Light Fantasia オウカという国には各国から腕自慢が揃う冒険者組合がある。 名(迷)物補佐官でありながら冒険者でもあるファニィ、美貌の怪力美女ジュラフィス、 健気で超天才児のコートニス、生真面目で世話やき基質のタスク。 凸凹四人組が織りなすハチャメチャファンタジー! |
潜入! 1 ここ数日でまとめた資料を揃えて机の上でトントンと角を揃える。そしてあたしは席を立った。 「じゃあ、準備ができ次第出発するね」 「うむ。充分気を付けるように」 「了解です」 元締めに声をかけ、あたしは足元に置いてあった鞄を肩に引っ掻けた。手にはさっきの資料。 元締めはあたしに一言声をかけただけで、こっちに一瞥もくれずに自分の机に山積みにされた書類にペンを走らせている。 いつも通りの光景。いつも通りだからこそ、元締めはあたしを信頼して、あたしの判断に絶対の信用を持ってくれてるの。そしていつも通りに送り出してくれる。「ちょっとそこまで買い物行ってくるね」って、そういう感じであたしはいつも危険な冒険に出掛け、そして「ただいま」って帰ってくる。 いつも通りだから、あたしは何も怖くない。そして安心して帰ってこられる。 あたしは執務室を出て、小会議室へと向かった。小会議室のドアを開けると、あらかじめ召集を掛けておいた見慣れた顔触れが揃っている。当然か。今日この時間に集まるようにって、召集掛けといたんだもの。 「ファニィちゃん。ウチも呼ばはったけど、構わへんかったん?」 額に目のようにも見える幾何学模様の刺青があり、褐色の肌に、長い黒髪を頭の上で綺麗にまとめた知的な女性は、組合に仕事を依頼してきたジーンの賢者様でミサオさん。組合の魔法使いであるタスクの正真正銘本当のお姉さんで、オウカ標準語は一応使えるけど、ジーン特有の方言はどうやっても抜けないらしく、気が緩んでいたり気を許してる相手だとつい口を衝いて出てしまうらしい。 元々は組合に依頼だけしてジーンに戻る予定だったんだけど、あたしとチームを組んでいるコートに純白魔術とかいう魔法だか何だかの才能がある事がつい先日発覚して、その使い方とか制御方法を教えるという名目で、当分はオウカに滞在する事になっている。 「うん。ミサオさんはコートの保護者だし」 「まぁ、ファニィさん。コートはわたくしの弟ですのよ。お忘れになって?」 あたしの言葉に素早く反応したのは銀髪紫眼の長身の美女、ジュラフィス。通称はジュラ。こっちはコートの正真正銘実の姉で、スバ抜けた美貌とプロポーションを持っているものの、頭のネジは派手に数本ぶっ飛んでるらしく、素っ頓狂で頓珍漢な言葉を常に口走る。でもブラコンっていうくらい、コートを盲目的に溺愛しているの。あ、違う。コートに頼りきりになっているというか、コートがいないとマトモな生活は送れないほどの天然っぷりというか。 「コートの保護者はミサオさんだよ。姉のジュラの保護者が弟のコートなの。分かる? 〝の〟の位置が違うんだよ」 「安心しましたわ。ファニィさんたら、わたくしがコートの姉だという事をお忘れになったのかと、心配しましてよ」 とりあえずコートとワンセットであるという事に納得したらしいジュラ。相変わらず緩いなぁ。 「あ、あの……ぼ、僕は姉様の保護者とか……そういうの、じゃない、です……まだ子供です、し……」 消え入りそうな声音で顔を真っ赤にしてもじもじ答えた、サラサラの金髪とグリグリ大きな青目の子供はコートニス。通称はコート。若干十歳にしてこの冒険者組合随一の頭脳と知識を持った超天才児。ただし極端に内向的で恥ずかしがり屋。それがまた可愛いんだけど。 「あのさファニィ。なにか用なのか? この面子集めるなんて、只事じゃないんだろ?」 褐色の肌と短い黒髪。右の頬に抽象的な炎の形の刺青を持つ青年がタスク。組合の新人魔法使いだけど、食堂でバイトしていて、そこの名物料理人でもある。