Light Fantasia

オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。
名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、
健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。
凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー!


     養女

       1

 元締めがオウカの防衛体制強化連合の会合に出掛けて今日で三日目。時間がかかるとは聞いていたけど、まさかこんなに日にちを跨ぐまでになるとは思ってなかった。
 だから冒険者組合は実質あたし一人で管理運営しなくちゃいけない。もう目が回りそうなくらい忙しい。あたしのサポート役でもある書記官を呼び出そうかと本気で思ってるくらい。
 でもこれくらいの忙しさ、あたし一人で乗り切れなくてどうしますか。元締めが人一倍働いてくれてるおかげで、普段あたしは冒険行ったり自由に行動させてもらったりできてるんだから、たまには恩返ししないとね。元締め……いえ、トールギーパパは養父と言えど、あたしの大切な父親だもん。
 午後からの会議は、地方に出向してる組合の支部長なんかも参加する、組合の今後の大事な運営会議。でも憂鬱だなぁ。支部長が集まるって事は『あいつ』も参加するって事だもんね。
 あいつっていうのは……えーと……まぁ、その内……。
 仕方ない。腹くくって、ちょっとだけ息抜きしてから会議に参加するか。

 あたしは食堂へと向かった。そこでバイトしてるタスクと顔を合わせると、また言い争いになっちゃうかもしれないけど、でもそれはそれでいい息抜きになるもんね。向こうはいい迷惑だと思ってるだろうけど。あははっ!
「やっほー」
 極力明るい声音で、厨房で鍋磨きをしているタスクに声を掛ける。タスクはこっちを向いて、一瞬嫌そうな顔をした後、これまた面倒臭そうに片手を挙げて挨拶を返してきた。
「よう、ファニィ補佐官殿」
 タスクはあたしを皮肉る時、わざわざ補佐官って肩書きを付けてくる。
 で、そのタスクは今現在、組合で一番の新米で下っ端だけど、意外な特技である料理の腕前で、すっかり組合員のみんなの胃袋をがっちり掴んでしまっている。あたしとは初っ端に大喧嘩してから、すっかり意気投合して呼び捨てタメ口の仲になっている。こないだ一緒に依頼もこなしたしね。
 むしろこいつに丁寧な敬語使われた方が気味悪いとさえ感じるくらいには、仲良くなってるわ。

「今日、なんか暇なんだけど、特別な行事でもあるのか?」
「組合の地方支部長とかが集まって、組合運営会議なの。だからみんな今日だけは、邪魔しないように気を使って組合の中をうろつくのを控えてるのよ」
「なるほど、道理で」
 タスクが作り置きしてあった、果物を絞ったジュースを持ってやってくる。そしてカウンターの上にグラスを置くと、自分は頬杖をついてじっとあたしを見た。
「オゴリな。ありがたく思え」
「サンキュ」
 あたしは嬉々としてグラスのジュースを一気に半分くらいまで飲んで息を吐いた。

