Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
6 ファニィを捕まえ損ない、俺の手は虚しく空を切る。俺の手を逃れたファニィは軽い足取りでさっさと封印の扉の奥へと駆け込んでいってしまった。 「ファニィ戻れ!」 コートが触れただけで開いてしまった扉の謎は不明だが、こんな厳重な封印を施した場所は、俺の経験上ろくなものはない。俺はファニィを連れ戻そうと、彼女を追った。 真っ暗なガランとした、意外に広い空間が扉の向こうに広がっている。ファニィはそこで立ち尽くしていた。 「おい、ファニィ……」 「何にも見えない。ねぇ、コート。灯り持ってきて」 コートがランタンを持ってやってくる。続いてジュラさんも。 「ファニィ、聞いてんのか? ここには……」 「中へ入っても何にも起こってないじゃない。あたしもコートもピンピンしてるよ?」 確かにそうなんだが……。 俺が歯噛みしていると、ふいに周囲の空気が澱んだ。コートの持ってきたランタンに照らされて、暗闇の奥の方がチカチカ光る。 「何あれ? もしかしてお宝?」 ファニィが嬉しそうな声をあげて、跳ねるように奥へと駆け出した。 「ちょっ、待っ……!」 俺が再び引き止めようとしたが、ファニィはそのまま反射する光へと駆け寄る。 反射……光を反射? 反射するもの……鏡……魔鏡か! 魔鏡ってのは、呪いの一種によって汚染された鏡で、はっきり言ってかなり性質が悪い。秘められた力は相当なもので、使いこなせれば大いなる研究の成果となるのは間違いないが、不用意に近付けば痛い目に遭うどころの騒ぎじゃない。百害あって一利なし。この秘密の部屋を作った魔術師がここを破棄した理由はこの魔鏡が手に余るシロモノであったがためという可能性は高い。いや、研究破棄の理由としては充分。ほぼ間違いないだろう。 俺は嫌な予感が振り払えず、急いでファニィを追った。 「おいファニィ」 「んー?」 ファニィが俺の声に反応して振り返った刹那、澱んでいた室内の空気が一気に一ヵ所に集約したように感じられた。 まずい! 俺は帯から魔法の杖を引き抜きながら、魔鏡へ向かって駆け出した。だが俺がそこへ辿り着くより、先陣を切ったファニィが魔鏡へ手を出す方が早かった。 パシュッ! 「……え……」 魔鏡から、俺の放つ暗黒魔術の光のようなものが放たれ、目にも止まらぬ速さでファニィの胸を刺し貫いた。 「ファニィ!」 赤黒い液体をぶちまけながらその場へと倒れるファニィ。あのジュラさんさえ驚愕したような表情で倒れるファニィを見つめ、コートなど目を真ん丸にして立ち竦んでいる。 魔鏡が第二波の予兆のように、チカチカと俺の背後のランタンの光を反射する。だが俺の方が早い! 「砕けろ!」 俺は暗黒魔術を解き放ちながら、杖の柄の方を魔鏡に叩きつけた。 砕け散った魔鏡から、暗黒魔術特融の禍々しい魔力の余波が周辺へと飛散する。だが魔術師である俺にはそんなものは効かない。 俺は再び暗黒魔術の力を解き放ち、周囲に流れた魔鏡の魔力を吸い上げた。できるかできないかなんて問題ない。やるしかないんだ! 魔術師である俺にしかできないから! 再び魔鏡に魔力を封印するなんて真似は俺にはできないが、ファニィたちにこれ以上、暗黒魔術の被害が及ばないようにその混沌とした魔力を俺の中に吸収する事はできる。そうする事で俺自身がどうなってしまうか分からないが、魔術師でもなんでもないファニィたちに被害が及ぶよりよほどマシなはずだ。自ら毒を食らうなら皿まで食ってやる! 「俺の中に来い!」 腹の底でどす黒い何かが疼く感覚が気持ち悪い。だがすぐにその感覚は消え、魔鏡の余波も消えた。 小さな祭壇のようなところに立てかけられていた魔鏡は粉々に砕け、そして周囲の澱んだ空気が徐々に澄んでいった。 終わった、か? 幸いにも俺がどうにかなるという事態も避けられたようだ。正解ではないだろうが、俺の判断は間違っちゃいなかったって事だ。 俺は少し足をもつれさせながら、倒れているファニィの元へと歩み寄った。 「ファニィ?」 刺し貫かれた胸から、もう血は流れていない。彼女の両サイドには、ジュラさんとコートがいた。 「ファニィは?」 いつも生意気な事を喋る口は薄く開き、瞼は閉じられている。息を、してない? 「ちょ……マジかよ……」 あの女がこんな簡単にくたばるものなのか? 華奢な肩を偉そうにいからせて、両手を腰に当てて踏ん反り返ってたあの女が? 「間に合わなかった……俺が、俺がもっとしっかり止めてたら……っ!」 「タスクさん。何を悲しんでらっしゃるの?」 ジュラさんがのんびりと俺に問い掛けてくる。こんな時にまで、まだとぼけてるのか、この人は! 俺は苛立ち、ファニィを抱き起そうと手を伸ばした。 