とにかくこいつが来てから組合の食堂のご飯が美味しくなって、ずっと閑古鳥だった食堂は連日満員御礼状態。補佐官のあたしですら席の確保が難しくなってるほど。 「ミサオさんから依頼された物の有力な情報が手に入って、その調査であたしが動く事になったのよ」 「タイガーパールが見つかったん?」 ジーンの女王からカキネ家に下賜(かし)された宝石で、トラという猛獣が黒い真珠を咥えたような形の、魔力媒体としてもとても貴重な『タイガーパール』っていう宝石。盗難に遭ったそれを取り戻してほしいというのが、ミサオさんが持ちこんできた依頼。 「良かったわぁ。まだ切り売りとかされてへんね? 無事やんね?」 「そこまで詳しくはまだ分からないけど、今回、その辺りをキチンと調査して取り戻すための対策を練ろうかと思うの」 「調査してから対策? えらい遠回しやね」 「ええ。見つかった場所というのが、盗品売買の闇市場で、このオウカでも一、二を争うんじゃないかっていうくらい危険な場所なの。そんな所へ無作為にウチの人材送り込めないわ。だからとりあえずあたしのチームで調査します」 ミサオさんがあたしたちを見回して、怪訝な表情になる。 「……あんな。気ィ悪うしたらごめんやけど……ファニィちゃんが動くって、ここにいてはるお人らで、そない危ないトコに乗り込もうって言うんかいな?」 「姉貴。その辺は安心していい。ファニィのチームは、見た目はこんな凸凹でも、実力は組合の中でも折り紙付きだから」 「そうか? まぁ、あんたが言うなら……」 ミサオさんは釈然としないまま腕輪を指先でなぞっている。まぁ確かに、あたしのチームはタスクが言ったように見た目と実力のギャップが凄まじいから、初めて見た人は大抵ミサオさんみたいな不安そうな顔をするのよね。 「……元締めはんやらファニィちゃんやらを信用してるのは変わらへんし、一度頭下げて頼んだ事を撤回すんのも失礼やしな。堪忍してな。タイガーパール、任せたで」 「オッケー。ばっちり任せちゃってください」 あたしは親指を立ててウィンクした。 「それじゃ、今回の仕事について説明するから、みんなよく聞いてね」 あたしが説明を始めようとした時だ。タスクが片手を挙げてあたしを制止した。 「ちょっと待った。先に一つ聞いてもいいか?」 「何よ。質問はあとで受け付けるわよ?」 あたしが小首を傾げると、タスクが照れ臭そうに頬を指先で掻いて、遠慮気味に問い掛けてくる。 「あの、さ。俺がこの場に呼ばれたって事は、俺も依頼に参加させてもらえると判断して良かったんだよな?」 「そうよ? あんたを頭数に入れて作戦考えてなきゃ、わざわざ召集かけるはずないじゃない」 「よしっ! 気合入った!」 タスクが小さくガッツポーズを作る。あはは。最近ミサオさんの影響で、タスクのペース乱されてたもんね。 「じゃ、改めて本題入るわよ」 あたしはさっきまで執務室でまとめてた資料を全員に配った。あ、ジュラの分はコートの分と一緒ね。どうせジュラが見ても理解できないだろうし。 「依頼内容はジーンのカキネ家から盗難に遭った宝石、タイガーパール奪還のための、まずはあたしの仕入れた情報の確認作業です。資料にある闇市場での盗品取引会場に潜入し、そこで実物かどうかを確かめてきます。そして取引成立を見届け、タイガーパールの行方の確実な情報を入手してくる事。ただし今回の行動でタイガーパールを横取りしてこようとか、ついでに盗み返してこようなんて思わないようにね。なんたって状況が悪いわ」 あたしは資料のページを繰り、人名がズラズラと書かれたページを指差す。 「仕入れた情報によると、今回の取引会場はオウカでも指折りの悪人が顔を揃える闇市場らしいの。組合で定めた危険人物や、オウカを中心に五国全土で指名手配中の殺人鬼なんかもいるわ。さすがに少数で挑むには無謀もいいとこね。だから絶対に戦闘に持ち込まないよう、充分気を付けておとなしく調査だけしてくる事。