「そういや、こないだの洞窟の件はどうなったんだ?」
 こないだの洞窟っていうのは、タスクを古代文字解読要員として同行させた依頼の事。
「うん。あんたが魔鏡の呪いってやつを解除したみたいだし、他のチームに残った魔物の駆除させて、もう安全っていうのは依頼主に連絡済みだよ」
「正確には解除したんじゃなくて、魔力を全て吸収しただけなんだけどな」
「うん。詳しくは分かんないけど、タスクが危ないもの全部吸い取っちゃったんでしょ? ならもう危険はない訳じゃない? 依頼成功ってね」
「お気楽だなぁ。俺が魔術師じゃなかったら、あの時全員死んでたんだぞ」
「だからあたしは簡単には死なないって」
「はいはい。お前が化け物なのは分かったから」
 タスクは掌をひらひらさせて気だるそうに言う。そして。
「……魔術師だなんて、俺も似たようなモンだけどな」
 ポツリと呟く。
「ん? なんか言った?」
「いや何でもない。依頼こなしたんだから、給料はいつ貰えるんだって聞いただけだ」
「へ? ……ああ、そっかそっか。お給料だ。あんたはあたしたちと違って普通の組合員だから、お給料必要なんだっけ」
 タスクの頬杖がカウンターを滑る。
「ちょっ……お前もしかして、俺の給料忘れてたとか言うんじゃないだろうな!」
「ごめーん。あたしは補佐官のついでに冒険とか依頼こなしてるし、ジュラとコートはどっちも特例で組合にいるしで、あたしのチームが動いても、基本、お給料の計算ってしないのよ。必要に応じて現物支給みたいなもんだから。いやー、あんたがいたの、すっかり忘れてたわ」
「おいこら! 俺が言わなかったらそのまま踏み倒す気だったんだろ!」
「踏み倒すだなんて人聞き悪いわね! だからごめんって謝ったじゃない! あとで事務に伝票出しとくから!」
 やー、まいったまいった。本気でタスクのお給料の事なんて、頭からすっぽ抜けてたわ。次やっちゃったらまたガミガミうるさそうだから、ちゃんと気を付けておかないと。

「ったく……頼むぜ、補佐官様よ」
「あー、それ。その補佐官。今日だけはあたしは補佐官じゃなくて元締め代行ね。元締めが留守だから、今この組合で一番偉いの、あたしだから」
「自分勝手なワガママお嬢に元締め代行が務まるのかねぇ」
 タスクが呆れたように呟く。
 こいつの皮肉、普段ならあたしは逆上するか、からかい半分に乗っかるとかするんだけど、でも今日だけはそんな気分にならなかった。あたしが黙っていると、タスクがきょとんとしてあたしを凝視する。
「……珍しく言い返してこないんだな? 調子悪いのか? 熱でもあんのか?」
 タスクの手があたしの額に乗せられる。
 タスクって、あたしとはホントによく言い争いになるんだけど、でも根はすっごくいい奴なんだって、このたった数日であたしは理解していた。今だってそう。普段とちょっとだけ違うあたしの事をちゃんと気遣って、心配してくれてる。
 あたしはタスクの手をどけて、肩を竦めて見せた。
「体調が悪いっていうか、会議でね。苦手な奴がいるの。そいつと顔を合わせなきゃなんないかと思うと、ちょっとだけ憂鬱でね」
「体調が悪いとかってのなら、美味いもん食えば元気になるが、苦手な奴っていうか、精神的にキてるのは俺じゃどうしようもないからな……頑張れって応援もキツイよな」
 そういってあたしの頭をバンダナの上からくしゃくしゃ撫でつつ、気の毒そうな表情をする。
 コートの時もそうだけど、どうもタスクはこうやって無意識に人の頭を撫でる癖があるみたい。あたし、子供扱いされてるのかな?
 でも心配されるのもこう頭を撫でられるのも悪い気はしない。タスクって気の強いあたしとタメ張れるくらい物事にムキになっちゃう子供っぽいところもあるけど、年上っぽい気質っていうか、保護欲っていうのかな。そういう人の好さや面倒見の良さが滲み出てる気がする。
 だから……いい奴なんだと思うよ。
「ね、タスク。頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「ジュラとコートの晩ご飯、とびっきり美味しいの作ったげてよ。いつも一緒のあたしがいないと、きっと二人とも寂しがるだろうからさ」
「それくらいならお安いご用だ」
 タスクが目を細めて笑う。
「じゃあお前も会議が終わったら俺に声かけろな。飯、作っといてやるから」
「あ、嬉しいな。それ」
 あたしは素直に笑って答えた。
「それじゃ、あたしそろそろ行くから。ジュースご馳走さま」
 あたしは残りのジュースを一気に飲み干し、グラスをカウンターに置いて手を振った。タスクが軽く手を挙げて応えてくれる。
 ふふっ。今日は喧嘩しないで話せたね。

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