「……っくは……」 ファニィが小さく息を吐いた。 え? だって胸をモロに刺し貫かれて……なんで息して……? 「……っつつ……痛ぁーい!」 「ファニィさん、大体五分ほどでした」 コートが手を広げて可愛らしく、だがあまりに場違いな事を言う。姉弟でとぼけてるのか、ジュラさんとコートは? それともこの状況が飲み込めてないのか? 「そんなに? あー、やっぱ心臓やられると、復活遅いねー」 「ちょっ……ちょっと待て! 待て待て待て! お前っ……なんで生きてんだよ! 心臓やられるとかその大量出血とか復活遅いとかどういう意味だ!」 俺は目の前の状況が飲み込めず、思わず矢継ぎ早に質問を繰り出した。ジュラさんとコートがとぼけているんじゃなく、俺だけがこの状況の、何から何まで一切合切理解していなかったらしい。ジュラさんもコートもとぼけているのではなく、もうすっかり慣れた光景を見ていたので無反応だったんだな。 ファニィは穴の開いた胸元を押さえて、ピョンと立ち上がる。 「よし、復活完了。いやー、いきなり心臓ド真ん中を串刺しとかって、さすがに今回は死んだかもって思っちゃったわ」 けろっとした表情で、しれっと笑いながら言うファニィ。マジで何事もなかったかのようにピンピンしてやがる……。 俺は自分の常識が完璧に覆され、唸りながら頭を掻き毟った。 「だーっ! ファニィ答えろ! お前なんで死んでないんだよ! 即死レベルの攻撃モロに食らってやがったくせに!」 「うるさいわね! あたしは死なない体質なの!」 「体質とかそんな訳あるかーッ!」 俺は腹の底から叫んでいた。 「あ、あの……僕も初めて見た時はびっくりしましたから……」 「びっくりとかいうレベルじゃねぇだろうがコレ! 死んでたんだぞ!? 蘇ったんだぞ!? 串刺しだったんだぞ!?」 「ひっ……」 コートの言葉に俺がすかさず突っ込むと、コートは両手で頭を抱えてぐずり出した。またすぐ泣く、こいつはーッ! 「まぁ! コートをいじめるなんて、タスクさんは酷い人ですわ!」 「小さい子いじめて信じらんない! コートいじめたら、あたしだって許さないから!」 「信じられないのは俺の方だ! あの魔術の直撃食らって死なないお前が信じられねぇ!」 ファニィは確かに魔鏡の暗黒の刃に貫かれたはずだ。事実胸元は大量の出血で汚れてるし、服に穴だって空いている。俺の見間違いのはずはない。なのに何なんだ、ファニィもジュラさんもコートも、この妙に落ち着き払ってすっかり慣れてますって顔は! 誰でもいいから俺に分かるように説明しろーッ! 「あー、もー。めんどくさいわねー」 ファニィがポリポリと頭を掻く。 「あたしの実父がヴァンパイアハーフ、いわゆるダンピールってヤツなの。で、実母はマーメイドハーフなの。だからあたしも体は頑丈だし怪我してもすぐ治るし即死攻撃食らっても簡単に復活できちゃうから、そうそうあっさり死んだりしないのよ。ほら、簡単に言うと魔物ハーフの子だからクウォーターっていうか、でもハーフとハーフだから百パーセントっていうか。そんな感じ?」 「は? 魔物との混血? お前、何の冗談だ?」 「冗談なんかじゃないわよ。ハーフ同士の子だから、まぁそこそこに魔物の血は濃いだけよ」 ダンピールとマーメイドのハーフだって? 魔物と人間との混血自体が希少で稀なのに、さらにその異種混血同士の混血児が存在するなんて、俺の今までの常識を軽く覆す。有り得ないだろう。 だが間近でよくよく見れば、ファニィの赤い瞳の虹彩は魔物のように長い。そしてニィッと笑う八重歯も少し長く、牙として認識できない事もない。ラシナの民の長い耳とは少し違う尖った耳とか……魔物との混血なのだと言われれば『該当するんじゃないか?』と思えなくもないパーツがファニィにはゴロゴロくっ付いてやがる。 ホントーに言われなきゃ分からないレベルだが。 「分かった? だからあたしはほぼ不死身なの。でも怪我はするし血も出るよ。この傷だってそりゃもう死にそうなくらい痛かったわよ。コートの計測で実際五分くらい死んでたみたいだし。でもマーメイドの治癒力の高さを持った血のせいか、極端に治りが早いだけ。だから復活したの」 と、すでに完全に傷口の塞がった胸をポンと叩く。 こいつが口にする『死ぬ』って単語の意味ほど、羽根より軽く感じられる言葉は他にない。と、思う。 死ぬってどういう意味だっけ? 俺、馬鹿になったみたいでもう何も考えられない。こいつには、俺の今まで培ってきた常識が一切全く通用しないんだから当然だ。駄目だ、我慢できない。 俺は……俺は再び腹の底から魂の叫びを張り上げていた。 「また俺を騙しやがったな、この腐れデタラメ人間がーッ!」 心底心配同情悔恨、とにかくグチャグチャになってしまった俺の親切心から出た優しさを返せ! |
2-5|top|3-1 |