息混じりに呟く。
「一度付き合ってみろって焚き付けたのはおれだし、カルザスさんに傍から離れるなって言ったのもおれだけどさ。でもなんでおれが、カルザスさんの初デートに引っ張ってこられなきゃなんない訳?」
「おかしいですか?」
 きょとんとカルザス。
「おかしい」
 憮然とレニー。
「でも、ホリィアンさんも、レニーさんが一緒でいいとお返事に書いてありましたよ」
「そりゃあの子だって、せっかく取り付けたデートの約束に、コブ付きはイヤだって無下に断って、カルザスさんの機嫌を損ねたくないからに決まってるだろ」
「僕はその程度で機嫌が悪くなったりしませんよ?」
「そんなの、一緒に暮らしてる訳じゃないんだから、まだ分かる訳ないだろうが」
 レニーは片手で額を抑え、こりゃあダメだな、と首を振った。その時──
「すみません!」
 パタパタと少々焦ったような足音と、謝罪の言葉が二人の耳に飛び込んでくる。
「す、すみません! 早く家を出たつもりだったんですけど、まさかお二人をお待たせしてしまうなんて……」
 カルザスに恋文を渡してきた少女ホリィアン・アイルだ。カルザスと同じく、少々服装に気を使っている様子だが、堅物のカルザスと、女装時の自分基準でしかおしゃれの度合いが分からないレニーには、彼女の細やかな服装の違いがよく理解出来ていない。
「あ、いえ、とんでもない! 僕の方こそ、気持ちばかり焦ってしまって、約束の時間より早く着き過ぎてしまって……」
 豪胆というより何事にもおおらか過ぎるカルザスも、さすがに緊張している様子だ。普段より少し早口になっている。
 ホリィアンとカルザスは、二人で何度もペコペコと頭を下げ合っている。ある意味、似た者同士か。
「……じゃ、おれが付き合うのはここまでね。あとは二人でどうぞ」
 レニーは片手をヒラヒラさせながら、踵を返す。が、すぐさま右腕と左袖を掴まれた。
「ダメです。逃しません」
「そうですよ! せっかく来てくださったのに、このまま何もせずお返しする訳には参りません」
「ちょ……なんで二人がかりなのっ?」
 レニーは掴まれている腕と袖を交互に見て、口元を引き攣らせる。するとホリィアンはあっと声をあげてレニーの袖を離した。
「すみません! わたしったらいきなり服を掴むだなんて、はしたない真似を……」
「あのさ。おれ、邪魔でしょ? あんたとカルザスさんのデートなんだから」
「そ、そんな……ことは……」
 ホリィアンは顔を赤くして俯く。
「カルザスさんも、いつまでもおれを引っ張り回すの勘弁な。今日くらいは、ちゃんと女の子リードしてやれよ」
「そ、そそ、そう言われましても、僕どうしていいか……」
 レニーは嘆息しながらカルザスを横目で睨む。
「おれはあんたらの保護者じゃないんだけど?」
「でもレニーさんがいないと不安です」
「レニーさんがいてくださると心強いです」
 カルザスとホリィアンが縋るような目でレニーに泣き付く。レニーはペチッと軽くホリィアンの額を小突いた。
「あんたもあんただよ。あんたはカルザスさんに惚れて手紙を渡したんだろう? 無関係のおれがくっついてきて、邪魔だとも何とも思わないの?」
「そ、それは……」
 口籠ったホリィアンを見て、カルザスが不審そうに眉を顰める。
「あの……わたし、は……」
 ホリィアンはカルザスを見て、ペコリと頭を下げる。そしてぐいと長身のレニーをまっすぐ見上げた。
「わ、わたし、カルザスさんに好意を寄せています! でもレニーさんも好きになれるようにがんばりたいんです!」
「は?」
 レニーが素っ頓狂な声をあげて彼女を見下ろす。小柄なホリィアンは、彼やカルザスの肩ほどまでしか背丈がない。
「ホリィアンさん、それは言わな……」
「すみません、カルザスさん! わたし、言います!」
 ホリィアンは深くカルザスに頭を下げた。
「わたし、確かに最初はレニーさんがカルザスさんと一緒に来られると聞いて、少しイヤだって思いました。でもカルザスさんのお返事には、カルザスさんがレニーさんをどんなに大事に思っているのか、どんなに大切なかたなのかが書いてあったんです。どういった深い事情があるのかはまだ教えていただいてませんけれど、でもカルザスさんにとって、レニーさん以上の存在はいないんだって、すごくよく分かりました。そしてカルザスさんは、こう締め括っていらしたんです。自分にとってまだわたしがどういった人なのか分からないこともあるけれど、それに何があってもわたしを一番にすることはできないけれど、それでもいいのなら自分はあなたを受け入れますって!」
 彼女の告白を聞き、レニーはカルザスに視線を飛ばす。彼はバツが悪そうに視線を反らした。
「わたし、そんなに頭がいい訳じゃないからちゃんと理解してないのかもしれないけど、でも私がカルザスさんの一番に近付くためには、わたしもレニーさんを好きにならなくちゃいけないんだって分かりました。カルザスさんの本当の気持ちを教えてくださって、わたし、すごく感動して……ついでだとかそういうの抜きにして、わたしもレニーさんに本気で向き合って好きになろうって、レニーさんを理解しようって思ったんです。わたしはカルザスさんの一番になれなくてもいい。でも出来る限り傍へいけたら幸せって、そう思うようになったんです」
 ホリィアンがそう言い切ると、レニーは無言のままカルザスに近付いた。カルザスは口をまっすぐに噤んだまま、じっとレニーの目を見た。
「……あんたさ、この子にすごい残酷なことしたって、理解してる?」
「しています。理解した上で、今日のお返事を書きました」
 レニーは少し乱暴に自分の頭を掻き毟り、カルザスの肩を軽く突き飛ばした。
「ちょっと待ってな」
 レニーは今度はホリィアンに近付き、そして深く頭を下げた。
「ごめん、謝る! 全部おれが悪いんだ。今はまだ、全ての事情を話すことはできないけど、でもいつか絶対、必ず、全てのことを説明する。それまで我慢してもらえるかな?」
「か、顔を上げてください! わたし、レニーさんを責めるつもりも、カルザスさんを責めるつもりもありませんから! お二人がわたしを認めてくださるまで、わたしはいつまでも待つつもりですから」
「ありがとう……ホント、ごめんな? いきなり辛い思いさせちゃったけど、この人、根は悪い人じゃないから。それはおれが保証する」
 レニーが泣き笑いの表情を浮かべると、ホリィアンは頬を赤くしたまま、コクコクと頷いた。
「カルザスさん」
 レニーは再びカルザスに歩み寄り、ぐいと彼の胸ぐらを掴んだ。
「おれさ、カルザスさんがこの子を泣かすようなことしたら、ただじゃおかねぇから。本気出すからな?」
「レ、レニーさん?」
「おれはこの子の味方になった。こんないい子、他にはいないぜ? 今、逃したら、もう二度とこんないい子に出会えないと思う」
「え、あの……」
「素直に謝っとけ」
「はいっ! 申し訳ありません!」
「よし」
 レニーはカルザスの胸ぐらを離し、両手を叩いた。そのまま腰に片手を当て、ホリィアンに手を振って見せる。
「よし! じゃ、三人で出かけるとするか!」
「はい! よろしくお願いします」
 ホリィアンが嬉しそうに答えた。