LOST PRINCE 「死を意識するなんて何度目だろう?」 スラムで育った少年フェリオは、腕の中で冷たくなってゆく少女を抱きしめながら、そう思う。 豪胆な女性マーシエとの出会いが、 スラムの孤児であったフェリオの運命を大きく変える。 |
兄弟の再会 1 じりじりと気持ちが逸る。扉の遠くから聞こえる音が、徐々に近づいてきているのが分かると、さらに焦燥感に駆られた。 息をするのにも気を使い、フェリオは胸を押さえて必死に気配を殺す。 「これで最後か?」 「行き止まりじゃないのか?」 扉のすぐ外で音がする。フェリオはぶるっと身震いした。 キンキンと、おそらく剣の先で周囲の岩壁を叩いている。念入りに隠し扉でもないかを探っているのだろう。 誰かの剣先が、扉を叩いた。明らかに他とは違う音に、外の者たちは気色ばんで声を掛け合う。 「何もないが……音が違ったな」 何度も何度も剣先で扉を叩く。そしてついに、誰かがこの部屋が魔術で隠されている事を突き止めた。 「魔術で見えなくなっているのかもしれん。そのまま岩を叩き潰すつもりでやれ」 「はい!」 剣を振って、扉が、鍵が、叩き壊される。そのままデスティン軍兵士は扉を空けた。 「やはり部屋があったか」 「空の……部屋?」 「こんな狭い隠れ家で、物置でもない部屋か? しかも魔術で隠してまで。怪しいな」 どうやらオーベルの言った通り、室内は空洞に見えているらしい。兵士たちは扉のすぐ外で訝しんでいる。 「待て。オーベルは魔術師だ、まやかしかもしれん」 「ハッ! ではこの部屋は……」 兵士の中でも発言力のある者がいるのか、オーベルを魔術師だと見抜いた者に従うように、他の兵士は背筋を伸ばす。 フェリオは息を殺しつつ、そうっと彼らを覗き見た。そして息を呑む。 廃屋で出会ったデスティン軍の兵士、煤けた金髪と赤銅色の瞳を持つ彼がそこにいた。一度会話をしている彼に見つかってはいけない。次はないと脅されていたのだ。 フェリオはますます体を小さくして、台の陰に蹲る。 煤けた金髪の彼は剣を持つ手を伸ばし、周囲を探るようにゆっくりと振り回した。 コン──カラン 入り口の傍に立てかけてあった箒が転がる。すると彼はニヤリと笑った。 「オーベル。魔術で姿を隠しているんだろう? おとなしく術を解け」 彼が勢い良く剣を振るった。剣はパーティションカーテンを切り裂き、入り口付近の他の道具を叩き落とす。 「ふっ……ははは!」 クッションの上のオーベルの首は高らかに笑い出した。 「そこか、オーベル?」 「手の内を知られている貴様に、幻惑の魔術は通用せんか。末端の兵士だけなら誤魔化せたかもしれんがな」 フェリオは気が気でなかった。まだ術の効果が発揮されているのか、彼らが自分やオーベルの姿を認識できている訳ではなさそうだが、見つかるのはもう時間の問題だった。 姿が見えないオーベルと、煤けた金髪の彼だが、どうも親しげだ。フェリオは身を強ばらせつつ、彼らの会話を盗み聞く。 そうしていると、外から誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。相手の援軍かと思ったが、その足音の主は迷わず室内へと入ってきた。 「デスティン! 逃すか!」 猛り狂った女性の怒鳴り声。マーシエだ。 そして彼女の叫んだ名に、フェリオはあやうく声をあげるところだった。 デスティン──マーシエはそう言った。 廃屋で親しげに話しかけてきて、銀貨まで持たせてくれた彼がデスティンだというのか? オーベルと似ているかと問われれば、似ていなくもない。しかし屈強な彼と、首だけのオーベルでは、あまりにも印象が違いすぎて、フェリオには彼らが兄弟だとは思えなかった。 それほどオーベルの姿は異質なものに変化しているのだ。 髪を振り乱したマーシエは、声の限りに叫んだ。 「デスティン! 逃しはしない!」 「マーシエ? なぜお前がここにいる? それにその手はどうした?」 「黙れ! あんたの首、今ここで貰い受ける!」 威勢よく叫び、マーシエは剣を構え、デスティンに斬りかかった。 |
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