無謀と無茶は勇気って意味とは違うって理解してよ」 「命は無駄にしたくないよな」 「で、実際会場へ潜入するのは二人のみ。あたしの使ってる密偵が、二人だけなら手配可能だって言ってたからね」 あたしの言葉に、コートが不安そうにジュラの腕にしがみ付いて、あたしの方へ顔を向ける。 「あ、あの……ふ、二人だけなんて……危険な場所、なんですよね?」 「宝石が実物かどうか確認して戻ってくるだけだから、余計な事をしなければ大丈夫よ。多分」 「多分って……無責任だぜ、それ」 タスクが呆れたように言う。 「だって仕方ないじゃない。荒くれ者やら無法者の中に飛び込むんだから、多少の怪我は覚悟してもらわないと」 「お前、さっきと言ってる事が真逆になってるだろうが。それって無茶しねぇと絶対無理じゃねぇか」 あたしとしても、できれば組合員を……あたしのチームの面子をそういう場所に放り込みたくはないんだけど、でも苦肉の策なのよね。密偵の情報だけを頼りに、安全な場所からあやふやな情報に惑わされて右往左往してても、依頼はいつまで経っても完了しないわ。 「ま、そう言う事なんで、悪く思わないでね。タスク」 「……全くお前はいつも、ちゃんと物事を考えてるのか考えてないのか全然分からな……ん? って……でええぇぇぇっ? 俺ぇっ?」 タスクが絶叫した。 「うん。一人目はタスク」 「ちょ……ちょっと待て! 落ち着け! お前は俺に死んで来いって言ってんのかっ?」 「誰も死ねゆーてへんやん。あんたやったら本物見た事あるし、調査いうには適任やないの。あんたは見た目より頑丈やねんから、おとなしゅう腹括り」 ミサオさんが愉快そうにタスクの頭をベシッと叩いた。うわぁ、手首のスナップ効いててモロに入ったよ、あれ。多分結構痛いよね? 男と女でも、やっぱり普通は姉って強いものよね? ジュラとコートの場合もタスクとミサオさんとは違う意味でマイペースワガママなジュラが強いし。 「ううう……」 「ごめん、タスクー。でも大仰な武器持ってちゃ疑われちゃうでしょ? でもあんたなら口さえ利ければ魔法でどうにかなるじゃない?」 「ばっ、馬鹿言え! 俺だって魔法の杖って媒体無しじゃ、そりゃもう、ショボいそれなりの魔法しか使えねぇんだぞ! ランプに火を点けるとか!」 かなり情けない事を喚いてるけど、タスクにはグチャグチャ魔法……えーと、暗黒魔術? だっけ? あれがあるからどうにかなると思ってたんだけど。 「タスク、あんた……ジーンにおった頃より更に退化しとるんか? 修行、怠けとったんか?」 タスクの背後から妙に脅しの聞いた低い声。 「あっ、いやっ! つ、使えるぜ! 威力とか照準は落ちるけど、炎の槍の魔法とか、火炎球の魔法とか! いざとなったら魔術あるし!」 ミサオさんに睨まれ、タスクが慌てて前言を撤回する。うん、やっぱ使えるじゃない、魔術。 「はい、タスク決定ねー」 「うう……頑張るよ、俺……頑張れよ、俺」 自分を励ましに陶酔入っちゃった。 「それじゃもう一人なんだけど、これはジュラにお願いしようかと思うの」 「あら。わたくし先ほどお食事は済ませましたわよ」 「違います、姉様。姉様にお仕事ですと仰ってるんです」 「まぁ、そうでしたの。わたくし、頑張りますわね」 ジュラは一回とぼけた返事を返したものの、にっこり笑顔の二つ返事でオーケーしてくれた。うん、百パーセント内容理解してないだろうけどね。コート、あとでしっかり説明しときなさいよ。 「うん、頑張ってね。ジュラなら万が一の事があっても、武器無しでもへっちゃらだし」 「なぁ、ファニィちゃん」 ミサオさんが不安そうに唇に手を当てて眉を顰める。 「ジュラフィスはんみたいな、ごっつう別嬪なお人が、荒くれモンの中に飛び込んだら、別の意味危険ちゃうのん?」 ミサオさんの意見はもっともね。ジュラみたいな完璧な美貌とプロポーションの美女って餌を、発情した猿みたいな奴らの群れの中に放り込むのは危険だっていうのは、あたしでも充分理解してる。でもジュラなら平気だとも分かってる。 「ミサオさんは知らないから不思議に思うだろうけど、ジュラはこれでもスゴい怪力の武術家だから。男の力自慢を五、六人同時に相手にしてもにっこり笑ったまま勝っちゃうから安心して」 「ジュラさんはマジで強いから大丈夫だよ。それより俺の心配はしてくれねぇのかよ、姉貴?」 タスクは頭を抱えて何度もため息を吐いている。 「そうなん? なんやウチだけ事情知らんから、さっきから一人浮いてるみたいに感じるわぁ」 「ごめんね、ミサオさん。でもあたしもちゃんと考えて作戦練ってるから」 あたしの言葉だけじゃミサオさんの不安をすぐには解消してあげられないけど、でも結果を出せばミサオさんだって分かってくれるよね。依頼者に不信感抱かせるなんて、やっぱりあたしもまだまだだよね。 「あ、あのぉ……ファニィさん」 「どしたの、コート」 コートがもじもじしながら控えめに手を挙げる。 「その……えと……ファ、ファニィさんがタスクさんに……同行された方が、いいのではないでしょうか? あっ、あの……ぼ、僕でも……いいですけど……ちょっと、怖いですけど……その……姉様に宝石の確認は、少し難しいかと……」 コートの意見はもっともだけど、ちょっとこの二人でないとダメなんだよね。 「今回の仕事は消去法で考えると、タスクとジュラでないと無理なのよ」 あたしは肩を竦める。 「あたしは冒険者組合の補佐官という肩書を持ってる分、そういう悪党連中には顔をしっかり覚えられてるの。で、闇市場は、情報収集はできてもコートみたいなお子ちゃまが入れるような場所でもない。他のチームに依頼するには、実力面でちょっと不安が残る……ってな具合で考えていくと、口さえ利ければ魔法が使えるタスクと、素手で充分強いジュラしか選択肢が無くなっちゃう訳」 まぁ確かにこの二人にも不安材料はあるんだけど、でもジュラが周囲の視線を引きつけてる間に、タスクが確認作業という手順を踏んでくれれば一番確実だとも思うのよね。 「あたしは近くまで一緒に行くけど、潜入には参加できないから、潜入後の行動はタスクに一任するわ。それでコートはお留守番。ミサオさん、その間コートをお願いします」 「分かったわ。じゃあウチの借りてる宿においでな。魔術の修行もできるし」 「は、はい。お師匠様」 ミサオさんに魔術を習い始めてから、コートはミサオさんを名前でなくお師匠様と呼ぶようになった。そういうケジメがコートらしい。 コートは一度ミサオさんに返事を返したものの、ちょっと未練がましくあたしを見ている。 「コート、本当に危ない場所だから。ね? コートに怪我させたくないの」 「……は、はい。すみません……ワガママ言って……」 コートは大きめの帽子を押さえ、少し上目使いであたしを見てぺこりと頭を下げる。うん、素直でよろしい。 「じゃあ準備でき次第出発したいから、各自早めに荷物まとめてきてね。潜入後の変装用衣装はあたしが持って行くから」 「分かりましたわ」 「……おうよ」 コートに付き添われたジュラと、項垂れたタスクが小会議室から出て行った。あたしはストンと椅子に座り、ふうと息を吐いて喉を抑える。ずっと喋りっぱなしだから喉乾いちゃった。 「ファニィちゃん。あんたはやっぱり立派なお人やね。凄い補佐官様やわ」 「えー? そんな事ないよ。みんなが助けてくれるから、あたしは補佐官やってられるだけ」 「人望ないモンは、よその人に助けてなんかもらわれへんよ」 ミサオさんがニコニコしながら言う。 そうかな? あたしは自分が偉いとも立派だとか、そういうコト何とも思ってないけど……まぁ、確かに組合のみんなが慕ってくれるのは、すっごく有り難いかな。ただ自分のしたい事とか、自分がされて嬉しい事をしてるだけなのに褒められるのは、ちょっと照れくさかった。 |
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